第98話 ◇結婚初夜?
玄関を開けて家に入るとリビングが騒がしい。2次会がどうとか書いてあったけど、すでに始まっているようだ。
栞と揃ってリビングへ。
「ただいまー」「お邪魔します」
「あ、やっと帰ってきたー。おかえり、涼、栞ちゃん」
「遅かったじゃない、栞。何してたのよー?」
「普通に片付けしてきただけよ。というかお母さん、お酒臭い……こんな時間から飲んでるの?」
文化祭の片付けをしてきたので普段よりは遅いもののまだ夕方といっていい時間だ。だというのにリビングのテーブルの上にはお酒の缶や瓶が広がっている。あとは母さんと文乃さんが用意したであろう料理やおつまみなんかもある。
「い〜じゃな〜い、こんな日くらい。お祝いよ、お・い・わ・い。ほら、あなた達も早く着替えてきなさい」
「私、そんな用意してきてないけど?」
「ほら、ちゃんと持ってきてあげたわよ。それとね──」
文乃さんが栞に耳打ちをすると、栞の顔が真っ赤になる。何を言ったのかは俺には全く聞こえなかった。
「ちょっとお母さん!またそんなこと!」
「でも栞もちょっとくらい期待してたんじゃないの〜?」
「そ、それは……なくはないけど……でも別に本当に結婚したわけじゃないし、それに明日は体育祭もあるし……その前にそんな……」
「あらあら、真っ赤になっちゃって。栞は可愛いわねぇ」
「あぁ、もう!お母さんうるさい!とにかく着替えてくるから!いこっ、涼」
「う、うん」
栞は俺の手を掴んで、反対の手には文乃さんが用意していた荷物を持ってリビングから引っ張っていく。行き先は……まぁ俺の部屋だよね。
俺の部屋で、俺のベッドに荒っぽく腰を下ろした栞はため息をつく。
「はぁ……本当にお母さんは……」
「だいたい予想できる気がするけど……何言われたの?」
「それはその……結婚初夜でしょ?って、また泊まっていけばってさ」
「あー……」
大方予想通りだった。お説教をしたこともあるけど、全く意味がなかったようでお節介は相変わらずなようだ。
「そりゃね、私だってそういうこと考えなくもないけど……」
「栞も考えてたんだ?」
「うっ……」
しまった、余計なことを言ったかもしれない。
「だって!しょうがないじゃん……私、いつだって涼に甘えたいし……それに今日は疑似だけど結婚式までして、なんか気分が盛り上がっちゃってるし」
「まぁ、そうだよね。俺も一緒だから」
「でしょ?でも人から言われるとなんか違うっていうかね……その……涼とそういうことするのは私達の意思でしたいっていうか……あー、もう!」
言いたいことはなんとなくわかる。そのためにお説教したわけだし。前に言った通り俺達のペースがあるのだ。
でも……本当にこのままでいいのか……?
◆
本当にお母さんは余計なことばっかり!
文化祭での結婚式もなんかすっごく感動させられて、せっかく涼といい雰囲気で帰ってきて、イチャイチャしようと思ってたのに。それで気分が盛り上がればそのまま……なんて思ってたのにさ。
全部台無しじゃない!
