第101話 綱引きと騎馬戦と

「それじゃちょっと頑張ってくる!ちゃんと見ててね?」


 胸の前でぐっと両手を握る栞。クラスに馴染んできたことでイベント事に燃えるようになったのだろうか。俺も朝イチはそんなに乗り気じゃなかったけど、なんか楽しくなってきたし。


 でも、もしかして俺に良いところを見せたいだけとか?それならそれで健気で可愛いのだけど。


「わかった。栞のことしっかり見てるよ」

「うんっ!……って私だけじゃダメだよ?そりゃ嬉しいけどね、皆も一緒なんだからね」


 俺の言葉に一瞬嬉しそうに返事をしたものの、すぐに他の皆も応援しろと言われた。確かに綱引きは団体競技なので、栞だけ頑張ってもどうにもならないわけで。


「わかってるって」

「ならいいけど……」

「ほら、皆待ってるからいっておいで」

「うん……。でもその前に……」


 栞はギュッと抱きついてきて。


「ちょっとだけ充電させて……」


「しおりん何してるのー!置いてくよ!」

「栞ちゃん、はやくー」

「高原さーん?」


 少し先に行く女子達が栞を呼ぶが、やっぱりその声には呆れが含まれている。のは、いつものこととして……。


 誰だ?!高原さんって言ったやつ!


 栞はそんなこと全く気にもとめず、俺から離れてニッと笑う。


「よしっ、やる気出た!今度こそいってきます」


 そうして皆の下へ駆けていった。




 女子種目の綱引きは学年別、一学年8クラスでトーナメント形式。3回勝てれば1位だ。


 我がクラスの女子は栞を始め、わりと小柄な人が多いので心配していたけど、その前から盛り上がっていたのが良かったのか初戦は難なく勝利。観客席に残された男子の応援も熱が入っていた。


 2回戦目は相手もなかなか頑張るようで序盤は力が拮抗していた。こうなると応援のしがいがあるというもので。


「栞ー!頑張れー!」


 俺が叫ぶと皆もそれに続く。


「彩ー!もっと腰入れろー!」

「さっちゃん負けるなー!」


 彼女持ちはどうしてもそんな応援になってしまうけど……。ちゃんと皆の応援もしたからね?


 応援のかいあってか2回戦もなんとか勝利をおさめることができたようだ。


 これは男子も頑張らなければならない。ということでちょっとだけ騎馬戦での作戦で考えていたことを伝えることに。


「──って感じなんだけど、どうかな?」

「……悪くないんじゃない?他のクラスの出方しだいだけど」

「ちょっと小狡い気もするけどいいんじゃないか?勝てればいいわけだし」


 賛同を得られたことに安堵して、指揮はやっぱり遥にお任せだ。


 こうしている間に綱引きは最終戦に突入。

 見るからに体格差があって、負けてしまった。こればっかりは仕方がないと思う。気合とかそういうのでは覆せないこともあるのだ。3位決定戦を見届けて女子達が戻ってきた。結果は2位で申し分ないのだけど、皆悔しそうだ。


「ごめんね、負けちゃった……」


 栞も本当に悔しそうだ。でもそれは本気で取り組んだからであって。


「ちゃんと見てたけど、栞もすごく頑張ってたじゃん。2位だってすごいよ」

「そうかな?」

「そうだよ」


 と、そこで目に入ったのが栞の手。


「栞?!その手……」


 血こそ出ていないけど、真っ赤になっていた。よほど力を込めて綱を握っていたことがわかる。


「えへへ、ちょっと頑張りすぎちゃった。涼の声がね、聞こえたの。そしたらすごく力が湧いてきて……気付いたらこうなってた」

「もう、無理して……でも偉かったね」


 たまらず栞の頭を撫でると嬉しそうに目を細めてくれる。こりゃますます情けないところは見せられない。


「次は男子の出番でしょ?私もしっかり応援するから頑張ってね!」

「任せとけ!」


 他の学年の綱引きを見届けたら俺達の出番。


 女子達の奮闘を見せられた男子達は気合十分といった様子でそれぞれ騎馬を組む。


 開始の合図と共に一斉に他のクラスが動き出す。8クラスの男子達が入り乱れる様は圧巻だ。でもうちのクラスは塊になって外縁へ。激戦区からは離れる形だ。


 これが俺の考えたこと。ルールとして一番最後に残っていたクラスが1位、あとはハチマキを奪った数で決まる。ならば極力戦闘は避けて生き残るのが最善。俺達は外側を集団で大きく回りながら、近寄ってくる少数の相手を集団で蹴散らす。そういう作戦だ。


 これがなかなかうまくハマった。熱くなっている他のクラスは中央でぶつかり合いを繰り返して数を減らしていく。


 だいぶ数が減ってきたら狩りの時間だ。守りから一気に攻めに転じる。


 女子達の声援が聞こえる。その中でも俺の耳はしっかりと栞の声をとらえて。


「涼、やっちゃえー!」


 栞が言っていた通り、それだけで力が湧く。上にいる遥が倒れないように必死で支えて。


 体力を温存していた俺達に負ける要素は少ない。多少脱落者は出しつつも、ついに俺達は最後まで生き残った。


 この作戦の欠点は最後まで生き残れないと撃破数で順位が下の方になってしまうことだったけど、本当に上手くいってよかった。


 終了の合図と共に脱落したやつらも駆け寄ってきて背中をバシバシ叩かれたりして。やっぱりこういうのも悪くないな、なんて思った。


 観客席に戻ると栞が飛びついてきた。


「涼すごーい!」

「わっ。栞ちょっと俺ふらふらだから……」

「あ、ごめんね?座っていいよ」

「うん、ありがと」


 栞は抱きつくのをやめて座らせてくれる。それでも手だけは離してくれなかったけど。


「それにしても本当にすごかったね。最初は何してるのかわかんなかったけど、最後一気に畳み掛けるみたいにさ」


 確かに傍から見てれば最初はただ逃げ回っていただけにしか見えなかっただろう。


「すげぇだろ?あれ涼が考えたんだぜ?」

「そうなの、涼?」

「いや、まぁ……ね。栞が頑張ってるの見たら俺もなにかしなきゃって思ってさ」

「ってことで涼が一番の功労者ってわけだ。胴上げでもしとくか?」

「怖いからやめとくよ……」


 皆にもその話が広がって、胴上げこそされなかったものの、ものすごく持ち上げられて……悪い気はしないんだけどやっぱり少しだけこそばゆかった。栞は何故か得意げな顔をしていたけど。


 まぁ、栞がいなかったら俺がこんなふうになることもなかったから、そういう点では栞が一番の功労者なのかもしれないな。

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