第51話 ◇◆1つに

 2人で階段をのぼり、2人で俺の部屋のドアを開ける。

 手は繋いだままで『鍵』を開ける。


 取り出した小さな箱の封を切り枕元に。栞の身体がビクッと跳ねた。でも止まる気配はない。


「栞……本当にいいんだね?」


 最後の判断を栞に委ねるようで、情けないかもしれないが、負担としては栞の方が大きいはずなので、こうして確認してしまう。


「うん。私をちゃんと涼のものにして」


 いじらしいことを言ってくれる。でも……


「俺のものに、か……その言い方はちょっと嫌かも。俺は栞を所有物にしたいわけじゃないからね」

「じゃあ、何て言ったらいいの?」

「うーん……なんだろ。1つに、なる……かな?」

「その言い方……なんか、えっち」


 いや、まぁ、そういうことをするわけで、そう捉えられても仕方がないんだけど。俺の言いたいこととは少しずれているわけで。


「冗談だよ。ちゃんと言いたいこと、伝わったから。そんなにあわあわしなくて、いいよ。やっぱり涼は優しいって思ったよ」


 クスクスと笑う栞。まだ冗談を言う余裕があるようだ。俺はとっくにいっぱいいっぱいなんだけど。


 ◆


「1つに、なる……かな?」


 そう涼は言ってくれた。

 私は涼のもので、涼は私のもの。そう思ってた自分がいた。でもこの人はそうじゃないんだ。


 嬉しい、そう思う。


 だってそうでしょ?お互いを所有物として扱うんじゃないって言ってくれた。

 1つになるってことは、これから楽しいことも嬉しいことも、苦しいことも悲しいことも2人で共有して、同じ目線で感じてくれるんだって、そういうことだと思うから。いつかした約束。一緒に進もうって。それをちゃんと実践してくれる。ちゃんとついてきてくれるし、1人で先に行ったりもしない。


 本当に優しい人。だから私のこの選択は間違いじゃないって思える。ずっと横にいてくれるんだって安心させてくれる。


 でも……


「その言い方……なんか、えっち」


 照れ隠しでそう言ってしまった。

 あわてふためく涼の姿は可愛い。でもちょっと意地悪だった。ちゃんと訂正しなくちゃ。


「冗談だよ。ちゃんと言いたいこと伝わったから。そんなにあわあわしなくて、いいよ。やっぱり涼は優しいって思ったよ」


 無理やり笑ってみせた。余裕のあるふりで。この方がきっと涼も気が楽だろうし。


 私の気持ち、これで伝わるかな……


 でも涼ならきっと汲んでくれる。そんな信頼が私の中にはある。


 ◇


 どっちがリードする、なんてものは俺達の間にはなかった。一緒に進むって、いつか約束したから。


 お互いが手を伸ばして……お互いの一番大事な人に触れる。


 手が触れて、唇が触れて、身体が触れて。最後に心に触れた、そんな気がする。

 栞が手を伸ばしてくれたから、俺がその手をとったから今がある。あっという間にここまで来てしまったけど、あの時そうしていなかったら、こんな時間は訪れなかっただろう。


 身体も心も1つに溶けて、混ざっていくような感覚を覚えた。自分に欠けていた部分が埋められて、綺麗な球体になるような、うまく言葉にできないけど不思議な感覚だ。


 まぁ、内容については詳しくは語らないけど。だってこれは俺と栞だけのものだから。


 でも、この時栞が俺の一部になったんだと思う。


 ◆


 涼を受け入れて、私の身体は苦痛を訴える。


 あぁ、きっとこれは私と涼の間にある最後の壁が本当に壊される痛みなんだ……


 そう思った。今まで自分が心に作っていた壁、それが壊される痛み。本当に私が涼の全てを受け入れて、涼が私の全てを受け入れてくれた。そう思えば苦痛も和らいだ。それに涼はとっても優しくしてくれたし。


 でも足りない……もっと知りたい……


 なんて私は欲張りなんだ。優しい涼は大好きだけど、もっと涼の心に、今よりもっと深いところに触れたい、もっと涼の気持ちをぶつけてほしいって思ってしまう。今の私ならもっと受け入れてあげるのにな、なんて考えたりしたけど……初めてでそんなこと、とてもじゃないけど言えないし、そもそもそんな余裕なんてなかった。


 全てが終わった時、思った。涼は私を構成する大事な一部なんだって。涼がいてくれて、初めて自分という個が確立されるんだって。自分の外側にそんな重要なものがあるなんて、不安になりそうなものなのに……全然そんなことなくて、むしろそれがとてもしっくりきた。


 ◇


 2人そろってぐったりとベッドに横たわる。やっぱり無理させてしまったかもしれない。どうしても心配になって確認してしまう。


「栞、大丈夫?」

「ん、平気。本当、最後まで優しいんだから」

「そりゃ心配くらいするでしょ。顔、歪めてたし……」

「あの時はまぁ……でも今は本当に大丈夫だよ。ただ嬉しいだけだから」


 ふにゃりと笑う栞。それが愛おしくて髪を撫でれば栞は俺の胸に顔を埋める。


「でも、なんか結局母さん達の思惑通りになったのがちょっと癪だな」

「たしかに……結果としては良かったけど……」

「帰りも文乃さん迎えにくるんだっけ?」

「うん。その予定になってるよ」

「それなら……」


 お互いの親にお説教くらいはしよう。2人並べて正座でもさせて。感謝はしてるけど、やっぱりやりすぎだって。俺達はそう決めたのだった。



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