第53話 お説教

「「え?」」


「「せ・い・ざ!」」


「「は、はい!」」


 俺も栞も顔は笑っているけど、目は据わっていて、その迫力におされて母さんと文乃さんは素直に正座をする。少し離れたところで父さんまで正座しようとしていたので、それは止めておいた。父さんは多分関与してないだろうから。


「なんで正座させられているかわかりますか?」


 栞が笑顔のまま、底冷えするような声で尋ねる。俺も栞と同じ側にいるのに少しだけ怖い。母さんも文乃さんも心当たりがないわけがないので目が泳ぎまくっている。


「し、栞?顔が怖いんだけど。ほ、ほら、可愛い顔が台無しよ?」


 文乃さんがどうにか口を開いたが、栞の表情は変わらない。


「お母さん?聞いたことにだけ答えてください。私はわかりますか?と聞いてるんです。水希さんはどうなんですか?」


 今日は母さんにも容赦しないようだ。なんだか俺まで怒られてる気分になってきた。口を挟む隙すらない。


「ご、ごめんなさい。ちょっと余計なお節介をしすぎました……」

「で、でも栞?役に立たなかっ──ひっ……」


 栞がにっこり笑うだけで文乃さんの顔が強張る。正面から見たらどう見えてるんだろうか。横からだとよくわからない。まぁでも、栞は怒らせてはいけないってことだけはわかった。


「はぁ……」


 栞はため息を1つついて続ける。


「お母さん達が私達のことを応援してくれてるのはわかります。でも、限度ってものがあると思うんです。私達には私達なりのペースがあるんです。面白半分で余計なことをされると困ります。それでどれだけ振り回されたかわかりますか?」


「「……ごめんなさい」」


 謝罪を受けて、言いたいことも言えて満足したのか、栞は表情を普段のものに戻した。これにこりて、母さん達が大人しくなってくれるといいけど。


「私からはこれくらいだけど、涼からは?」

「え?俺?」


 栞が思っていたことをほとんど言ってくれたので、てっきりこれで終わりだと思っていた。


「私にだけ言わせるの?良い機会だから涼からも何か言ってよ」

「わ、わかった。えーっと俺からは……あんまり俺達の仲をからかったりしないでほしい、かな。それで気まずくなったりすることもあるから」

「「はい……気を付けます」」


 栞と違って、あんまり強く言えないんだよなぁ……


 でも、まぁこんなところだろう。栞も頷いてくれているし。


「じゃあ、この話はおしまいにしましょう。お母さんも水希さんも正座やめていいですよ」


 ここで俺も栞も気を抜いたのがいけなかった。そのせいで思わぬ反撃を食らうことになったのだから。


「はぁ〜。じゃあ結局あれは無駄になっちゃったのね。涼、『余計なお節介』は私が処分しとくから、後で出しときなさい。必要なら自分で用意するんでしょ?」


 何気なく発せられた母さんの言葉に栞が反応してしまったのだ。まぁ、見られたらばれてしまうわけで、仕方がないとは思うけど。栞の顔がみるみる赤くなっていく。俺はヤバイと思ったけど、どうすることもできず、文乃さんに気付かれてしまった。


「栞?どうしたの、赤くなって…………あっ!あ〜、なるほどねぇ。高原さん、どうやら無駄じゃなかったみたいですよ?」

「あら、そうなの?涼」


「……ノーコメント」

「涼……もうそれほぼ自白だよ……」


 栞に呆れた顔をされてしまったが、最初にボロを出したのは栞なんだからお互い様だろう。 でも、あっという間に親にばれるなんて恥ずかしすぎる……


「なんか正座までさせられて怒られ損じゃない。でも、良かったわね、栞?」

「うっ……」

「へたれだと思ってたのに、涼もやるじゃない」

「……」


 完全なる形勢逆転。俺達は反論することもできない。


「高原さん、長い付き合いになりそうですね。今後ともよろしくお願いしますね」

「いえいえ、こちらこそ。今度ご主人にもご挨拶に伺わないといけませんね」

「主人の都合の良い日、ご連絡いたしますね」

「お願いします。でも、栞ちゃんが帰ったら、涼が寂しくて死んじゃわないかしら」

「あ!なら、もう栞をこのまま置いていっちゃいましょうか?」

「いいんですか?涼も反抗期なんで、栞ちゃんが一緒にいてくれれば落ち着いてくれそうなので助かりますけど。でも黒羽さんのお宅が寂しくなってしまいませんか?」

「なら交互にお預かりするのはどうでしょう?」

「それは名案です!」


 俺達のお説教なんてもうなかったも同然で、固まる俺達そっちのけで盛り上がりに盛り上がっている母さん達。その後も、いっそ同棲させたらいいとか、高校卒業したら学生結婚しろとか、はやく孫の顔を見せろとか、どんどん加熱していった。


 誰かこの人達止めてくれ……


 そう思って父さんに目線を送ると、首を横に振られた。


「涼、諦めろ……」


 もうここには俺達を救ってくれる人はいないようだ。


「……栞さん、涼のこと、よろしくお願いします」


 俺が肩を落としていると、父さんまでそんなことを言い出す始末。


「お義父さん……」


 栞もなんだか満更でもない感じになってしまって、状況としてはカオスと言う他ない。


 俺は心を無にして嵐が過ぎるのを待つことしかできなかった。




 あ!栞はちゃんと家に帰りましたよ。文乃さんから、今度は黒羽家に泊まりにくるように厳命されてしまったけれど……

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