第100話 体育祭開始

 駅までは少しだけ走るハメになってしまったけど、どうにかいつも通りの電車に乗ることができた。普段の平日だと席は埋まっているのだが、今日は日曜日。乗客はまばらで座ることができた。


「良かった、座れて。私ちょっと脚がプルプルするから……」

「珍しいね、栞がそんなふうになるの。ちょっと走っただけなのに」


 筋力という面ではまだ男の俺の方が強いけど、普段からちょくちょく走ったりしているらしい栞の方が体力面では勝っている。ちなみに俺は軽い筋トレくらいはするようになったけど、今のところそれだけでヘバッていて……。この辺りは今後要改善ということで。


「いったい誰のせいなのかなー?」


 栞に頬をつつかれる。


「誰って……俺?」

「涼の他にいないでしょー?昨日あんなにするんだもん」


 昨日、と言われて思い当たることは1つしかないわけで。


「あー……ごめん」

「ふふっ、冗談だよ。半分は私のせいでもあるし、それに嬉しかったから」


 栞は俺の頬をつつくのをやめて、肩に頭を預けてきた。


「そっか。それならよかった、のかな?」

「うんっ!えへへ」


 あまり公共の場で明け透けに話すような内容じゃないので、この話題はそこで終了。学校の最寄り駅につくまで2人で静かに流れていく窓の外の景色を眺めて、穏やかな朝の時間を楽しんだ。



 ***



 教室の前につくと人だかりができていた。楓さん中心に女子達の集まりだ。今日は体操着に着替えてグラウンド集合なので、一緒に更衣室に向かうのだろう。男子は教室で着替えるのだが……。


「あ、やっとしおりんきた!遅いよー。早く着替えないと遅れちゃうよっ!」


 楓さんは今日も元気だ。俺なんか半日も太陽の下にいないといけないと思うだけでちょっと気が重いというのに。


「ちょっと出る前バタバタしてたけど、いつもの電車には乗れたし、そんなに遅くないはずだけど?」

「だって色々話聞きたいじゃん!皆も期待してるんだからね?」

「話って?」

「もー、とぼけちゃって。昨日帰ってからの話に決まってるじゃん!高原君のうち、行ったんでしょ?私2人の両親が話してるの聞いちゃったんだから」


 きっと2次会をするとかっていうのを聞かれてしまったのだろう。

 この段階で嫌な予感がした俺はこっそり教室に入ろうとして──


「あっ!涼!ちょっと助け──」

「ほらほら、しおりん?更衣室向かいながら色々聞かせてねー?」


 栞は女子グループに囲まれて連れられていった。


 俺を呼ぶ栞の声が遠ざかっていく。


 ごめん、栞……。どうせ俺は更衣室入れないし耐えてくれ……。



「相変わらずわかりやすいな、お前ら」


 教室の中から成り行きを見守っていた遥に捕まった。


「ほっといてくれ……」

「まぁ、なんとなく察したから詳しくは聞かないでおいてやるか。それより早く着替えろよ。時間まで騎馬の練習すっからさ」

「はいはい、ちょっと待っててくれ」



 体育祭で俺が出場する種目は2つ。1つは遥が言った通り騎馬戦。これは男子全員強制参加で、女子の種目は綱引きとなっている。


 もう1つは男女混合二人三脚。これは栞と一緒に参加する。なんとなく栞と一緒に希望を出したらあっさりと通ってしまったのだ。『お前ら以上に息の合うペアは他にいないだろ』ってことらしい。息は合うかもしれないけど身長差が頭を1つ分あるのでそこだけが心配だ。


 騎馬戦は午前の部の最後、二人三脚は午後の部の最初の予定になってる。


 遥に急かされてグラウンドに出るともうほとんどの生徒が集まっているようだ。それでもうちのクラスの場所にはまだ女子がほとんどいなかったので、きっと栞はまだ質問攻めにあっているのだろう。


 頼むから余計なことは言わないで欲しいと思うけど、栞のことだから皆にのせられて自分から色々語ってしまいそうな気がする。後で好奇の目に晒される覚悟くらいはしておいたほうがいいかもしれない。



「さて、まだ時間はあるし練習するぞ」


 遥の号令で騎馬を組む。まとめ役として適任の遥が上、先頭はさかき、右後に漣で俺が左後だ。榊はバスケ部に所属していてガタイのいい男だ。俺と漣はどちらかというとヒョロいので、防御力のためとかいって遥が連れてきた。こういうグループを作る時に遥がいてくれると助かる。


 というか一学期の時のままの俺だったら、間違いなくグループ分けからあぶれて人数不足のところに放り込まれていただろう。最初に仲良くなった男友達が遥で本当に良かった。


「んじゃ俺が指示を出すから、その通りに動いてみてくれ」

「おう!」「はいよ」「うーい」


 纏りのない返事をしたものの、わりとうまく動けていると思う。前進、右旋回、左旋回と色んな動きを試していく。後退はやってみたけど危なかったので本番ではなしということになった。


 そうこうしているうちに時間が来て集合して、開会式なんかを済ませてクラスの待機場所に戻ると栞が頬を膨らませて寄ってきた。


「もうっ。見捨てるなんてひどいよ、涼」

「いや、だって。あの中に俺が突っ込んでいっても無力じゃん」

「そうかもしれないけど、助けてくれようとする姿勢が大事なんだよ!おかげですっごい恥ずかしい思いしたんだからね?」

「ってことは色々喋ったってこと?」

「いやー、それはその、ね?」

「喋ったんだ?」

「ごめんなさい……」


 どおりでずっと視線を感じるわけだ。予想はしていたし、覚悟もしたけど、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。


「ちなみにどこまで話したの?」

「えっと……ぶ」

「え?なに?」


 小声すぎて聞き取れなくて、聞き返すとうつむいてしまった。


「栞……?」

「だから、ほとんど全部!昨日涼のうちに帰ってから今日家出るまで、ほとんど!」

「……ってことは俺と栞のあれやこれやも?!」

「それがどれなのかわかんないけど……私の想像通りならむしろそれがメインといいますか……」

「おぉう……」


 これは覚悟がどうのというより開き直ったほうが楽かもしれない。問題があるとすれば俺にそこまでの度胸がないことか。


「怒った……?」

「怒ってない。けどすごく恥ずかしい」

「ごめんね……?なんか皆して涼のこと褒めるから気分が良くなってついつい口が滑らかに……」


 つまり、うまくのせられて自爆したと。まさかここまで予想通りとは。


 反省はしてるのか、しゅんとする栞が可哀想になって……。


「俺も栞のこと見捨てちゃったからおあいこってことにしよ?とりあえずこの件は気にしない方向で」

「うん……。私もこれからは気を付けるね?」


 今更気を付けたところで手遅れなんだけど、それは言わないでおいた。せっかくギクシャクしないで済む落とし所を見つけたんだしね。


 そこからは視線を気にしないように、がらにもなく大声を出して自分のクラスの応援をした。意図を察した栞もそれに習って。次第にクラス中にも伝播して。我がクラスは大いに盛り上がっていくのだった。

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