第26話 格好いいよ?

「ねえ、次はこれ着てみて?」

「お、おぅ……」


 かれこれ30分は栞に着せ替え人形にされている。「これ涼に似合うかも」とメンズの服屋に引っ張りこまれたのだ。最初は「こんなのどう?」なんて聞かれながら店内を見ていたのだが、最終的にフィッテングルームに押し込まれ、次々に手渡される服を試着させられる状況に。自分のものを選んでいるわけでもないのに、栞のあまりの熱量に圧されぎみだ。


「し、栞?ちょっと落ち着こ?」

「なぁに?それ気に入らなかった?」

「いや、そうじゃないんだけど、俺のものにこんなに時間使っちゃっていいの?栞の部屋に飾るものとか見たいって言ってなかったっけ?」

「それはそうなんだけど、なんか楽しくなってきちゃって。それに水希さんからも頼まれてるし」

「え?母さんから?」

「えっとね『栞ちゃんと並んで歩かせるにはみすぼらしいので、栞ちゃんの趣味で良いので見繕ってあげてください。資金は涼の鞄に忍ばせておきます』だって」


 スマホで栞と母さんのやりとりを見せられた。鞄を漁ってみると、入れた覚えのない封筒がファスナー付きのポケットの中から出てくる。中身を改めると、諭吉さんが2人……高校生の息子に、黙ってこんな大金持たせるんじゃねぇよ!とは思うが、確かに服なんてここのところ新しいものを購入した記憶はない。栞の好みにしてもらえるなら、それも有りかとも思う。けど、そういうことはちゃんと先に言っておいて欲しかった……


「というわけで大役を仰せつかっているわけなのです!」

「なんか、ごめんな?せっかくの時間を俺なんかのために使わせて」

「さっきも言ったけど、私も楽しんでるよ?それに涼が格好よくなったら私も嬉しいし。後で私のも涼に見てもらうしね?」


 少し離れたところから、店員の微笑ましく見守るような視線を感じるが、恥ずかしいので気にしないでおくことに。


「というわけで、次はこれね」



 その後も、あれこれと試着をさせられた結果、ひかえめにプリントの入ったTシャツを2枚とその上から羽織るシャツを1枚、テーパードの黒いジーンズを1本を購入することになった。予算ギリギリまで使って。


「今着てるのをこのまま着ていきたいのでタグ取ってもらえますか?」


 栞が女性店員にお願いすると


「畏まりました。彼氏さんですか?仲良さそうで羨ましいです」


 なんて言われて嬉しそうな顔をしている。

 栞が上機嫌なら、着せ替え人形を頑張ったかいがあるというものだ。

 しかし本当に大変なのはここから。栞の服を見なくてはならない。ファッションなんてものとはとんと無縁の生活をしていたので役に立てるだろうか?


 会計を済ませ店を出ると、栞はまたしっかりと手を握ってきた。先程よりも密着する形で、まるで自分のものだと必要以上にアピールするかのようだ。腕から伝わる栞の温もりや柔らかさにおかしくなりそうだった。さらに耳元で


「涼、すごく格好良くなったよ?」


 なんて囁かれて理性が飛びそうになる。人の往来なのに抱き締めたい衝動に駆られる。さすがに自重したけど、突然そういうことを言うのはやめてほしい。

 恥ずかしくて直視できなかったが、横目で栞を見た瞬間冷静になった。恥ずかしそうにする中になんとなく不安な表情が見えた気がして。


「栞、もしかしてまた何か不安になってる?」


 2人で過ごす時間が増えて、甘えん坊になってきて、店に入る直前に抱きつかれたりはしたけど、人前で意識的にここまで大胆なことはしなかったはずだ。


「う……涼はすごいなぁ。隠してたつもりなのに……」


 これまでぼっちなりに人の顔色をうかがって生きてきたのだ。最近はずっとべったりの栞の表情の変化くらいわかる。


「それで今度はどうしたの?」

「えっと……登校日の話したじゃない?今の涼を他の女の子が見たらほっとかないかもって思っちゃって……だから今のアドバンテージを活かして、涼のことしっかり掴まえとかなきゃって焦っちゃった」

「俺も栞のことしか見てないのに?」

「それ、私の真似……?」

「ごめんごめん。でも、さっきの俺の心配と全く一緒だし。俺も栞のことしか見てないからさ、焦ったり無理したりしないで?」

「むー……やっぱりこのままでいく!」


 このままでと言う割にさっきよりも密着してくる。


「あの……栞さん……?さっきよりもくっついてますが……?」

「嬉しいことばっかり言う涼が悪いの!このまま次は私をコーディネートしてもらうから。涼の好みにしてもらって、もっと夢中になってくれたら、他の子に目移りなんてしないよね?」

「目移りなんてしないのに……」

「たまにすれ違う女の人見てるの気付いてるんだからね?」

「それは栞にどんなのが似合うか参考にしようとしただけで……」

「それでも嫌なの!私だけ見て考えてほしい。我が儘で面倒臭いのは自覚してるけど……」

「そんなことで面倒臭いなんて思うわけないでしょ。まったく……仰せのままに」




「ねぇねえ。あれ止めた方がいいかな?すっごい注目集めてるけど」

「やめとけって。邪魔になるだけだぞ。嫌われたくなかったらほっとけ」

「でもいいなぁ。まわりが見えなくなるくらい夢中ってことじゃん?」

「俺らもやってみるか?」

「……」

「……」

「ないね」

「あぁ、ないな。保育園から一緒だからな……ま、静かに見守るとしようぜ」

「そうね」




 近くでこんな会話が繰り広げられているなんて、俺達には知るよしもなかった。

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