第16話 黒羽家
「この後まだ時間大丈夫?」
俺の予定なんて現状、栞絡みのものしかないわけで
「別に用事もないから時間はあるけど?」
「よかった。お母さんがどうしても今日うちに連れてこいって言ってて。お父さんも会いたがってるんだけど、仕事の都合で今日を逃すと次いつ予定が空けられるかわからないんだって」
よりによってなぜ今日なのか。俺は黙って成り行きを見守っていただけだけど精神疲労はたまってる。そこにさらに追い討ちがあるなんて。
「俺、聞いてないんだけど……」
「だから今言ってるんじゃない。でも安心して。水希さんの許可はとってあるから」
もう最初からそのつもりだったってことじゃん。
「先に俺の許可を……」
「時間あるのに私のお願いを断るの……?」
悲しげな目で見つめてくる栞。心なしか瞳が潤んでる気がする。
「断りません……」
「ならこのままうちに行きましょ!」
ぱっともとの表情に戻る。
どこでこんな芸当覚えてきたんだ……なんかいいように扱われてる気がする……
「まぁいずれはお邪魔するつもりだったし腹をくくるよ……」
道中は緊張のあまり何を話していたのか覚えていないけど、あっという間に黒羽家に到着した。こういう時ってなんで時間が過ぎるのが早く感じるのだろう……
「ここが私の家です」
「知ってるよ。送ってきたことあるだろ」
「それもそうね。ガチガチだけど大丈夫?」
「大丈夫に見えるか?まぁ、がんばるよ……」
「じゃあ入りましょうか」
栞が玄関を開けると、奥からパタパタとスリッパの足音が聞こえてくる。
「おかえりなさい、栞」
「ただいま。ちゃんと涼連れてきたよ」
栞に似た優しそうな雰囲気の女性。この人が栞のお母さんか……
「はじめまして、高原涼です。今日はお招きいただきまして……」
「そんなにかしこまらなくていいのよ。無理言って来てもらったんだもの。私は栞の母で
「は、はい。よろしくお願いします」
「いつも栞がお世話になってるみたいで、ありがとね」
「いえ……こちらも栞……さんにはお世話になってますので」
「ふふっ。いつもみたいに呼んでも構わないのよ。色々話は聞かせてもらってるからね」
「もう、お母さん!玄関でそんな話しなくてもいいでしょ!」
「それもそうね。じゃああがってちょうだい。話は後でゆっくりね?」
栞と文乃さんに案内されてリビングへ。
「そういえばお父さんは?」
「自分の部屋で仕事してるわよ。悪いけど呼んできてちょうだい」
文乃さんは優しそうでなんとか平気だったけど、お父さんとの対面はそれ以上に緊張してしまう。
「涼君はソファにでも座って待っててね。飲み物とか用意してくるから」
「は、はい」
待つこと1分ほどで栞とお父さんとおぼしき男性がリビングへ入ってくる。なんかすごく仕事ができそうなきちっとした人だ。
「呼びつけておいてお待たせしてすまないね。栞の父の
「た、高原涼です。はじめまして」
「うん、真面目で優しそうな子じゃないか。少し頼りなさそうだけど、これからに期待ってところかな?」
全て見透かしてきそうな目をしていて、少し気圧されてしまう。
「あなた……仕事の癖が出てるわよ?」
文乃さんが全員分の飲み物をもって戻ってきた。
「いや、失礼。人事の採用担当をしてるものでね。ついそういう目線になってしまって。悪い癖だとは常々妻に言われているんだが」
「お父さん、あんまり涼を怖がらせたらダメだからね?」
そう言いながら栞が俺の隣に座る。ご両親はその対面へ。
「すまない。怖がらせるつもりはなかったのだけどね。涼君、栞が大変世話になってるようで、私としても一度会ってみたいと思ってたんだ。明日から仕事の出張が入ってしまってね、急に呼んでしまったことは申し訳ない」
「いえ、こちらも一度ご挨拶にとは思ってましたので」
「ねぇ、2人はいつもどんな感じなのかしら?涼君のことはちょくちょく話してくれるけど、涼君といるときの栞ってどんな感じなのかしら?」
