第20話 おいで
見つめ合って2人の世界に入り込みそうになっていると、母さんがタイミング悪く帰宅した。
『ただいまー』
肩を寄せ合っていた俺達は、反射的に距離をとる。一気に気恥ずかしさが襲ってきた。あわやキスでもしそうな勢いだったので、助かったのやら残念だったのやら。
手を繋いだり抱き締めたりはしている俺達なのだが、さすがにキスは早いだろう……早いとか遅いとかの基準なんてわからないけど。
「栞ちゃん来てたのね。いらっしゃい」
「お、お邪魔してます……」
来ることは伝えていたのでわかってるはずなのに、白々しいことを言う。俺と栞の顔を交互に見て
「う〜ん?お邪魔しちゃった?」
「「っっ……!!」」
母さんが帰ってくることがわかってたのにリビングであんな話をしてしまったのは失敗だった。反省しつつ自室に場所をうつす。
*
「はぁ、最初からここで話してればよかったな……」
そしたらあんなに慌てることもなかったろうに。
「でも私、涼の部屋だと落ち着かなかったかも……」
「え?なんで?」
普段からここでだらだらしていることも多いので意外だ。
「だって……涼の匂いがしてドキドキするんだもん……って私変なこと言ってるね……」
「い、いや、俺だって似たようなもんだよ」
「そうなの?」
「ほら、昨日栞の部屋入っただろ?あの時俺もドキドキしてたから……」
「そっかぁ。へへ。ねぇ涼。相手の匂いでドキドキしたり落ち着いたりするのって相性がいいってことらしいわよ?」
そう言う栞はなんか蠱惑的な顔をしている気がして、目を合わせることができない。それに思いを伝えあった途端、栞のことが一段と可愛く見えて愛おしくて頭がおかしくなりそうだ。
「なら、よかった、のかな?」
そう絞り出すのが精一杯。
「あのね、涼。今日の涼、すごく格好よく見えるの。髪とか服とかは少し野暮ったいけど……あ、顔は元々結構好きだったよ?」
そんなことを素直に言われたら照れてしまう。俺も似たようなことを考えてたけど。
「俺も……栞がすごい可愛い。あ、今だから言うけど顔隠してた時でも思ったことあるよ」
「あんな暗い感じだったのに?涼って物好きなのね。」
「う、うるさいな……いいだろ。こういうのは見た目だけじゃないんだし」
「それもそうね。けどなんか夢みたいだなぁ。涼に声かけた時はここまでなるとは思ってなかったし。あれからそんなにたってないのにね」
「確かに1ヶ月半くらいか。夢じゃないか確かめるのに頬でもつねってみる?」
「ううん。いい。でもその代わりに……ぎゅってしてほしい……ちゃんと涼のものになったって実感させて?」
真っ赤な顔で言われてしまっては断れない。
「えっと、その……おいで?」
腕を広げると栞が飛び込んできた。俺よりも小柄な栞はすっぽりと腕の中におさまり、胸に顔をすり付けてくる。
「なんか今の『おいで』っていうのすごいよかった……これからもぎゅってする時言って?」
「え?あぁ、いいけど……」
何がそんなによかったのかわからないけど、お願いされてしまった。
栞を抱き締めながら、俺もふわふわした気持ちに。ずっと独りだった時はこのまま高校生活を寂しく終えるのかなんて考えていたわけで。誰とも関わろうとしなかった子がまさか恋人になるなんて思ってもみなかった。お互い孤独の中にいたので、寂しさを埋めてくれる相手として急速に仲良くなったというのもあるだろうけど。人の縁というのは本当にわからないものだ。
しばらく抱き合っていると胸の辺りに濡れたような感覚がして視線を落とすと、栞の目に涙が。
「し、栞?!泣いてる……?ご、ごめん、きつく抱き締めすぎたか?それとも嫌だった……?」
「ち、違うの!自分でお願いしておいて嫌なわけないよ。なんか嬉しくて涙出ちゃったの……ずっと感情に蓋してたせいかな、最近コントロールできなくて……」
「そっか、よかった……なんか嫌がることしちゃったかと思ったよ……」
確かに最近の栞は泣いたり笑ったり甘えてきたりと、感情の振れ幅が大きい気がする。それは栞が精神的に回復傾向にあるということだろうし良いことだと思うが、さすがに今回は焦ってしまった。
「ごめんなさい。びっくりしたよね……?」
「驚きはしたけど、嬉し泣きなら別にいいんだ。あのさ、栞。これから俺のことでもそれ以外でも、なにか思うことがあったら言ってほしい。本当は察してあげられたらいいんだろうけど、たぶんそこまではまだ無理だろうし……でも俺、がんばるからさ」
「うん、わかった。……涼のそういう不器用だけど優しいところ、大好き……」
「なっ……」
突然言われて驚いていると、栞はいたずらに成功した子供みたいに笑って
「ふふっ、涼が言えって言ったのよ?」
もう栞に主導権を完全に握られている気がする。でも『友達』から『恋人』へ関係は変わったけど、これならこれからもうまくやっていけそうだ。
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