色々バレバレなのは私もわかってるけど、それでもそっとしておいてくれるのと、お節介焼かれるのでは全く違うのだ。これは気分の問題だ。気分が乗らなければムードも何もなくなってしまう。
「えっと……どうしようか?」
私の機嫌が悪くなったのを察して涼が声をかけてくれる。せっかく気を利かせてくれているのに、本当は今すぐ涼に抱き締めてもらいたいのに、お母さんの言葉が邪魔をして素直になれない。
「とりあえず着替えてご飯食べる……」
「わかった。俺、部屋の外出てるからその間に着替えて」
「別に出てかなくてもいいよ」
「え?」
「涼も一緒に着替えたらいいから」
だって、今日はもしもに備えて少し気合いを入れているのだ。こんな気分ではきっとこの後出番なんてなくなってしまうだろうし、それなら今ちょっとだけでも見てもらいたい。
「なら……なるべく見ないようにするから……」
もう……涼もわかってくれないんだから……
後ろを向いて着替え始めた涼にため息を付きそうになったけど、グッとこらえた。そんなことをしたらそれこそ本当に台無しだ。涼まで嫌な気分にさせてしまう。
涼がもうすぐ着替え終わるタイミングを見計らって、私も制服を脱ぎ捨てる。お母さんから渡された荷物から私服を取り出して、着ようとして……やめた。
「ねぇ、ちょっとこっち向いて?」
やっぱり見て欲しい。それで褒めて欲しい。そしたらこのトゲトゲした気分がおさまる気がして。
「もういいの?」
「うん。いいよ」
ゆっくりと振り返った涼は私の姿を視界におさめた途端視線を外してしまった。
「まだ服着てないじゃん!」
「いいから見て」
あぁ、何やってるんだろ私……声まで荒げちゃって……
でもここまで来たらおさまりがつかない。
「ちゃんと見て……それで今日の私がどうか涼の口から聞かせて……?」
泣きそうになりながら伝えると、涼はため息をつきながら振り返る。
やっぱり涼にも呆れられちゃうよね……
それでも涼はちゃんと私を見てくれて。
「ほら、ちゃんと見たよ。今日の栞もすごく綺麗だし可愛いよ。その……なんかすごく気合が入ってる気もするけど」
「うん……涼のために選んだの。なのにお母さんのせいでそんな感じじゃなくなって、でも見てほしくって……なんかわけわかんなくなっちゃった。ごめんね。私、変なことしてるよね?」
本気で泣けてきた。もう涼の顔も見れない。本当にバカみたいだ。俯いて、この感情の波が去るのを待つことしか──
ふわっと柔らかく抱きしめられた。
「栞、泣かないで。こんなことしなくても俺はいつだって栞のこと可愛いって思ってるから。でも俺も男だからね、こんな可愛い姿見せられたら……」
──どさっ
ベッドに押し倒された。
「だ、だめっ。これじゃお母さんの──んんっ」
キスで黙らされた。
「違うよ。これは俺の意思だから」
耳元で囁かれた涼の言葉が、このたった一言があんなにもトゲばって石のようになっていた私の心を溶かしてくれる。欲しい時に欲しい言葉をくれて。わかってくれてるって、涼の優しさが身に沁みて。
「嫌だったら抵抗して。そしたらやめるから」
無理矢理なんてせずに優しく頭を撫でてくれて、待ってくれる。ちょっとくらい強引でもいいのに。普段なら割と及び腰な涼がここまでしてくれるのが嬉しくて、やめてほしくなくて私は涼に追いすがった。
「やめちゃ、いやっ」
そこからは涼も遠慮がなくなった。それでも優しいのは相変わらずで、とっても丁寧に扱ってくれる。
涼の指が私の肌をなぞるたびに、心が、身体が震える。
嬉しい──嬉しい──嬉しいよ。
こんなに全部、私の気持ちを汲んでくれる。そんな人に出会えて、恋人になれて、将来まで約束してくれて、こうして触れ合って。私の心に湧き上がるのは歓喜と幸福感だけだった。
***
少しばかり夢中になりすぎて身体がガクガクする。きっと明日は筋肉痛にでもなるんじゃないかってくらい。
このせいで明日私は事故を起こすのだけど、この時はただ幸せな余韻だった。
リビングに戻るとますます盛り上がっていた。だいぶお酒が進んでいるみたい。
戻るまでかなり時間がかかってしまったので、予想通りお母さんにからかわれた。
「だいぶ遅かったけど、何してたのかしら〜?」
でもね、こんなんじゃもう私の心は乱されない。私の心を動かせるのは涼だけなんだからね?
「お母さんの想像通りよ?」
だから、目一杯の笑顔でそう言ってやった。それでお母さんは目を丸くして……お父さんはもう潰れかけてるし聞いてもいないだろう。
これでいい。私達は私達のやりたいようにやるだけ。節度は守るけどね?こんなことばっかりしてたらあっという間におバカになっちゃうもんね。
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