第18話 会いたい
窓の外はすっかり明るくなり、蝉がやかましく鳴き始めている。時計の針が示している時間は午前8時。
「もう朝か……」
昨日の栞の去り際に告げられた言葉。
大好き……
抱き締められた感触とともに頭から離れず、昨夜は一睡もできなかった。
それどころかどうやって家まで帰って、ベッドに横になったのかも記憶にない。
友達としてってことじゃないよな……栞も俺と同じように思ってくれてるってこと……?
もし友達としてということであれば、俺が返事をしたらとても恥ずかしいやつになってしまう。
というか返事……あんな逃げるように言われたら返事しにくいじゃないか……タイミングとかさ。
そしてまた、あの記憶が甦って、思考がループして。
何度か栞に連絡しようとスマホを手にとったりもしたが、画面に表示された『栞』の名前に頭がわーっとなって放り投げたり……
「あーもう、栞も返事する時間くらい残してくれてもよかったのに!」
と言っても、あの場で返事ができる度胸もないし、なにより固まってしまっていた俺なのだが。
ベッドでじたばたと悶えていると
「涼?あんたさっきからぶつぶつうるさいんだけど何して……ってひどい顔ね。隈できてるわよ……」
母さんがドアを開けて中を覗いてきた。
「昨日も帰ってきた時、心ここにあらずだったし。栞ちゃんと喧嘩でもした?」
「いや……喧嘩はしてないけど、色々あったというか……」
「まぁ無理には聞かないけど。ところで今日は栞ちゃん来るの?」
栞の名前を聞いただけで顔が熱くなってくる。
「さ、さぁ、どうだろ……今日のことは何も言ってなかったけど」
「あんた……もしかしてだけど、いつも約束する時、栞ちゃんからの連絡待ってるだけじゃないでしょうね?」
「え?だいたいそうだけど……なんで?」
母さんは大きくため息をつく。
「はぁ……涼。あんたいつも受け身ばかりじゃそのうち愛想つかされるわよ?」
「うっ……」
確かにいつもうちに来る時は栞から言い出すし、花火の時は母さんの提案だったけど、今度買い物に行こうと言い出したのも栞からだ。
「それでもいいなら何も言わないけど、そうじゃないなら考えたほうがいいわよ」
そう言って母さんは出ていった。
栞に愛想をつかされれば俺なんてまた独りに逆戻り。それは困るし、なにより栞と離れたくない。それくらい栞の存在は俺の中で大きなものになっている。
これは母さんの言うとおり、しっかりしなくてはいけないのかもしれない。とは言えいきなり変われるわけでもないし、どうしたら……まずは俺から連絡するところからかな……
まずは顔を洗って、眠気とうだうだした気持ちを洗い流す。水の冷たさが気持ちを引き締めてくれる気がする。
朝食のトーストをかじりながら、なんて言おうか考える。
電話で返事をするのも気がひけるし。やっぱりしっかりと気持ちを伝えるなら面と向かってがいいだろう。栞も直接伝えてくれたわけだし。となると会う予定をたてるところから。まずは栞の都合を聞くことにしよう。
朝食を終え部屋に戻りスマホを取り出す。ベッドの上でなぜか正座をして、意を決して通話ボタンを押す。
緊張しながら応答を待つがなかなか出ない。もしかしてまだ寝てるとか?しっかり者の栞にしては珍しいけど。諦めて後でかけ直そうと思い始めた頃、ようやくつながった。
『んぅ……ぁい……』
『もしもし?……ごめん、寝てた?』
『ぅ〜涼〜?おはよ〜……へへ、涼〜』
誰この子……?俺ちゃんと栞にかけてるよな?いや、声自体は栞のものなんだけど、寝ぼけてるのか声はほにゃほにゃしてるし甘えるような……何これ、可愛すぎるんだけど……
『し、栞?寝ぼけてるのか?』
『ん〜…………寝ぼけてなんか〜……え?あれ……涼?なんで……今私何を……』
『えっと……栞、さん……?』
『っっっ……!!』
ツーツーツー
あ、切られた……
仕方がないのでもう一度電話をかける。
『あ、あら、涼。おはよう』
今度はちょっと素っ気ない、最初のころのような口調で出た。無理矢理仕切り直そうとしてないか?
『なぁ、栞……ちょっと無理があると思うよ……?』
『う〜〜〜!だってあんな寝ぼけてる声聞かれちゃうし……』
『もしかして、栞も昨日寝れなかったの?』
『それはだって……その……って私もってことは涼も?』
『まぁ、ね……今まで寝れなかった』
『なんか……ごめん』
『あ、いや。それはいいんだけど。栞……今日って何か予定あるかな?』
『特に何もないけど、どうして?』
『えっと……毎日のように会ってて今更なんだけど今日も会えないかなって……』
……いや、こうじゃないだろ。結果としては同じことかもしれないけど、俺の気持ちをしっかり表現するなら今の言い方では間違ってる。栞もきっとすごく勇気を出して伝えてくれたんだから、ちゃんとそれに応えないと。
『あの……会うのはいいんだけど、今日はちょっと気まずいというか……』
『ごめん、栞。言い方を間違えた………会えないかな、じゃない……会いたい。俺が栞に会いたいんだ』
『あぅ……あの、えっと……それって……』
『ごめん。今はそれ以上は言えない。ちゃんと栞に会って言いたいから』
『は、はい……じゃ、じゃあ夕方、4時くらいに行くから……それまで少しでもちゃんと寝て?私のせいかもしれないけど、涼が倒れたら嫌だから』
『わかった。待ってる』
約束を取り付けた後、母さんにもお願いをしに。
「栞、4時くらいに来るから。で、お願いがあるんだけど」
「あら。さっきと違っていい顔してるじゃない。相変わらず隈はひどいけど。で、お願いって?」
「うん……栞が来たら少し家空けてくれないか?」
「栞ちゃんに何するつもりなのかしら〜?ってそんな度胸あんたにはないわよね。了解。1時間くらい出ててあげるから」
「助かるよ」
その後、シャワーを浴びて少し身だしなみを整えてベッドに横になる。さすがに眠気が限界だったようで、あっという間に眠りに落ちてしまった。
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