第86話 ◆幸せすぎて怖いの
涼は疲れて眠ってしまった。
口を開けて、幸せそうな心底満ち足りた顔で。そんな顔をさせているのが私だって思うと余計に愛おしくなる。
「可愛いなぁ、もう……たくさん頑張ってくれて、ありがとね」
思わずそう溢していた。
汗で貼り付いている前髪を払ってあげると、くすぐったそうに頭を動かして。
「うぅん……栞……?」
寝言でまで名前を呼んでくれる。それだけでまたどうしようもない程嬉しくなってしまう。
けど……あの後、そのまま、服も着ずに寝てるものだから、ちょっと目に悪い。
だって……さっきまでいっぱい私のことを愛してくれた……その、アレ、もそのままで……
いや!じっとは見てないからね?!
でもどうしてもチラチラ見てしまって。
ダメ……もっとって思っちゃう……
いつから私はこんなにエッチになっちゃったんだろ……
本当は私もヘトヘトなんだけど、そんな身体とは裏腹に頭が冴えてしまって眠れない。
先程までのことを思い出すだけで身体が熱くなる。頭と心が痺れてもっと余韻に浸っていたい、なんて……だって
すごかった……
何が、なんて野暮なことは言わないけど。
まさか自分があんなになるなんて思ってもみなかった。
ご近所に声、聞こえてなければいいけど……
涼が私から離れられなくなるように、言葉で態度で自分の身体さえも使って籠絡してしまおう、なんて浅ましいことを考えていたんだけど、見事に返り討ちにあってしまった。こんなの知っちゃったら私の方が離れられない。身体の関係がなくても離れられないくせに、とか言われちゃいそうだけど……実際そうなんだけど!別に涼のことを疑ってるわけではないからね?これはただの私の我儘だから。
涼と身体を重ねたのは今日で4回目。
1回目は初めてお泊りした時。初めてで余裕もなくて、でも涼と結ばれたことが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。朝起きてから余韻に任せてまたしてしまったけど、私の中ではここまでで1回目。あの後恥ずかしくなって動揺して顔見れなかったっけ。
2回目は水希さんが買い物に出掛けた隙に。ちょっとキスに夢中になってるうちにおさまりがつかなくなってしまって、そのまま。事が終わった直後に水希さんが帰宅してすっごく慌てたっけ。それからはバレる可能性がある時はやめようねって話になってる。あの時は……きっとバレてたと思う。だって隠しきれるわけがないもん。絶対私、蕩けた顔しちゃってたはずだから。今思い出しても顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。
3回目はプールから帰った後。私がちょっと色々拗らせて涼を苦しめてしまう直前。今思い返すと、この時のことは少しだけ苦い思い出になってたり。
そして今回……これまでの時とは全然違った。今ならわかる。これまでは私がちゃんと涼を受け入れきれていなかったんだって。心に引っ掛かっていた小さな悩みが無意識にストップをかけていたんだって。心に陰りがあれば身体にも影響は出る。こないだ体調を崩したのがいい例だ。あっという間に眠れなくなって、最後には動けなくなってしまった。
今回、明確に変わったきっかけはきっと涼が迎えに来てくれたこと。あんなに私の中で暴れまわっていた悩みをあっさりと取り除いてくれたあの時。今の私をまるごと肯定してくれて、ずっと前から受け入れてくれてるって教えてくれた。おかげで今、ようやく涼をしっかり受け止める準備ができたんだと思う。
「すごいね、涼は……」
出会ってからこんな短い時間で私の心の暗い部分を全部払って明るくしてくれた。
夢中になるわけだよ。
「でもね……幸せすぎて、ちょっと怖くなることもあるんだよ……」
涼が私から離れていくことはないと思う。けど涼にもしものことがあったら、なんて今考えてもどうにもならないことが心配になったりする。幸せな分だけ悪いことがあるんじゃないかって。
「涼……大好きなの。好きで好きでたまらないの……だから、どこにもいかないでね……」
なんでこんなに幸せなのに涙が出るんだろ……?
ねぇ、もっと私を安心させてよ……
私の思いが通じたのか、涼は薄っすらと目を開けた。
「大丈夫、だよ……ずっと、一緒だから、ね……」
寝言なのに。いや、寝言だからなのかな。
それは紛れもない涼の本心だってわかる。
涼の言葉1つだけでこんなにも安心できるのが不思議だ。なのに涙は勢いを増して。
温もりを求めて涼に寄り添うと、私の収まりがいいように身体を動かしてくれる。
涼の首筋に吸い付いて私の
見えるところだから起きたら怒られちゃうかな?強めにつけちゃったから、週明けまで消えないかもしれないけど、いいよね?この痕を見るだけですごく安心するんだもん。涼を守るおまじないみたいな気がするのかな?
それですごく満足してしまって、一気に眠気が襲ってきた。それに逆らわずに目を閉じると意識は眠りの底へ落ちていく。
涼の温もりに包まれて……
なんだか幸せな夢が見れそうね。
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