第35話 ご褒美が欲しい
「散々な目に遭ったな。栞も疲れただろ?」
「疲れたけど、でも楽しかったかな」
栞と並んで校門を出る。朝通ったときと違って心が軽い気がする。なんだかんだ言いながら俺も楽しんでたってことなのかもしれない。
「私ね、高校に入ってから初めて学校が楽しいって思ったの。あ!図書室で涼と過ごす時間は楽しかったのよ?教室にいる時の話だからね?そこは勘違いしたら嫌だよ?」
勝手にあわあわし始めた栞が可愛くて、そっと手をとった。今日はお疲れ様という気持ちも込めて。それだけで栞はへにゃっと笑ってくれる。コロコロ変わる表情が俺は好きだ。
「俺も楽しかった、かな。いつもは小さくなって気配を殺してたし、あんなに目立つこともなかったから、ものすごく疲れたけど。最後にはクラス全体を巻き込んで大騒ぎだったもんな。」
あの大騒動を思い出して2人で笑った。
告白する相手が被って睨み合いになったり、言い終わる前に「無理」と切り捨てられたり、両想いが発覚した2人が自分たちの世界に入り込んだり、それはもういろんなドラマがあった。
「それにしても遥と楓さんはずっとイチャついてたな」
「ねぇねぇ、涼?私あの2人がしてたの、してほしいなぁ?」
「え?あれをするの?」
俺も見ていたので栞が何をご所望なのかはわかる。所謂バックハグというやつだ。
「いやなの……?」
「いやじゃないけど……」
キスまでしておいて何をヘタレたことを言っているのかと思うかもしれないが、栞に触れる時はいつだって一杯一杯なのだ。
「私今日すっごく頑張ったんだけどなぁ。ご褒美ほしいなぁ」
今日の栞はいつも以上に甘えん坊だ。でも頑張ってたのは確かなので……というかこんなに可愛くおねだりされては断れない。
「しょうがないな……じゃあうちに寄ってくか?」
「やったぁ!あ!涼も頑張ってたから、ご褒美になりそうなこと考えておくね?」
「俺には決定権はないの?」
「うん、ないよ?でも安心して。嫌がることはしないからね」
「そこは心配してないけど……」
栞が俺の嫌がることをするはずがない、というのはわかりきっているんだけど、恥ずかしい思いをするはめになりそうな気はしている。
「そういえば昼飯食ってないけどどうする?母さんに聞いてみる?」
「そういえばそうね。色々ありすぎて忘れてたわ……」
そう言った直後、栞のお腹がくぅと鳴った。栞はそんなところまで可愛らしい。
でも当の本人は恥ずかしかったらしく、赤くなってお腹をおさえている。
「聞こえた……?」
「可愛い音がしたね」
「うー……涼のバカっ!忘れてっ!」
「まぁまぁ。それだけ今日はエネルギーを使ったってことでしょ。頑張った証だよ」
「そうかもしれないけど恥ずかしいものは恥ずかしいの!」
そこで連絡を入れておいた母さんから返事があった。
「えっと、素麺ならあるってさ。それでいい?」
「水希さんには申し訳ないけどお願いしちゃおうかな。このままだと何回も恥ずかしい音聞かれちゃいそうだし」
「りょーかい」
2人でうちに帰るとリビングから母さんが顔を覗かせた。
「おかえりなさい、栞ちゃん」
「おい、さらっと息子を無視するなよ」
「お邪魔します、水希さん」
「だってほら、栞ちゃんのほうが素直でいい子だし、可愛いじゃない?」
まぁ、それだけ栞がうちに馴染んでいるということだからいいんだけどさ。
「否定はしないけど、あんまりそういうことすると泣くぞ?」
「そしたら栞ちゃんが慰めてくれるでしょ?よかったわね、涼?」
いつもこうやっていじってくるんだから……まったく。
「というか栞は何してるの……?」
栞は俺の頭に手を伸ばして撫でている。母さんの前じゃなければもう少し感触を楽しみたいのに……
「え?泣かないように慰めてるんだけど?」
「母さんにのっからなくていいから!」
なんで皆して俺をおもちゃにするんだよ!
栞も母さんも笑っていて、仲良くしてくれるのは嬉しいんだけど、やり方は考えてほしい。
「それよりもお昼食べるんでしょ?準備するからさっさと鞄置いてらっしゃい」
「母さんのせいで遅くなってるんだけど?」
そういう俺を無視して、母さんはさっさと台所へ行ってしまった。
栞と一緒に昼食を済ませ、いつものように部屋に行こうとすると母さんに止められる。
「ちょっと2人に相談があるんだけどいいかしら?」
栞へのご褒美はもう少しだけおあずけのようだ。
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