第15話 話し合い

「なぁ、栞。今日だよな?」


 俺は俺の部屋で漫画を読んでいる栞に尋ねた。あれからも栞は毎日うちに来ていて、おかげで夏休みの課題は全て片付き、うちでだらだらと過ごしている。ほとんど漫画なんて読んだことなかったという栞に俺のオススメを紹介したら見事にハマってしまった。

 しかし今日は美紀さんと会う予定になっている日で、約束の時間まであと1時間もない。20分もかからない場所なのでまだ出なくても問題ないが。


「なんのことかしら。あ、私の誕生日なら今日じゃなくて10月27日よ」

「そういえば聞いてなかったけど……そうじゃなくて……」

「私も涼の誕生日知らないのだけど?」

「9月23日だけど……いや、誕生日の話はいいんだよ」

「知らないとお祝いできないじゃない」


 それもそうだ。心のメモ帳に10月27日栞の誕生日としっかりと記録して……って今はそうじゃない。


「それも大事なんだけどさ、今日はちがうだろ」

「ちゃんとわかってるわよ。私より不安そうな涼を和ませようとした冗談じゃない」

「さようですか……」

「しょうがないからそろそろ行きましょうか。まだちょっと早いけど。暑いしゆっくり行きましょ」



 指定した場所は栞の家の最寄り駅前にあるファミレス。約束の時間まで後15分くらいあるが、外で待っていても暑いだけなので店内へ。店員に後でもう1人来ることを告げ、なるべく奥の方の目立たない席にしてもらった。ドリンクバーだけ注文して、喉の乾きを潤しながら、美紀さんへ到着したことと席の場所の連絡を入れる。


 時間の5分前に美紀さんはやってきた。


「お待たせしてごめんなさい。栞と、えっと……」

「そういえば名乗ってなかったですね。高原です。高原涼」

「私は新崎美紀しんざきみきです。2人とも今日は時間を作っていただいてありがとうございます」

「前置きはいいから本題に入りましょう」


 こないだはどうでもよくなってきたと言っていたが栞だが、本人を前にして強ばった顔をしている。


「そうね……まずはこないだのことから……きっと2人にとって大事な時間だったと思うんだけど、邪魔してしまってごめんなさい」

「そうね……初めてのちゃんとしたお出かけだったから水を差された感じはあるわね。でもおかげで涼に話ができてすっきりしたから、それはいいわ。美紀だって1人であそこにいたわけではないでしょうし」

「私は……クラスのグループの子達といたんだけど、飲み物買いに行ったらはぐれてしまって……それにあまり馴染めてないというか……」


 美紀さんは力なく笑う。こちらもなにやら問題を抱えていそうだが、今は置いておく。


「まぁそんなわけで1人でいたところで栞を見かけたの。男の子と手を繋いでいたから最初は見間違いかと思ったけど、声を聞いて栞だって確信した。それで思わず声かけてしまったの」

「昔の私ならそんなことしなかったものね。男の人ってちょっと苦手だったし」

「うん……だから後から栞にとって特別な人なんだと思って、邪魔しちゃったかなって……栞があんなに親しげにしてるってことはよっぽど信頼してるってことだもの」


 俺が栞にとって特別……人から言われるとむず痒いような気がする。俺にとっても栞は特別だ。1人でいるときは自信がなくて他人の目とか評価ばかり気にするくせに、自分から人に声をかける勇気もない俺も、栞といるときだけはそういったことを気にせずいられる。ちゃんと俺を見てくれてる、中身まで見てそれでも一緒にいてくれる。だから大事にしたいし、好きだって思ってる。


「それはもういいわ……というか涼の前であまりそういうこと言わないで……それより本当に言いたいことはそれじゃないんでしょ?」


 栞も人から言われると恥ずかしいようで、話を遮ろうとしている。


「そうね。それじゃ今度こそ本題なんだけど……あの時、中学の時にひどいことを言ってしまってごめんなさい。謝って許してもらえるなんて思ってはいないけど、私なりのけじめとして」

「何がどう悪かったと思ってるの?」

「そうね……私は自分のことしか考えてなかったってことかな……」




 昔から栞はなんでもそつなくこなす子だった。人付き合いだけは苦手だったけど、それでも私とだけは仲良くしてくれた。私はそんなに器用に色々こなすことはできなかったけど、そんな栞が私は自慢だった。私の親友はすごいだろって誇らしかった。小学生の頃はそれでよかった。


