第17話 黒羽家2
「ごめんなさい、涼。1人取り残してしまって」
夕飯の支度をあらかた終え、後はご飯が炊けてから仕上げをするのみとなったそうで、栞が戻ってきた。さすがに両親とずっと一緒では落ち着かないだろうということで、栞の部屋へと場所をうつしている。
初めて入る女の子の部屋にドキドキしてしまうのは仕方のないことだろう。綺麗に整頓された部屋は少しだけ無機質な感じがする。本棚に並ぶのも参考書と真面目な文学っぽい本ばかりだし。でも俺のむさ苦しい部屋と違ってどことなく甘い香りがする気がする。
「面白くない部屋でしょ?」
落ち着かなくてキョロキョロしていると、自嘲するように尋ねられた。
「きっちりしてる栞らしいけど、ちょっと殺風景な感じはするね」
「昔はね、可愛い小物とかぬいぐるみとかあったんだよ……?美紀とのことがあってから、そんな気分じゃなくなって全部捨てちゃったから」
「あぁ、なるほど……」
見た目だけじゃなくて、こういうところまで影響を及ぼしていたらしい。それはご両親が心配するわけだ……
「まぁその件も少しとはいえ進展したことだし、栞の気分に合わせてこれから変えていけばいいんじゃないか?」
「そうね……それじゃ、お願いがあるんだけど……」
「うん、なに?」
「あ、あのね……今度……お買い物付き合ってくれない?部屋に飾るものとか買いたいし」
「ん?それくらいでいいならいつでも付き合うけど?」
「ほら。花火の時は邪魔が入っちゃったし。ちゃんとしたお出かけ、やり直したいなって……」
「あ、あぁ、そうだな……」
改まってお願いされるとどうしても意識してしまうわけで。
栞は耳まで真っ赤になっているが、きっと俺も同じ顔をしてるんだろう。重苦しくはないけど気恥ずかしくてなんともいえない沈黙。
その静寂はドアをノックする音によって破られた。2人そろって仲良くびくっと体を跳ねさせてしまう。
『栞、涼君?入るわよー?』
ドアを開けて俺達の様子を見た文乃さんは不思議そうな顔をして
「そろそろ夕飯にしましょ……って、あなたたち、なにかあった?」
「な、なにもないわよ、ね?涼?」
「えぇ、なんでもなにもないです!」
「ならいいけど……まぁなんでもいいわ。そろそろいらっしゃい。先に行ってるから」
2人で深呼吸をして気持ちを落ち着けて顔を見合わせると笑いが込み上げてきた。
「ぷふっ、何やってるんだろうね私達。あんなところ見られちゃって」
「ははっ、そうだな。変に意識しすぎだな」
「ね。それじゃいきましょうか」
「あぁ」
ご両親のもとに戻ると
「涼は座って待ってて。すぐ仕上げちゃうから」
と言って、栞は台所へ。俺は文乃さんに指定された椅子(今日のために用意してくれたらしい)に座る。
「なんか新妻みたいねぇ」
「お母さん!余計なこと言わないで!」
どこの親も似たようなものらしい。俺も散々母さんにいじられたし。
「いいじゃない。私もお父さんと結婚した直後とか、美味しいもの食べてもらいたくて張り切ったものよ」
「全部自分でやるんだって手伝いもさせてくれなかったね。栞にもそういう相手ができたということだ」
「お父さんまで!」
せっかく落ち着いてきたのに、また顔の熱が戻ってきてしまう。
むくれながらも栞はできあがった料理を食卓に並べていく。
今日のメニューは中華のようだ。玉子とワカメのスープ、中華風の野菜炒め、唐揚げと最後に麻婆豆腐。量は食べ盛りの高校生が2人いるということで多め。なるほど、俺の好物というのは麻婆豆腐のことだったみたいだ。しかも市販の素を使ったのじゃなくて、最初から全て手作りのものだ。
「それじゃいただきましょうか。涼君も遠慮せずにたくさん食べてね」
「はい、ありがとうございます。いただきます」
栞がこちらをチラチラ気にしているので、まずは麻婆豆腐を口に運ぶ。唐辛子の辛味と山椒のしびれるような味の後から辛さに負けない豚肉の旨味、それを豆腐の甘味がうまくまとめている。
「うまい……」
意図せずにそうこぼしていた。
「よかったわね、栞?ところで、せっかく頑張って作ったのに『あ〜ん』はしてあげなくていいの?」
「っ……お母さん達の前でするわけないじゃない!」
「2人きりならするのかしら?私達ちょっと外しましょうか?」
「しないって言ってるのに……お母さんのいじわる……」
両親の前では少し幼い感じも出るみたいだ。黒羽家に来て、まだ知らなかった栞の顔が見れてなんだか嬉しい。それだけで今日来た意味があるくらいに。
「あまりからかってはダメだよ、文乃。この子達のペースでやっていけばいいんだから」
その後もなんやかんやでいじられながらも、和やかな夕食の時間となった。料理については文乃さんが作ったというものも含めてとても美味しく、つい食べすぎてしまったほどだ。
文乃さんも聡さんもとても気を遣ってくれたおかげで、楽しい時間をすごすことができた。来る前の不安はいったいなんだったのかと思うほど。
気付けば21時が近くなっていて、そろそろお暇することを告げると玄関まで見送りに来てくれた。
「今日はありがとうございました」
「またいつでもいらっしゃい」
「私はなかなか会えないかもしれないが、栞のことよろしく頼むよ」
「はい、それでは失礼します」
「あ、私ちょっとそこまで見送ってくるから」
栞は見送りをしてくれるということで、一緒に黒羽家を出る。
「ねぇ、涼?もうちょっとだけ2人で話さない?少しいったところに公園あるから」
「いいよ。でももう遅いから少しだけね」
栞に案内されて近くの公園へ向かい、ベンチに並んで腰かける。2人の間に置いていた俺の手に栞が手を重ねる。
「涼、今日はありがとう」
「それはどっちのこと?」
「両方……かな」
今日は本当にいろいろあった。美紀さんとの話し合いに初めての黒羽家の訪問。
「美紀とのことも、涼がいてくれたから、ちゃんと自分の本当の気持ちに向き合えたし」
「俺は何もしてないよ。それは栞ががんばったからだ」
「ううん、私らしくしていいって言ってくれた涼がいるからがんばれた、ずっと蓋をしてた自分の気持ちに気付けたの。だからありがと」
「そっか……ならよかった、のかな?」
「うん。あ、もしかしたら勘違いしてるかもしれないから言うけど……私、涼のこと美紀の代わりなんて思ってないからね?ちゃんと涼のことは涼として見てるから」
「あ、あぁ、うん……わかった……」
「じゃあ、そろそろ帰りましょ。あんまり遅いとお母さん達心配しちゃうし」
そう言って栞は立ち上がり、俺の手を引いて立ち上がらせる。と、その時、栞が腕に力をこめ俺を引き寄せる。ふわりとした身体の感触、背に回される腕。正面から栞に抱き締められていた。突然のことに思考が止まる。
「あ、あの、栞……?」
「涼……大好き……」
絞り出すような声。栞のぬくもりと声に脳がしびれ時間の感覚が薄れていく。10秒とも1分とも感じられた時間の後、栞はぱっと身体を離し
「そ、それじゃ、おやすみっ!またねっ」
そう言い残して黒羽家の方へ走っていった。1人取り残された俺はしばらくそこから動くことができなかった。
「去り際にそんなの、ずるいって……」
次栞と会う時、どんな顔したらいいのかわからないじゃないか……
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