第84話 誕生日会3

 栞からプレゼントをもらった後は食事の時間。

 文乃さんと母さんが用意してくれたという料理を堪能する。

 聡さんと父さんはすでにだいぶアルコールが回っているのか、目に涙を浮かべながら語り合っている。

 子供の成長がどうたら……


「栞は小さい頃から可愛くて……」

「そうなんですよ。涼は俺に似て昔から人見知りが激しくて……」


 う〜ん、会話が噛み合ってない気がする……


 お互いに話題は同じなんだけど、好き勝手に自分の思ったことを口にするもんだから、傍から聞いてると何がなんだかさっぱりだ。あれでどうして相槌を打ちながら会話ができているのか謎だ。

 まぁ、酔っ払いには関わらない方がいい。また聡さんが取り乱すと面倒臭いことになる気がするから。


 栞は甲斐甲斐しく俺のお世話をしてくれている。俺の好きなものを皿に取ってくれたり、隙あらば『あ〜ん』をしてきたり、させたり。


 文乃さんと母さんはそんな俺達をずっとニヤニヤしながら眺めている。茶々を入れてこないのはありがたいけど、ずっと見られてるのはそれはそれでやりにくい。


 テーブルの上にはまだ大量の料理が残っているけど、かなり満腹になってきた。ちょっと用意しすぎな気がする。それだけ盛大に祝ってくれるのは嬉しいけど、余った分はどうするつもりなんだろうか。


「そろそろケーキ出しましょうか」


 そう母さんが言うと、皆が待ってましたとばかりに盛り上がる。余った料理はひとまず片付けられることに。うちだけでは消化しきれそうもないので、黒羽家と分けるらしい。


 その後用意されたケーキにはロウソクが刺され、火が灯されて。


「涼はロウソクの火吹き消してね?写真撮ってあげるから。栞ちゃんは涼に寄り添ってあげてね?」


 もう既にこれ以上ないくらい寄り添ってるんだけど?


 優しい目で俺を見つめてくれる栞を横目で見ながら、ふーっとロウソクの火を吹き消す。その瞬間にシャッターが切られて、俺の過去最高に幸せな誕生日の記録として残されることになった。


「それじゃ、初めての共同作業的なアレをやってもらいましょうか!」


 やたら盛り上がってたのはこれをやらせるためか!

 いや、栞?包丁構えてこっちをじっと見るのは……別の意味で怖いからやめようね?余所見しようものなら刺され……いやいや、栞に限ってそんなことはないか。そもそも余所見するつもりなんてないし。


 けど世の中にはヤンデレなるものが存在するらしい。栞がそうなることだけは絶対に勘弁願いたいものだ。


 その場の全員からじっと見つめられて、そんな圧に俺が耐えられるわけもなく、栞と一緒に包丁を握ることに。


「涼?ちょっと右にズレてるよ?」

「えっと、これくらいかな?」

「うん。たぶん大丈夫」


 なにせ俺は包丁なんて握ったことがないので、慣れない作業に四苦八苦。でもそんな俺を栞はしっかりとサポートしてくれる。まるで俺が望む栞との在り方を全て体現しているようだ。


 栞はこないだ俺を支えることが出来ないなんて悩んでたけど、やっぱりちゃんと支えてくれていることを改めて実感する。そして俺は栞がいてくれないとダメダメなことを自覚済み。思わず図書室で確認してしまったけど、そんな栞が最初から俺を選んでくれていたことがたまらなく嬉しい。


 ケーキのカットが済むと拍手が巻き起こる。実際には結婚式じゃなくて、誕生日会なはずなんだけど。両親達に娯楽にされていそうなところだけは、ほんのちょっぴり複雑だった。


「ほら、涼。あ〜ん」

「これって先に男がやるんじゃないの?なんかでそんなの見た気がするけど」

「今日は涼の誕生日だからいーの!ほ〜らっ、口開けて?」


 諦めて栞の差し出すケーキにかぶりつく。


「美味しい?」

「ん、美味しいよ」

「よかった。それじゃもう一口ね?」

「ちょっと待って!自分で……」

「だーめっ。私が食べさせてあげたいのっ!」


「涼君ったらもう尻に敷かれてるのね?」

「いいじゃないですか。これくらいの方がきっとうまくいきますよ。それに涼もなんだかんだ嬉しそうですから」

「それもそうですね。にしてもうちの人達は……」


「うぅ……栞……幸せになるんだぞ……」

「涼も立派になって……」


 いや、だから結婚式じゃないからね?


「なんかもうダメそうですね……そろそろ、ですかね?」

「そうですねぇ。潰れる前のほうがいいですよね」


 何か少し引っかかる事を言い始めた文乃さんと母さん。


 そろそろとは?


「ねぇ、栞?まだ何かあるの?」

「えっ?えーっとね……えへへ。涼と2人きりの時間が欲しいって、お願いしちゃった……」

「それって……」

「うん……って恥ずかしいからあんまり言わせないで!」


 俺はプレゼントを貰った時のやりとりを思い出していた。


『後で……2人きりになったら包装も解いてくれると嬉しいなー……なんて、ね?』


 俺だって男だし、あんなふうに誘惑されたら歯止めが効かなくなりそうなわけで。そうじゃなくても栞は俺にとって誰よりも魅力的な女の子なのだ。


「涼?私達これから黒羽さんちにお邪魔して飲み直すから。飲み直すといっても、私達はまだ飲んでないけど」

「栞?ここまでお膳立てしてあげるんだから、しっかりね?」


 つまり何をするかなんてバレバレということだ。

 にしても、しっかりとはいったい……


 聡さんと父さんを車に積み込み終わった母さん達は出発前に一度戻ってきた。


「涼?」「栞?」


 いつになく真面目な様子に俺も栞も背筋を伸ばす。


「「はい」」


「……どんなに愛し合ってても、子供はまだダメよ?」


「「は?」」


「ハメをはずしても、ゴ──」


「「いいからさっさと行けー!」」


 真面目な話かと思ったのに、結局母さん達は相変わらずで全力で家から追い出すことになった。大事なことではあるんだけど、言われるまでもなく、ちゃんとわかってるから。

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