第36話 おとまり決定

「相談があるんだけど」


 そう言う母さんの顔はいつになく真剣で、何事かと身構えてしまう。


「な、なんだよ。改まって」

「非常に言いにくくて……もしかしたらあなた達が泣いてしまうんじゃないかと思うと……」


 俺達が泣くようなことってなんなんだよ……遠くに引っ越しでもするのか?それで栞に会えなくなるとかそういう話か?

 こう焦らされると余計な心配ばかりしてしまうので早くしてほしい。でもそういう話なら聞きたくないな……


「実は…………お盆に3日間、お父さんの実家に行くことになったから」


 さっきまでの真剣な顔が嘘のように、けろっとした顔で告げられる。


「「は?」」


 俺と栞の間抜けな声が重なる。

 母さんが「してやったり」みたいな顔をしているのが無性に腹が立つ。

 そういえば毎年帰省していたっけ。


「だってあなた達、ずっとべったりだし。栞ちゃんは毎日のようにうちに来るし、間が空いても1日だけでしょ?そんな2人を3日間も引き離してしまうと思うと、もう胸が苦しくって苦しくって……」


 そう思うならもっと苦しそうな顔をしてほしいものだ。にやにやしながら言われても説得力の欠片もない。


「水希さん、いじわるです……ぐすっ……」


 栞は泣き出してしまった。

 ほら……母さんが変な言い方するから……

 栞はすぐ不安になるんだから自重してくれよ、本当に……


「あんな言い方されたら、もう涼に会えなくなるんじゃないかって……」

「あぁ、もう!ほら、おいで」


 栞をしっかり抱き締める。

 母さんの前でも構うもんか。俺が一番大事なのは栞なんだから。


「うわ〜ん……離れたくないよ〜……本当は1日だって会えないの辛いんだから……涼、どっか行っちゃやだよぉ〜……ずっと一緒にいてよぉ〜……」


 もう大泣きである。過去一番の大泣きである。

 でもこんなになるほど想ってもらえて俺は幸せ者だな。


「俺はどこにも行かないから安心して?ね?」


 俺は栞の頭を優しく撫でながら、母さんを睨み付ける。


「うっ……すいませんでした……」

「今度栞を泣かせたら、もう口聞かないからな」

「はい……反省しております……で、でもね相談っていうのはここからでね……」


 俺は尚も母さんを睨みながら続きを促す。栞は絶対に離さないと言わんばかりに俺にしがみついている。俺のシャツはもうビショビショだ。


「……そんなに睨まれると話しにくいんだけど……えっとね、それで2人が可哀想だから涼は置いていこうかって話になってて。でも涼は生活能力皆無でしょ?だから栞ちゃんが迷惑じゃなければ涼のお世話をお願いできないかなーっていうことなんだけど……どうでしょうか……?」


「えっ?」


 栞はぴたっと泣き止んだ。


「ほら、栞ちゃん料理もできるし、洗濯は3日間くらいならしなくてもなんとかなるし、涼も栞ちゃんにお世話されたら嬉しいんじゃないかなーって思って、ね?でも夕飯とか食べてたら遅くなっちゃうから、ご家族と相談してもらえないかなと……」


「すぐ確認します!」


 あんなに泣いていたとは思えない素早さで電話をかけ始める栞。いつもなら部屋を出てから電話するのに、今日はそれもない。


「あ、お母さん?実は涼のご両親が3日間家を空けるみたいで私が涼のお世話を…………え?ちょっと何言って…………うん。まぁ、それは嬉しいけど…………なっ、お母さんのバカっ!…………あ、うん、いるよ?…………じゃあ替わるね。えっと、水希さん、お母さんが替わってほしいそうです。」


 うーん……なんだろう。また一波乱きそうな予感がする。

 母さんは栞からスマホを受けとると、よそ行きの声になる。


「お電話替わりました。涼の母の水希です。いつもうちの息子が栞ちゃんにお世話になって…………いえいえ、そんな…………うちのバカ息子と違って栞ちゃんはいい子ですから………」


 社交辞令なのはわかるんだけど、本人を目の前にしてバカ息子って言われると、ちょっと傷付くんだよなぁ……

 俺の親とはいえ、けなされたのが面白くないのか栞は口を尖らせて「涼はバカじゃないもん……」なんて小さく呟いている。


「えぇ、そうなんですよ。主人の実家に3日程…………え?そんな……いいんですか?大事な娘さんを…………それは助かりますけど、何かあったら責任とか…………えぇ、はい。涼にですか?…………はい、替わりますね。次は涼に替わってほしいって……」


 今度は俺の番らしい。いったいどんな爆弾を投げられることになるんだろう。


「お電話替わりました、涼です。」

『涼君、久しぶりね。っていうほどでもないかしら?』

「そうですね。先日はありがとうございました」

『いいのよ。私達も楽しかったし。とりあえず詳しくは栞から聞いてほしいんだけど、3日間栞のことよろしくね?それと、またうちにも遊びに来てちょうだいね』

「え?それってどういう?」


 なんかさらっととんでもないこと言ってないか?


『そういうわけで、待ってるからね。またね〜』


 ──ツーツーツー


 あ、きれた……待って。どういうこと?3日間栞をよろしく?


「栞さん……?どういうこと……?」


 栞は嬉しさと恥ずかしさがない交ぜになった顔をして


「えっと……3日間泊まりで涼のお世話をしてこいって……言われました」

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