「お母さん!本人の前でそんなこと聞かないでよ!」
「だって気になるじゃない?栞が仲良くなった初めての男の子だもの」
「涼も余計なこと言わなくていいからね!」
栞も両親にはかなわないようで、真っ赤な顔をしてむくれている。
「栞もこう言ってますので……でも俺なんかと仲良くしてくれて感謝はしてますよ」
「も、もう、涼……恥ずかしいからそういうこと言わないで……ほ、ほら、お母さん!ご飯の準備しないといけないでしょ?私も手伝うから!」
「しょうがないわねぇ。涼君、たいしたおもてなしもできないけどくつろいでてね。あなたもあんまり不躾なこと言わないようにね」
栞と文乃さんは台所へ行ってしまった。聡さんと2人取り残される形になったわけで、先ほど以上に緊張してしまう。気まずい空気を絶ちきったのは聡さんだった。
「あー……涼君。先程も言ったけど栞と仲良くしてくれて本当にありがとう。あの子は最近になってよく笑うようになったんだ。君のおかげなんだろう?」
「いえ、俺が特になにかしてるわけではないので……」
「変わったのは涼君の名前を聞くようになった頃からなんだ。だからそう謙遜しなくてもいいんだよ。栞のことは親としてだいぶ心配していてね。1年半くらい前から塞ぎ混むようになっていたんだが、私達には詳しくは話してくれなくて。なんとなく察することはできてたんだが、解決してあげることはできなかった。だから君には感謝してるんだ」
「俺の方こそ栞に感謝してるんです。自信がなくて友人もいなかった俺と仲良くなってくれて、一緒にいてくれて。仲のいい人とすごす時間が心地いいって教えてくれたんです」
「そういうことを素直に言えるということは美徳なことだよ。さっきの栞の態度を見ていればわかるが、仲がよくて結構なことだ。ところで……2人は付き合っていたりはしないのかい?」
いきなりの突っ込んだ質問にドキリとした。『娘はやらん』みたいな展開だろうか……
「い、いえ……まだ友人です」
「そうなのかい?まだ……ということは……ふむ。ならこれ以上私が先に聞いてしまうのは野暮というものだね」
ニヤリと笑いながらそう言われる。
俺の気持ちなんてこの人にはお見通しなのだろう。でも反対されている感じはしない。
「これも野暮なことかもしれないが、もし君にそういう気持ちがあるのなら、真摯に向き合って伝えてあげてほしい。真剣な気持ちならあの子も無下にはしないだろう」
「は、はい。がんばります」
心配とは逆に応援されてしまった。どうやら認めてもらえたようで一安心といったところか。
「それじゃ長い付き合いになるかもしれないな。改めてよろしく、涼君」
「こちらこそよろしくお願いします」
聡さんとこっそりと握手を交わした。
「あら?いつの間にか仲良くなったのね?」
文乃さんがこちらへ戻ってきた。
「彼がなかなかいい少年だったからな。私達も安心できるというものだよ」
「あなたが初対面で認めるなんて珍しいじゃない?」
「まぁ、そうだな。本人を前にして話すのもあれだからこの話はまた後で。それよりも栞はどうしたんだい?」
「あの子ね、これだけは1人で作るんだって、私追い出されてしまったの。なんでも涼君の好物を作るみたいよ?最近お手伝いもあまりしてくれてなかったのにね」
「それだけ気持ちがあるということだろう。好きにさせてあげたらいいさ」
「それもそうね。いいわねー青春って感じで」
こんな話を目の前でされるといたたまれなくなってくる。逃げ出すわけにもいかず、小さくなって目の前の夫婦の会話を聞いていることしかできない。
でも栞はいったい何を作ってくれるのだろう。先日我が家で夕飯を作ってくれた時に母さんに色々聞いたのだろうけど。
栞の作ってくれる料理を楽しみにしつつも、もう少しこの空気に耐えなければならなそうだ。
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