第103話 怪我とお世話
「ってて……栞、大丈夫……?」
身体が宙に投げ出されたところまでは覚えているけど、その後は目を瞑ってしまったのでわからない。
恐る恐る目を開けると、涼の顔が目の前にある。もうキスする直前って感じの距離。
あぁ、涼が守ってくれたんだ。やっぱりこの人はいつでも私を助けてくれる。そう思うと愛しさが溢れて目の前の涼の唇に貪り付きたくなる。
って、ダメよ……競技中じゃない。
実況席が私達の転倒を心配して騒がしい。救護班確認を、なんて言っているのが聞こえるし。
「栞?怪我はない?」
再度涼の声がして我に返る。
自分の身体に意識を向けてみるけど、涼が柔らかく受け止めてくれたおかげか、怪我どころか痛む箇所は1つもない。
「大丈夫みたい」
と、そこで自分が涼を下敷きにしていることに気付いた。
「なら良かった……」
本当に安心してくれているのがわかる。私をかばったせいで自分の方が痛い思いをしているはずなのに。
「ごめん、重いよね。すぐどくから」
って言ってみたけど、脚が結ばれていて思うように動けない。
「栞は軽いから平気だよ。ゆっくりでいいからとりあえず1回脚をほどいて」
私を受け止めて、自分は背中をぶつけているはずなのに、私のことを一番に気遣ってくれる。本当に優しい人。
って浸ってる場合じゃないでしょ!
急いで脚をほどいて涼の上から降りて、涼を起こそうと手を取った時だ。
悲鳴を上げそうになった。
だって……涼の右手の小指があり得ない方向に曲がっている。
「りょ、涼……その手……指が……」
私のせいだ。私が調子に乗ったから、脚をもつれさせたから……。
涙が出そうになった。私のせいで涼に大怪我をさせてしまった。いつもいつも、いつもいつもいつも。私は涼の足を引っ張ってばっかりだ……。
「うわ……何これ。どうりで痛いわけだよ……」
なんでそんなに落ち着いていられるのよ?!
なんで私を責めないの?!
「でも……栞に怪我がなくて本当に良かった……」
なんでそんなに優しいのよ?!
「どうして……どうして涼はそんなに……」
それ以上は言葉が出なかった。
「栞に怪我させたくなかっただけだよ。守るって昨日誓ったばっかりだからね」
泣きそう、じゃすまなかった。涙がとめどなく溢れて。グラウンドの真ん中なのに、全校生徒が見てるのに涼に思い切り抱き着いて泣きじゃくった。
そんな私を涼は無事な左手で撫でてくれて。
「大丈夫ですか?!」
救護班が駆け寄ってきたけど私は涼から離れられなかった。
◇
泣き出してしまった栞をなだめつつ、駆け寄ってきた救護班に右手を見せる。
「あー……ちょっと指やっちゃいました」
さすがにこの指を見せたらぎょっとされてしまった。
「さすがにこのまま続けられませんね。って背中も血まみれじゃないですか!一応怪我人用のテントがあるので行きましょう。多分そのまま病院に行くことになると思いますが」
「わかりました。栞、ちょっと行ってくるから皆のところに戻ってて?」
尚も俺にしがみつき続ける栞はイヤイヤと首を振る。どうやら離してはくれないらしい。仕方がないのでそのまま移動することに。少しだけ歩きにくかったけど。
テントに移動して応急処置をしてもらう。手の方はどうにもできないので病院へということになって、背中の傷を見てもらった。幸い軽い擦り傷がいくつかできているだけで、消毒をしてガーゼを当ててもらった。これはしばらく風呂に入るたび痛むだろうなぁ。
処置をしてもらっていると連城先生が飛んできてものすごく心配された。
「ちょっと高原君、骨折だって?!あんな無茶して……気持ちはわかるけど……。あなたとんでもない動きしてたわよ……?」
「いや、本当に無我夢中で……」
自分でも驚いている。間に合うなんて思っていなかったから。火事場の馬鹿力ってこういうことを言うんだろうか。
「とにかく病院連れてくから。日曜日だから緊急外来しかやってないけど……。黒羽さんは……って当然ついてくるのよね?」
栞はまだ言葉を発せる状態じゃなさそうで、先生の言葉にコクリと頷く。
そのまま先生の車に乗せられて病院へ。移動中に母さんに連絡して、病院まで来てくれることになった。その間、栞はずっと俺の右手を痛まない程度に握ってくれていた。
病院につくとあれよあれよという間にレントゲンを撮られて、骨を正常な位置に戻されてギプスを巻かれた。さすがに処置室までは栞も入れなくて待合室で待っててもらった。
処置が終わって待合室に向かうと母さんが到着していて、まだ泣き続ける栞をなだめていた。
「あ、涼……大丈夫そう?って折れてるなら大丈夫じゃないか。それに栞ちゃんもずっと泣いてて、ごめんなさいと私のせいでしか言わないのよ」
「指は折れてるけど、綺麗に折れてるみたいで治りは早いだろうってさ。それでも3週間はギプス生活みたいだけど」
とりあえず怪我の状況を先に報告して。
「そ、ちゃんと治るならいいわ」
「あと、ちょっと栞と話したいから外してもらっていい?」
「わかった。終わったら呼んでちょうだい」
「うん。ありがとう」
母さんが見えなくなったのを確認して栞に声をかける。
「えっと、栞……?」
「涼のバカ……」
いきなり怒られた。でもギプスを巻かれた指を優しく労るように撫でてくれる。
「バカだよ、涼は。私のせいなのにこんなになって……本当にバカ……」
「ごめん。でも、さっきも言ったと思っけど栞に怪我してほしくなかったんだ。俺、栞の綺麗な肌が大好きだからさ、半分は俺のためっていうか」
「それはっ……すごく嬉しいけど、助けられてまた惚れ直しちゃったけど!でも……それで涼がこんなふうになったら辛いよ……」
「それは……本当にごめん。俺もまさか折れるとは思わなかったんだよ」
「私もごめんね……。せっかく助けてもらったのに、まずはありがとうだよね」
「ん、どういたしまして」
そこでようやく笑顔を見せてくれた。やっぱり栞は笑顔の方が似合う。この笑顔を守りたくて身体を張ったんだしね。
「ねぇ、その手だと色々不便だよね?」
「そりゃ利き手だし不便になるかな?」
「ならお世話が必要だよね?」
「へ?」
お世話とはいったい?ちょっと嫌な予感もする。
「私がしばらく涼の右手の代わりをするからね」
んん??右手の代わりってどこまで?
「食事もお風呂も私が面倒見るから!」
「いや、ちょっと待って!風呂まで?!そこまでしなくても大丈夫だから!」
「いーやっ!じゃなきゃ私の気が済まないの!」
こうなると栞はなかなか手強い。どうにか説得して風呂は諦めてもらったけど……
これから俺どうなっちゃうの?!
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