第105話 試験と栞の誕生日に向けて

 文化祭・体育祭が終わってようやく穏やかな日常が、というわけにはいかず1週間空けてすぐに試験週間が始まる。そしてその翌週は試験本番。本当にハードなスケジュールだと思う。


 試験週間が始まる前のある日の放課後。


 珍しく俺は栞の部屋にいる。

 まだ少し早いけど試験の準備を始めようかということになっていて、たまには私の部屋でという栞の提案にのった形だ。


 周りからはずっとイチャついてるように思われがちだけど、ちゃんと学生としてすべきことはやってるつもりだ。


 特に栞はそのあたりのオンオフが上手い。感情が暴走することが多々あるので全く説得力がないとは思うけど、何もなければ栞だってちゃんとしているんだ。


 夏休みの課題の時もそうだったけど、面倒臭いものは先に片付けてしまう、そんなタイプ。


 目標をたてて、それをこなしてからイチャイチャしようって決めている。栞曰く、我慢して自分を焦らして頑張ったご褒美として俺に甘えるのだという。そうすることでより幸福感が増すらしい。


 俺としてもその考えには賛同している。と言っても、賛同してなくても集中している栞はあまり構ってくれないので俺も頑張らざるを得ないのだ。もちろん勉強に関する相談事なら嬉々として受けてくれるんだけど。


 そんな理由で今日も2人で向かい合ってテキストを開いているのだけど、俺はいまいち集中できないでいた。


 静かな部屋で栞がペンを走らせる音だけがやけに大きく聞こえる。俺はチラと栞を盗み見る。真剣な顔で左手を顎に当てて、どうやら少し考えなければならない問題があったらしい。15秒程そうしていたと思ったら、パッと表情を明るくしてペンを動かし始める。


 やっぱり可愛いなぁ……。


 出会った頃はずっと険しい顔をしていたんだけど、俺と付き合うようになって栞は感情を素直に顔に出すようになった。俺はコロコロ変わる今の栞の表情が大好きだ。その表情を曇らせないように、日夜努力しているというわけだ。


 というわけで、俺がいまいち集中できていない理由、それは……。


 栞は誕生日どうしたいんだろ……?


 ということだ。できれば目一杯喜んで欲しいから。


 試験は確かに大事だし頑張ろうとは思うんだけど、俺にとって栞の誕生日はそれよりも大事なことなのだ。10月27日、もうすぐだ。試験よりも大事とは言ったものの、試験週間の真っ最中ということで、当日は俺の誕生日のようなバカ騒ぎはできそうにない。


 プレゼントに関してはヒントをもらっていたので決まっている。というかすでに用意してあって、栞に見つからないように俺の部屋のクローゼットの奥に隠してある。ヒントというかもう正解を伝えられていたので、数ある中からどれがいいか選ぶのが大変だった程度だ。けど、それだけでは栞への気持ちに対して不足している気もしているので何か足そうかとは思っている。


「ん?涼どうしたの?何かわからないところでもあった?」


 じっと顔を見ていたのがバレてしまって、内心ちょっと焦る。


「ご、ごめん。集中してる栞が可愛いなぁって思ったら手が止まってた……」

「もう、涼ったら……。ダメだよ?そういうのはやること終わってからね。不用意にそういうこと言われたら私だって涼に甘えたくなっちゃうんだから……」

「そ、そうだよね。ごめん……」

「今の……後でまた言ってね……?」

「わかったよ」


 どうにか考えていたことを誤魔化して視線をテキストに戻す。


 危なかった……。俺の誕生日には栞が色々考えてサプライズをしてくれたので、できれば俺もそうしてあげたい。


 でもお祝いする日をずらすなら栞にも言っておいたほうが……。でないと忘れてると勘違いされて悲しませるかもしれない。うーん、難しい……。




 その後試験勉強に意識を戻しつつも悩みに悩んで結論を出した。


 やっぱり相談しておこう。


 俺だけ意気込んで誕生日当日に何かするとしても、栞が試験に集中したかったとしたらかえって迷惑をかけるだけになってしまうから。


「んー、今日の分終わりっ!」


 俺が今日の目標に到達するよりも早く栞がテキストを閉じて伸びをする。栞の誕生日について悩んでいたため遅れているっていうのもあるけど、栞の方が早く片付けるのはいつものことだ。俺よりも要領がいいし、集中力にしたって栞の方が上だから。


「涼はまだかかりそう?」

「うーんと。もう少し、かな」

「じゃあ私飲み物でも取ってこようかな。涼もお茶でいい?」

「うん、ありがとう」


 栞が部屋を出ていくのを見送って、頭を振って雑念を払う。


 俺の方も早く終わらせないと……。


 じゃないと俺が終わるまでずっとニコニコ顔の栞に見つめられながら勉強するはめになる。栞は気にせず集中してって言うけど、あんなに見つめられると栞に構いたくて仕方なくなってしまう。


「ただいまー。どう?わかんないとことかない?」

「今のところ大丈夫かな。もう少しだから待っててね」

「はーい」


 俺の正面に戻った栞は、予想通り肘をついた両手に顔をのせて俺を見つめる。もう幸せいっぱいという表情をしてくれるのは嬉しいんだけど、やっぱりやりにくい。


 栞をあまり見ないようにして、なけなしの集中力を総動員して、遅れること30分程で予定を終了させた。


「やっと終わったぁ……」

「お疲れ様。ね、涼。そっち行っていい?私くっつきたい」


 待ってましたと言わんばかりに身を乗り出してくる。


「ん、おいで。待たせてごめんね」

「ぜーんぜん!頑張ってる涼を見るのも好きだから」


 ギュッと抱き着いてくる栞を受け止めると、フワリと栞の甘い香りがして幸せな気持ちになる。と、そこでさっきの栞の言葉を思い出した。


「栞、可愛いよ」


 突然の俺の言葉に栞は一瞬目を丸くしたけど、すぐに嬉しそうに顔を綻ばせる。


「へへ……嬉しい。いつまでも涼にそう言ってもらえるように、私頑張るね」


 俺の胸に顔を擦り付ける栞はやっぱり可愛くて。健気なことを言ってくれるところも本当に愛おしい。


 でもずっとこうしていると時間なんてあっという間に過ぎてしまうので、ここで切り出すことにした。こういうのは早いほうがいい。ギリギリじゃ準備が間に合わないかもしれないし。


「ねぇ、栞は誕生日どうしたい?当日お祝いしてほしい?それとも試験終わってからゆっくりがいい?」

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