第83話 誕生日会2

 情けないことに、ちょっと本気で泣いてしまった。

 皆に見られている状況にも関わらず、栞はぴったりと寄り添ってくれて、頭まで撫でてくれて、俺が落ち着くまでそうしていてくれた。そのせいで落ち着くまでが少し長引いたのは内緒だ。


「ありがと、栞。落ち着いたよ」

「あんなに泣くとは思わなかったよ。ちょっと心配したんだからね?」

「ごめんね?なんか栞が俺のために色々考えてくれたって思ったら嬉しすぎてさ」

「それならよかった。でも……この後また泣かせちゃうかもしれないけど……まだ始まったばっかりだし、覚悟、しといてね?」


 これ以上泣かされたら本当に干からびてしまいそうなんだけど……


「栞?もうこの流れでやっちゃえば?ずっとタイミング見計らってソワソワしてるでしょ?」


 文乃さんの言葉に俺は首を傾げる。

 やっちゃうとは……?


「やっと涼が落ち着いたところなんだけど……でも早い方がいい、かな?涼、また泣かせちゃったらごめんね?」

「まぁちょっと恥ずかしかったけど、嬉しかっただけだし……」

「じゃあ……ちょっと準備するね?お母さん、涼にアレつけてもらって?」

「はいは〜い」


 栞からそう言われた文乃さんは鞄から何かを取り出した。


「涼君はとりあえずソファに座ってね」

「は、はい」


 何が始まるのか不安だけど、きっと栞が俺のために考えてくれたことだと思うので、とりあえず指示に従う。


「それじゃ涼君、ちょっと失礼するわね」

「え?ちょっと、文乃さん?」


 俺の世界から光が失われる。というのは大袈裟だけど、視界が塞がれていた。


「えっと……?アイマスク?これから何が……?」

「さぁ?何をするかは栞しか知らないの。私はただ栞にお願いされてるだけだから。ほら、栞。こっちは準備できたわよ」

「うん、ありがとう。……よしっ!」


 栞が気合を入れた直後、俺は包みこまれていた。

 首に腕を回されて、抱き寄せられて。ふわりと漂ってきた大好きな香りで、それが栞だとはっきりわかる。そもそも俺にこんな事するのは栞しかいないんだけど。視界が塞がれていることで、俺の意識が全て栞へと向かう。皆がもいるはずなのに、もう栞のことしか考えられなくなってしまった。


 しっかりと抱き締め返すと、栞が口を開く。

 耳元で俺にだけ聞こえるように囁かれる。


「涼への誕生日プレゼント……私、だよ。返品不可だから、ちゃんと受け取ってね?大好きだよ、涼」


 少し照れながらも俺への想いを口にしてくれる。

 こんなにも嬉しいプレゼントは初めてかもしれない。


「ありがと、栞。ずっと大切にするよ」

「へへ、嬉しい。それとね、後で……2人きりになったら包装も解いてくれると嬉しいなー……なんて、ね?」


 あまりに大胆な言葉に暴走してしまいそうだけど、今は我慢だ。目隠しされて忘れそうになってるけど、ここには皆もいる。栞のことしか考えられなくなっていても、ちゃんと頭ではわかってるから。


「わ、わかった」

「うんっ!」


 栞がゆっくりと離れていき、離れきる間際に軽くキスをくれる。


 それまで静かにしてくれていた両親達から『おぉー!』なんて声が漏れて、現実に引き戻されると、とたんに恥ずかしさが込み上げてきた。


「涼。もうそれ取っていいよ」


 そう言われアイマスクを外すと、恥ずかしそうに顔を赤らめながらも溶けるような微笑みを浮かべた栞と目が合う。

 そして栞は俺の胸元を指差す。

 視線を向けると、そこにはいつの間にか俺の首につけられたネックレスが。トップには1つのリングがついている。


「栞?これって……?」

「あんなこと言ったけど、やっぱり形に残るものも欲しいかなって思って……一応ペアリング、なんだ」


 栞も自分の首につけられていた物を服の中から引っ張り出して見せてくれる。


「本当はね、一緒に選びたかったんだけど、演出まで考えたら内緒の方がいいかなって。それでね、選んだのは私なんだけど……それ、ここにいる全員からの贈り物なんだよ。うちで文化祭の話を漏らしちゃって、そしたら必要だろうって言われてさ。仮ではあるんだけどね」


 つまり……結婚指輪(仮)といったところだろうか。そこまで皆が考えてくれるのはありがたい、けど……


「嬉しいよ……けど……婚約指輪もまだなのに……」

「それは涼の準備が出来たときでいいの。今はおそろいの物ができたって思ってくれるくらいでいいから」


 これは俺もちょっと本気で考えなくてはいけないかもしれない。栞の誕生日にプレゼントを追加で……うちの学校はアルバイト禁止だから両親に頼ることになりそうだけど、それは自立できたら返すことにでもすればいい。


「聡さん、文乃さん。それと父さん、母さん。ありがとう。それと栞……」


 栞の手を引いて抱き寄せる。皆が見てるけど構わない。こんなことされて我慢なんてできるわけないんだ。ちょっと強引だけど栞の唇を奪う。愛しさと嬉しさと、言葉にできない感情を全部のせて、長く。でも足りない。俺の想いを伝えきることなんてできないんだ。


「ありがとう。大好きだよ。ずっと大切にするから」

「それは私を?それとも指輪?」

「両方に決まってるだろ?でも……一番は栞だから」

「嬉しい……私もね、涼のことずっとずっと大事にするからね」


 しばらく俺達はそのまま抱き締め合っていた。

 母さん達も今回ばかりはからかったりはしなかった。

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