第99話 お弁当作り

 結局、文乃さんの言葉通り栞はうちに泊まっていくことになった。というのも、大人達が全員リビングで酔い潰れてしまったからだ。まさに死屍累々。


 そんな状態で栞だけ家に帰っても仕方ないわけで。もしかしてこうなることを狙ってやっているのかも、なんて思ったりもしたけど、まぁどちらでもいい話だ。栞と過ごせる時間が増えて嬉しい、俺にはそれだけだから。


 潰れた大人達は放っておくことにして、狭い俺のベッドで栞と寄り添って転がる。明日も学校には行かないといけないので、あまり夜更かししすぎるのはよろしくないのだが。


「ねぇ、明日大丈夫かな?私達全然練習してないよね?」

「そういえばそうだよね。今更どうしようもないけどさ……」

「心配してもしょうがないかぁ。きっとぶっつけ本番でもなんとかなるよね。私達おしどり夫婦だもんね?」

「まだ夫婦じゃないって……」

「もー!いいじゃん、今日くらい。もう少しひたらせてくれたってさー」


 わかりやすく膨れてみせる栞が可愛い。


 仕方ない、ちょっとだけのっかってあげるか。


「はいはい。それじゃ奥さん?頑張って俺を引っ張ってね」

「まかせてよ。私の旦那様の格好良いところ皆に見てもらうんだから」

「そりゃ頼もしい」


 ギュッと抱きついてきた栞の髪を撫でてあげると、俺の胸に頭をグリグリと押し付けてくる。栞が動くたびに甘い香りがふわりと漂う。今日は同じシャンプーを使っているはずなのに不思議なもんだ。


「ほら、もう寝るよ」


 栞はまだじゃれつき足りなさそうだけど、そろそろ寝ないと明日起きられなくなってしまう。ただでさえ今日は疲れているのだ。半分くらいは自分のせいなのだが……。そのおかげで栞の機嫌が最高といっていいほど回復したので、結果オーライだ。


「はぁい」


 さすがの栞も時間を見てまずいと思ったのか素直に従ってくれる。新婚よろしくおやすみのキスをして、寄り添ったまま眠りについた。



 ***



 朝、目を覚ますとベッドに栞の姿はなかった。どうやら先に起きて、俺を起こさないように抜け出したらしい。


 顔を洗いに階下の洗面所へ向かうと、台所から物音がする。顔を洗ってから覗きに行くと、栞が台所に立っていた。


「あ、おはよ、涼」

「うん、おはよう。栞、何してるの?」

「えっとね、お弁当作ってるんだよ。水希さんもお母さんもあんなだし」


 栞の視線を追ってリビングを見ると、寝る前と同じくぐったりしている大人が4人。目は覚めてるみたいだけど、起き上がれないようだ。二日酔いだろう。あれだけ飲めばこうもなろう。


 残っていた料理は俺と栞で冷蔵庫にしまったが、空けられたお酒の缶や瓶がまだ大量に残されている。


「うぅ……栞ちゃん、ごめんね……。そんなことまでさせちゃって」


 頭を押さえながら母さんが栞に謝る。


「いいですよ、これくらい。その代わり私の分も食材使わせてもらってますから」

「それは全然構わないわ。本当は私と文乃さんでやるつもりだったのに、ハメを外しすぎちゃって……」

「本当に大丈夫ですから、ゆっくりしててください。あ、でも水希さんにお願いがあるんですけど」

「うん?なに?」

「これから涼のお弁当、私に作らせてもらいたいんです」


 またいきなりなことを言い出した。でも栞の表情は真剣そのものだ。


「毎日ってこと?」

「はい」

「大変よ?」

「全然平気です」

「涼と喧嘩したら?」

「しませんよ。でも、もしした時は日の丸二段弁当にでもしてやります」

「わかれ──」

「別れません!」


 最後のは言っちゃダメだろ……


「はぁ……栞ちゃんはなかなか手強いわね。わかった、許可します」

「本当ですか?!」

「えぇ。でも栞ちゃんには材料費にプラスして手間賃を払うわ」

「いや、それは悪いですよ……。私の我儘なのに」

「これは絶対条件。受け取らないならこの話はなしよ」

「う……。わかりました」

「ん、よろしい。手間賃は涼と遊ぶためにでも使うといいわ。お金の話はしばらくやってみてから文乃さんも交えて決めましょうね」

「はい、ありがとうございます」


 こうして俺の意見は一度も聞かれることなく決まった。


「ということで、涼。頑張って作るから楽しみにしててね?あ、でもそうなると起こしに来てあげられなく……でも、早起きすれば……」


 大真面目な顔で考え込んでしまった。そこまでしたら栞の睡眠時間が減ってまた倒れるんじゃないかって心配になる。


「いや、そんなに無理しなくても……」

「ん?無理なんてしてないよ?今から楽しみでしょうがないんだから」

「それならいいけど……。でも本当に大変とか無理だって思ったらすぐ相談すること。いい?」

「んー、わかった」


 あんまりわかってなさそうだけど、一応約束したということでよしとしよう。 


「あっ、涼。そろそろ朝ご飯食べちゃって。ちょっと急がないと遅刻しちゃうよ」

「うわっ、本当だ」


 「日に日に栞ちゃんの奥さん感が増してるわねぇ」という母さんのつぶやきは無視して、朝食を平らげて。


 時間ギリギリで家を飛び出すハメになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る