第71話 いてほしい人がいない日々
今日はもう夏休み最終日。あれから栞はうちに来ていない。朝と夜に『おはよう』『おやすみ』とメッセージが届くだけ。それにはなんとか返事をしたけどそれ以上の会話はできなかった。何度もあの時のことを聞こうとして、手が止まる。どんな言葉が返ってくるのか怖かったんだ。
俺の覚悟が栞には重すぎたんじゃないかとか、何か気付かないうちに栞の嫌がることをしてしまっていたんじゃないかとか、そんなことばかり考えてしまう。悪い癖だ。1人でいると思考がマイナスに傾いてしまう。
結局俺は何も成長なんてしていなかったんだ。むしろ前よりずっと弱くなったのではないか。栞と出会うまでは知らなかった。1人でいるのがここまで寂しいなんて。心が通じたと思っていた相手のことがわからなくなるのがこんなに辛いなんて。
何も手につかず、ただボーっとしていたらあっという間に夜だった。食欲も湧かなくて、夕飯は半分も喉を通らなかった。それでも夜寝る前には栞からメッセージが届く。
『明日から学校が始まるね。寝坊しちゃダメだよ。おやすみなさい』
明日からの学校……どんな顔して栞に会ったらいいのかわからない。
『うん、気を付ける。おやすみ』
それだけ返信してまたベッドに転がる。
夏休みが終わる。楽しい事ばかりで終わると思ってたのに、最後にこんなことになるなんて……
翌朝、無慈悲なアラームに起こされる。制服に袖を通して……朝食は食べられなかった。あまり眠れなくて目の下にはうっすら隈ができてしまった。正直学校へ行きたくないって思ってしまう。栞に会うのが怖いって。
家を出る時間になってもやっぱり栞は来ない。もしかしたら迎えに来るんじゃないかって期待したけど、そんなことはなかった。前みたいに1人で登校する。その間、登校日に栞と一緒に歩いたことばかりを思い出した。
教室に着くとすでに栞はいて、楓さんと他にも数人の女子達とおしゃべりしていた。俺に気付くとにっこりと笑ってくれて。
「おはよ、涼」
ちゃんと挨拶もしてくれる。まるでこの数日のことがなかったかのように。それなのに俺が挨拶を返すとまたおしゃべりに戻ってしまう。でもその横顔は平静を装ってはいるけど無理をしている時のものだ。あれだけ一緒にいたんだから手に取るようにわかってしまう。わかるだけに余計苦しくて。
「なぁ、涼。お前ら何かあった?」
俺達の様子をおかしいと思った遥が声をかけてくれたけど、俺にも何がなんだかわからないのだ。
「さぁ……」
そんな気のない返事しかできない。
「あんだけべったりだったのになぁ。けど喧嘩って感じじゃなさそうだし。んで理由は涼にもわからない、と……」
「あぁ……」
「彩香ならなんか聞いてるかもしれないけど……口止めされてるだろうな。あいつ、あんなだけどそういうところだけはしっかりしてるからさ」
つまり八方塞がりってわけだ。俺が聞いて答えてくれるならあの時ちゃんと話してくれただろうし、頼みの綱の楓さんは口が硬い、と。
「ま、俺から言えるのはちゃんと話してみろってくらいか」
「それができたらこんなことになってないんだけど……」
「あのなぁ、お前……黒羽さんのことが大事なんだろ?ならもっと踏み込んでいけよ。最初はできたんだろ?だから今までがあったんだろ?」
「そんなことわかってるんだよ……」
でも俺は弱いんだよ。今までは栞がいてくれたから……
「高原っ!」
またうじうじ考え始めた俺に声をかける人がいた。
確か……登校日に俺達がやらかして大騒ぎになった時に成立したカップルのうちの1人だ。
「えーっと……なに?」
「もしかして名前、覚えてないのか?冷たいやつだな……漣だよ。
聞けば思い出したんだよ。長い休みで飛んでただけで。
「ごめん、漣ね。それで俺に何の用?」
「あぁ、そうそう。名前忘れられてたショックで本題忘れるところだったわ。高原、ありがとな」
急に礼を言われて戸惑ってしまう。身に覚えがないのだから。
「何の礼なの?」
「そこからかよ……お前と黒羽さんのおかげで彼女ができて、夏休み楽しかったからさ。礼くらい言っとかないとって思って」
「いいよ、別に。あれは先生のおかげだろ?」
「それでもだよ。俺はお前らのおかげだって思ってる。だからさ、何かあれば相談してくれよ」
あぁ、こいつもきっといいやつなんだろうな。だから彼女もできたんだろう。栞とこんなことになって、夏休み楽しかったって聞かされて少しだけイラッとしてしまった俺とは違うんだ。
「何かってなんだよ?」
「それは高原がよくわかってるんじゃないか?まぁ俺には愚痴を聞くくらいしか出来ないかもしれないけどな。ってことでこれからは俺とも仲良くしてくれよ」
それだけ言うと、できたばかりの彼女の元へ行ってしまった。やさぐれている俺の心はそれすらも苛立ちに変えてしまう。本当に俺はどうしようもないやつだ。そう思うとますます気分は落ち込んでいった。
この出来事を皮切りに俺の周りは賑やかになっていくのだが、その中に本当にいてほしい人はいない。
始業式を終え、翌日から2日間の試験を経て通常の学校生活が始まった。栞は朝と帰りに挨拶をしてくれるだけで、その他は楓さんを含む女子達の中に混ざっていた。声をかける隙すらない。俺の中では自分への苛立ちと栞が側にいてくれない寂しさだけがどんどん大きくなっていく。
そんなもどかしい日々を送り、始業式から2週間がたった日……
栞は学校を休んだ。
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