第10話 傷痕

 私と美紀は幼馴染だった。家もわりと近くて小学校1年生の時に友達になり、小学生のころはずっとべったりで、何をするのも美紀と一緒。

 私はあまり社交的な方ではなくて、美紀以外には友達がいなかったけど、美紀さえいてくれれば寂しくはなかった。

 中学2年の冬ごろから、私はクラスの女子からイジメを受けるようになった。直接的な攻撃はなかったけど、授業の班分けで露骨にハブられたり、私にあえて聞こえるように陰口を言われたり、よくない噂を流されたりした。

『ちょっと可愛いからって調子にのってる』とか『成績がいいのを鼻にかけててむかつく』とか。聞こえてくる陰口の中からこの辺りが原因だと思った。容姿がそれなりに整ってる自覚はあったし、成績についても努力していた結果なのだが、ことさら自慢したりしたことはなかったはずだ。人付き合いが苦手で大人しかった私がターゲットにしやすかったのだろう。

 それはそれなりに堪えたけど、美紀だけは相変わらずそれまで通りに接してくれていたので、病んでしまったり不登校になったりすることはなかった。相談にものってくれていたし、慰めてもくれていたから。

 でもある日の放課後に私は聞いてしまった。


「黒羽のやつ、こんだけ色々やっても平気な顔してるから余計むかつくんだよねー」

「わかる。私表面上は仲良くしてるけど、そろそろきつくなってきた」

「なら関係切っちゃえばいいのに」

「あんまりやりすぎて先生とかに目つけられたくないじゃん?」


 先生から頼まれた用事を終えて、教室に鞄をとりに戻ると聞こえてきた会話。いつもなら然程気にしないところだったけど、その時は違った。だってその会話の中に美紀がいたから。

 教室のドアを開けてしまっていた私は、すがる思いで美紀を見た。それに気付いた美紀は私から目を逸らした。頭がぐちゃぐちゃになって、鞄を教室に残したまま、私はその場から逃げ出した。

 一番仲の良かった、大好きだった美紀にそんなふうに思われてたなんて。ショックで1週間くらい学校を休んだ。親に心配かけたくなくて学校には戻ったけど、私は人との関わりを完全に絶った。まぁそれまでも美紀以外に話をする相手はいなかったけれど。容姿も目立たないように地味にして。

私がそんな風になったことに満足したのか、やりすぎたと思ったのかはわからないけどイジメは次第になくなっていった。だからといって傷が癒えるわけじゃなかったけど

 同じ中学から受験する人の少ない高校を選んで、あんな自己紹介をした。誰とも関わらずに、信用することもなければ裏切られて傷付くこともないと思って。




「……って感じかな」


 話終えた栞は瞳に涙を浮かべている。イジメも辛いだろうけど、一番信用してた人に裏切られるのは相当な苦しみだっただろう……


「そんなことが……なぁ、さっき栞を追いかけようと思ったらあの子にとめられてさ、栞に謝りたいって言われたんだ。話してもいいって思ったらここに連絡してくれって」


 どうするかは栞しだいだけど、一応伝えた方がいいだろう。受け取っていた連絡先のメモを栞に渡した。


「今頃なんで……」

「後悔してたのかもな……後悔するくらいなら言わなきゃよかったんだろうけど。もしもう話したくないなら、俺から伝えるよ。栞はどうしたい?」

「わからない……涼と仲良くなれて、美紀とのこともようやく割り切れるようになってきたのに……忘れようって思ったのに……」

「どっちにしても、俺は栞の決めたことを尊重するよ。背中を押してくれって言うならそうするし、忘れたいならこの話は二度としない」

「ねぇ、涼……ちょっとだけ胸かして……」


 栞はそう言うと、俺の身体に腕を回して胸に顔を押し当て、しばらくそのままで栞は泣いた。




「ごめんなさい……シャツだいぶ濡らしてしまって……」

「いいよ、これくらい。少しは落ち着いた?」

「うん、ありがとう……あと、決めた……美紀と話してみる」

「大丈夫なの?」

「大丈夫……じゃないかも……怖いよ。でもやっぱり心のどこかで美紀のことが引っ掛かってたから。本当に私のこと嫌いになっちゃったのかなって」


 決めたとは言ったものの、やはり不安なのだろう。栞は少し震えている。俺は安心させるように栞の手をとって優しく握った。


「涼は優しいね……私、涼にも謝らないと……」

「俺に?何を?」

「まずは今日のこと……せっかく2人の初めてのお出掛けだったのにこんなことになって。ごめんなさい」

「栞は悪くないだろ?あの子と会ったのも偶然だろうし」

「それだけじゃないの。最初話しかけた時気まぐれって言ったの覚えてる?」


 忘れるわけがない。俺達の関係はあれから始まったのだから。


「覚えてるよ」

「あれ嘘なの。涼はいつも独りだったから、涼なら美紀みたいなことにならないかなって。寄り掛かれる人がほしかっただけなの。独りはやっぱり辛くて、わかってくれそうな涼を見つけて、自分の心を癒すために利用したの」

「利用した……か。栞は俺のことが友達だって思ってくれてない?」

「そんなことない!最初はそんな感じだったけど……今は誰よりも大事な人だよ。ずっと自分を押し殺してた私を救ってくれた人だもの」

「それなら謝らなくてもいいよ。俺だって栞に救われてるんだから」

「うん……ごめんなさい。でもそんなこと言われたら、私、涼がいないとダメになっちゃう……」

「それはお互い様だろ?栞がいなかったらまた独りぼっちに逆戻りだよ」

「今の涼なら誰とでも仲良くなれそうな気がするけど……でも、ありがとう、涼」


 それから2人で黙って手を繋いだまま、終わりに向けて盛り上がり始めた花火を見上た。





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