第87話 帰りたくないっ!

 朝目を覚ますと、すぐ近くに栞の顔がある。ピッタリと俺に寄り添って眠るその顔は幸せそうで、まるで天使のよう、なんて言うとちょっと恥ずかしいだろうか。こうして栞と過ごす時間が増えるたびに、また新たな魅力を見つけて好きになる。すでに栞への想いはこれで上限かと思っていたのに、毎回簡単に超えてくるものだから、そんな自分に驚かされる。


 俺が目覚めた気配を察したのか栞も薄っすらと目を開ける。


「んぅ……おはよ、涼……」

「おはよう、栞。ごめん、俺……寝落ちしちゃってた……」


 朧気な知識によると、女性はすぐ眠ってしまう男はあまり好ましく思わないそうだ。そう考えれば昨夜の俺はダメな男ということになってしまう。フォローのひとつでも入れておかなければならないと思った次第だ。


「んーん、大丈夫だよ。涼の寝顔可愛くて、堪能させてもらっちゃったし……ふわぁ……」


 まだ眠そうな栞は目を擦りながらもふにゃりと微笑んでくれる。相変わらず俺に甘すぎると思う。


「おぉ……それならよかった、のかな……?」

「うんっ。そろそろ起きる?お風呂も入りそびれちゃったし」

「そういえばそうだった……なんかごめん」

「謝らなくてもいいってば。そのまま寝ちゃったのは私も同じだし。あ、そうだ。お風呂一緒に入る?」

「いや、別々で……」


 魅力的な提案ではあるんだけど……その、ちょっと今は都合が悪いと言うか。だって今もまだ昨夜の姿のままなんだもん!あ……栞の語尾がうつった?


「ふ〜ん?いいの?こっちの『涼君』は私に賛成みたいだけど?」

「どこ見ていってるの?!」

「あ、もしかして今から……?涼ったら朝から積極的なんだから」

「そんなこと一言も言ってないからね?!」

「ならお風呂くらい付き合ってよ」

「まぁ、それくらいなら……」


 …………ん?まんまとのせられてないか?

 まぁいっか。初めてでもないし、どうせ2人きりだし。というか2人きりじゃない時にも一緒に入ったような……いや、あれは文乃さんの過ぎたお節介だし考えないようにしよう。


 それから一緒に風呂に入ってさっぱりして、朝ご飯を食べてからのんびりと2人の時間を楽しんだ。


 他愛の無い話をしたり、時々抱き合ったりキスしたり。ただそれだけなのに栞との時間はあっという間に過ぎていく。


「わ、もう夕方だよ……さっき起きたばっかりだと思ってたのに」

「俺も同じこと考えてたよ。栞といると時間が経つのが早いなって」

「うー……帰りたくないっ!」

「また次の機会があるよ」

「涼は寂しくないの?」

「寂しいに決まってるだろ?でもずっとこうしてたら2人共ダメになると思うんだ。俺は今はね、栞と将来一緒になれるように頑張らなきゃって思ってるよ」

「具体的には……?」

「勉強、かなぁ?同棲するなら栞と同じ大学へ行く必要があるし、俺の方が頑張らないと」


 ただでさえ栞のほうが地頭はいいのだから、俺が少しサボったらあっという間に引き離されてしまう。栞のサポートがあってこそ現在の学力があるのだから。


「私が涼に合わせるって方法もあるけど?」

「それはダメ」


 俺が足を引っ張って栞の可能性を狭めることだけはあってはならないと思う。じゃないと聡さんと文乃さんに申し訳が立たないし、胸を張って栞の隣にいられなくなる気がする。


「なんで?私、涼と一緒にいること以上に大事なことなんてないよ?」


 そう言ってくれるのはすごく嬉しい。けどそれでもダメなものはダメだ。俺にもなけなしのプライドってものがあるし。あまり情けないところばかりは見せられないし、見せたくない。


「それでもダメだよ。俺の言いたいこと、栞ならわかるでしょ?」

「わかるのと納得できるのは別の問題なんだもん」

「本当にしょうがないんだから……」


 栞が膨れっ面をするので頭を撫でて宥めてあげる。

 栞がこんなだと俺が堕落してしまう。だから節度を持って……ってだいぶ手遅れ感があるけど。


「俺だって栞に格好つけたいんだよ。だからわかって?」

「うー……わかった……けど、勉強なら私が教えたらいいもんね。そしたら一緒にもいられるしね」


 わかってるんだかわかってないんだか……最近の俺達は一緒にいたらついイチャついてしまって、それどころではないというのに。お互いに惚れ込みすぎというのは困ったものだ。


「今日のところは涼の言う事聞いてちゃんと帰る。でも……『おはよう』と『おやすみ』の通話は欠かしたらダメだからね?」

「それはもちろん。俺も起きてすぐと寝る前は栞の声聞きたいから。言っとくけど、俺だってずっと栞と一緒にいたいんだからね?」

「うん、わかってる……ごめんね?我儘言って」

「いいよ。そういうところも全部込みで栞のことが好きだから」

「こういう時に好きっていうのずるいと思うなー。それに絶対私の方が涼のこと好きだもん」

「いや、俺の方が……っこれ、お互いに譲らなくて喧嘩になりそうだからやめようね……?」


 俺達はやっぱりどうしようもないバカップルだった。



 その後すぐ両親が文乃さんに送られて帰ってきた。

 帰宅早々、俺達を交互に見て呆れた顔をされてしまった。


「栞……?お母さんね、これはちょっと独占欲が強すぎると思うの。こんだけくっきりついてたら週明けまで消えないんじゃない?」

「うっ……」

「え?独占欲?何が付いてるの?」

「……涼は鏡で首、見てきたら?」


 母さんに言われて確認しにいくと、わりと目立つ位置にキスマークが。俺からは栞にたくさんつけたけど。それもちゃんと隠れる位置だけにしていて、逆はなかったはず……


「栞?!これ……いつの間に?!」

「えへへ、涼が寝てる間につい……ごめんね?」


 可愛らしく謝っても良くないことは良くないのだ。


「見えないところならまだしも、なんでこんなところに……?」

「だって……涼の寝顔見てたら不安になっちゃって……私のしるしを残しといたら安心できるかなーって」

「言ってる意味はよくわかんないけど……不安なことはちゃんと聞くから、これからはこんなことしたらダメだからね?」

「はーい。ごめんなさーい……」


 とりあえずわかってくれたということで今回は不問にした。


 週明け、隠すために絆創膏を貼って学校に行ったら案の定遥と楓さんにも一瞬でバレて呆れられたとさ。


「「しおりん(黒羽さん)これはやりすぎ」」


 こうして俺の誕生日を含む週末は終了して、次に考えなければならないのは文化祭のことだ。実行委員になってしまっているし、俺達の式をするということでやることは山積みなのだ。




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