 ある時期から栞が女子の間でイジメを受けるようになった。もちろん心配もしたし、どうにかしてあげたいと思っていた。相談にものったし慰めもした。でも栞と仲良くすることで自分も狙われるんじゃないかと不安に思うこともあった。

 不安な気持ちが少しずつ大きくなって、ある日他の女子達の陰口に同調してしまった。まさか栞に聞かれているなんて思わずに。栞が聞いていたことに気付いた時、パニックになった。栞を直視することができなくて目を逸らしてしまった。

 結局、保身のためにしてしまったことだが、これがきっかけで次のターゲットにされた。簡単に友達を裏切るやつとして。自業自得でしかなかったわけだが。

 高校に入って人間関係がリセットされて、中学の時のようなことはなくなったけど、自分のしてしまったことと、されたことがずっと心に残っていて人と関わるのが怖くなった。一応女子の間でできあがったグループの一つに入ったけど、表面的なものでうまく馴染むことができなかった。

 それで気付いた。あの時私が本当にしなければならなかったこと。栞が大事なら自分のリスクなど顧みず栞に寄り添うべきだったと。



「結局、私の身勝手な思いで栞のことを傷付けて。あんなに大事に思ってくれていたのにね」


 話し終えた美紀さんは、力なく自嘲する。


「そうだよ。美紀さえいてくれたら、あんなイジメなんでもなかったんだよ。でも、私と仲良くしてたら美紀にも危険があったよね……私も気付いてあげられなくてごめんなさい。美紀といる時は楽しくって、美紀が大好きってことばかりでそこまで見えてなかった」

「栞が謝ることじゃないよ。全部私が悪いの。だからずっと謝りたくて、でもいきなり家に押し掛けることもできなくて……こないだ偶然会った時はチャンスだと思ったの」

「そう……それで美紀はこれからどうしたいの?私と昔みたいな関係に戻りたい?」

「……できることならそうしたい……けど、ムシがよすぎるってのもわかってる」

「そうね……私も話を聞いて謝られて、すぐ許せるような性格してないし。それにね、私ってとても狭量なの」


 そう言うと栞は俺の手をぎゅっと握ってくる。


「どういうこと?」

「美紀にこんなこと言うのはあれなんだけど……涼と仲良くなって、大事に思えるようになって気付いたの。美紀のこと大好きだった気持ちも、裏切られて恨んでたことも全部どうでもよくなっていって、涼のことに置き換わっていってるって。たぶん私、本当に大事にできるのって1人だけなんだと思う。だから狭量だなって」

「そっかぁ……やっぱり私2人の邪魔しちゃっただけになっちゃった……でも栞がちゃんと前を向けててよかった……」

「だから、ごめんね、美紀。でも、かつての親友から一つだけ言わせて。美紀も昔の私くらい大事にできる人見つけてね」

「うん、がんばる……栞、ありがとう。私のせいで壊れちゃったけど、ずっと親友でいてくれて、大事に思ってくれてて……それじゃあ私はそろそろ行くね」


 そう言って美紀さんは立ち上がるが、栞が手を掴んで引き留めた。


「美紀!もし外で会ったりしたら、これからは少しお話しましょ?近況報告くらいでいいから」


 栞としても完全な決別は望んでないのだろう。どうでもいいなんて言いながらも少しは気にしているようだ。


「ありがと。栞はやっばり優しいね。じゃあ……またね、栞」

「うん、またね。美紀」


 栞と仲良くなって間もない俺程度には、この『またね』に込められた感情は理解することはできないけど、お互いに色々吹っ切れたのだと思う。


 美紀さんが去ってから栞が口を開いた。


「涼、今日はありがとう。付き合ってくれて」

「最初名乗ったっきり何も言ってないけどな」

「いてくれるだけでいいって言ったのは私だもの。1人だったら会う決断もできなかったし、できても罵倒しちゃいそうだったし。私のためにも美紀のためにも涼がいてくれて助かったのよ」

「お役に立てたならよかったよ」

「それじゃ私達も帰りましょうか」


 2人揃って店を出る。会計は美紀さんがしてくれていた。これくらいなら自分達で払ったのに……俺達の邪魔をしたと思ってたみたいだから気を利かせてくれたのだろうけど。


 店を出てしばらくして栞が意を決したような顔で切り出した。


「涼……あの……この後まだ時間大丈夫?」



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