第14話 夕飯
台所で栞と母さんが夕飯の支度をしている。俺はダイニングテーブルの椅子に座りぼんやりとそれを眺めている。
なんか今日はずっと母さんに栞をとられている気がする。まぁ楽しそうにしてるからいいんだけど、ちょっとだけ嫉妬してたり……
ずっと見ていたことに気がついた栞が
「どうしたの?じっと見てるけどお腹すいた?」
と聞いてきた。みっともない嫉妬心なんて言えるわけもなく
「いや、栞って料理できるのかなーって見てた。」
「中学のころまでお母さんの手伝いしたりしてたからある程度はって感じね」
「涼ってば、栞ちゃんのエプロン姿に見とれてたんじゃないのー?結婚生活でも妄想しちゃった?」
「そんなんじゃないって言ってるだろ……」
「そうだったわね〜。まだ、ね?」
いちいちからかわんと気が済まんのか、この母親は……また栞が赤くなってわたわたしてるだろ、包丁持ってるのに……
「母さん、あんまりそういうこと言うなよ。栞が怪我したらどうするんだよ」
「あら、ごめんなさいね〜」
まったく、からかうにしても時を選んでほしいものだ……
「んで今日は何作ってるの?」
「まだ内緒。だからこっち来たらダメだよ。水希さんに教わりながらだけど、頑張って作るから待ってて」
台所への立ち入りを禁止されてしまったので、リビングでテレビを見ながら待つ。内緒と言われると気になってしまうもので、なるべく見ないようにするものの、テレビの内容は全く頭に入ってこなかった。
そうして時間を潰して18時頃
「涼、できたよ。帰る時間もあるから、ちょっと早いけど、食べましょ?」
栞に声をかけられ、目を向けると栞と母さんがテーブルにできあがった料理を並べているところだった。ちなみにメニューは豆腐と鶏肉のハンバーグ、揚げ出し豆腐、サラダと豆腐とワカメの味噌汁。豆腐料理ばかりだが、これは俺の好きなものだったりする。
「完成したから言っちゃうけど、水希さんに涼の好きなもの教えてあげるって言われてたの」
それで栞は張り切ってたのか。なんかむず痒いような嬉しいような……
「全部1人で作るのなんて初めてだから、うまくできたかわからないけど……」
自信無さそうにしているが、見た目はきれいだしいい匂いがしていて食欲が刺激される。
「ほら、涼。栞ちゃんが頑張って作ってくれたんだから冷めないうちに食べましょ」
「あ、あぁ、うん。いただきます」
まずはハンバーグを口に運ぶ。豆腐が混ぜられていることでふんわりとしていて、優しい味付けになっている。
「どうかな……?」
「美味しいよ」
「よかったぁ……」
安心したようにふわりと微笑みを浮かべる栞。そんな表情をされると、顔が熱くなってくる……
「なんか新婚さんみたいねぇ」
また母さんはそういうことを言う……
「だからあんまりからかうなよ。栞も困るだろ」
「……そんなことより他のも食べてみて?」
そう言われては食べる他なく、母さんはとりあえず無視することにして食べ進める。他の料理も俺の好みの味付けになっていて、とても美味しかった。つい頬も緩んでしまう。それを見た栞も嬉しそうな顔で食べ始めた。
すっかり胃の中におさめると、栞が聞いてきた。
「顔見てたらなんとなくわかるけど……どうだった……?」
「どれもすごい美味しかったよ」
「本当に……?」
「うん、好きなものばっかりだってのもあるけど、毎日食べたいくらいには美味しかった」
そう言うと、全員分のお茶を用意していた母さんが
「プロポーズかしら?」
なんて、またからかってくる。
「またそういう……」
「だってこれでまだ付き合ってないって言うんだもの。私としても早く涼にいい人ができたら安心だし?そのてん栞ちゃんなら大歓迎だしね」
口を滑らせた俺のせいではあるわけだけど、ほどほどにしてほしい。
俺としては栞のことは好きなわけなのだが、栞がどう思ってるかは別の問題だ。大事な『友達』くらいには思ってくれてると思うけど、それ以上を望んでいるかはわからないのだから。生来の自信のなさがこういう考え方をさせてしまう。
まぁなんにせよゆっくりやっていくつもりだ。美紀さんとの件もこれからだし。
「ごめんな、母さんが色々言って」
「ううん、大丈夫。ちょっとびっくりしたけど」
夕飯を終え少しお腹を落ち着けた後、栞とともに家を出た。「ちょっと遅くなったから送っていってあげなさい」という母さんの命を受け、その道中である。言われなくても送っていくつもりだったけど。
隣を歩く栞はずっとニコニコと上機嫌だ。料理を誉めたのが嬉しかったのかな?
「不安そうな顔しなくなったな?」
「え?んー、そういえばそうね。なんかどーでもよくなってきちゃった。もう約束すっぽかしちゃおうかしら?」
あっけらかんと言う。切り替えはやすぎないですかね?今日だけでどんな心境の変化があったんだ……
「いや、それでいいのか……?」
「冗談よ。あの時は色々思い出してわーってなっちゃったけど、冷静になって考えたら、私から美紀に言いたいことなんてそんなにないのよ」
「そうなのか?」
「顔合わせる覚悟だけは必要だけど、実際に謝罪されて、私が受け入れられるかそうじゃないかってだけの話だもの。ならどちらにせよ現状維持になるかなぁって」
「よく意味がわからないんだけど……」
「わからないならいいのよ」
栞が俺の手をとった。俺も握り返したけど、そこから栞は何も言わなかった。暗くて顔はよく見えなかったけど、俺の手を握る栞の力は昨日より強かった。
黒羽家まであと5分というところで栞は手を離し
「ここまででいいよ」
と言った。家の前まで送るつもりだったのだが。
「うちの前まで来るならお母さんに挨拶させるけどいい?」
いずれするつもりだけど、今日はそのつもりじゃなかったから固まってしまう。
「う……まだ心の準備が……」
「でしょ?だからここまででいいよ」
「そっか……すぐそこだろうけど、気を付けろよ」
「わかってるよ。あと、今日はありがと」
「お礼言うのは俺の方だと思うけど、夕飯作ってもらったし」
「いいのっ!それじゃ、おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
「また明日ね!」
走って行ってしまった。また明日……なんかもうそれが普通になりつつある。それがなんだか嬉しくて、軽い足取りで帰りの夜道を歩いた。
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