第9話 花火大会

 花火大会当日の夕方、俺は自室で独りぼーっとしていた。というのも『栞ちゃんに浴衣着付けるから、あんたは部屋にひっこんでなさい。』と母さんに言われたからだ。やはり時間がかかるのだろう。もう少しで1時間くらいたちそうだ。

 と思ったらドアがノックされた。


「涼、お待たせ……開けてもいい?」

「どうぞー」


 ドアが開くと、浴衣に身を包み恥ずかしげに立つ栞がいた。紺色の生地に朝顔の模様があしらわれた浴衣に身を包み、髪も綺麗に結い上げている。


「似合うかしら……?」

「似合ってる。可愛い」

「なんか棒読みになってない?」

「しょうがないだろ。こんなの言い慣れてないんだから」


 栞の態度も見た目も学校で会っていた時と変わりすぎて、もはや別人のようだ。恥ずかしがりながら『似合ってる?』なんて彼女か!って感じだし。

 友達になってまだ日は浅いけど、俺には見せてくれるようになった栞の色んな表情に惹かれている。我ながらチョロいとは思うけど、栞のことが好きなんだと思う。ぼっちで鬱々としてた俺に声をかけてくれて、仲良くなってくれて、心がなんか救われた気がしている。恥ずかしいからまだ言えやしないけど。


「まぁ似合うって言ってくれたからよしとしましょう」


 嬉しそうに頬を染める栞に、やっぱり可愛いな、なんて思ってしまう。俺まで顔が熱くなってきた。


「涼、栞ちゃん、そろそろ行きましょうかー」


 階下から母さんが呼ぶ声がする。


「んじゃいくか」

「そうね」


 2人して少し顔を赤くしながら1階に降りると、父さんと母さんが準備をして待っていた。母さんは俺達を見てにやっとしたけど、突っ込んではこなかった。


「あれ?父さんも行くんだ?」


 父さんは栞が来て、挨拶を済ませた後、自室に引きこもっていた。父さんも俺同様、人見知りするタイプだから。


「お父さんも連れていくことにしたのよ。あ、向こうでは別行動するから大丈夫よ。あんたたち見てたらたまにはいいかなーって引っ張り出してきたの」

「まぁ、そういうことだ……」

「とにかく行きましょ!」

 花火大会の会場は、うちから車で10分程のところにある港の近くの公園だ。車を停めてくるとのことで、先に俺達は車から降ろされ、会場に入った。


「ねぇ、涼」

「ん?」

「慣れない下駄で歩きにくいんだけど……」


 といいながら手を差し出してくる。手を繋ぎたいってことだろうか……。


「いいのか?手なんて繋いで。知り合いとか会うかもしれないぞ?」

「涼が嫌じゃないなら……それに今の私見ても、たぶん誰もわからないだろうから」

「まぁ、それなら」


 栞の手を取ると、嬉しそうな顔をされて恥ずかしくなってきた。

 会場の公園には屋台が出ていて、そのなかを栞と手を繋ぎながら歩いていると声をかけられた。栞が。いきなり知り合いに遭遇してるじゃないか……


「もしかして栞……?」

「えっ?あ、美紀みき……」


 知り合いのようだけど、栞の顔が曇っていく。


「栞……?」


 心配になり栞の名前を呼ぶと


「ごめん、涼……」


 そう言って、手をほどいて走っていってしまった。


「栞!待って!」


 美紀と呼ばれた少女が呼び止めるが、栞は振り返ることなく見えなくなってしまった。慌てて追いかけようとしたのだが、腕を捕まれて止められた。


「あの……あなたは栞の彼氏とかですか?」

「あ、いや、付き合ってはないですけど……それより栞を追いかけたいので離してもらえると……」

「無理に止めてしまってごめんなさい。でも私、栞と話がしたくて……」


 思い当たることがあった。もしかして栞があんなふうになったことに関係のある人なのかもしれない。 そう思ったら頭に血が上るのを感じた。


「ごめんなさい。あんな状態の栞と会わせることはできません。何があったかは聞けてないけど、栞が塞ぎ混んでた原因はあなたですよね?」

「たぶん、そうです……私、栞に謝りたくて……」

「とにかく俺は栞を探しに行くので」


 そう言い残して走り出そうとしたらまた止められた。


「待って!もし栞が私と話をしてもいいと言ったら、ここに連絡してください」

「保証はできないけど、一応受け取っておきます……」


 連絡先を受け取り、今度こそ解放されて栞を探して走った。人が多すぎて見つけられず、栞のスマホにメッセージを飛ばす。


『どこにいるんだ?』


 既読はつくものの返事はない。しばらく人混みの中を探しまわった。

 30分程走り回っていると花火の開始時間になり、次々に花火が打ち上がる。その時ようやく返事がはいった。


『花火始まっちゃったわね……ごめんなさい。今公園の外の港の方にいる』


 急いで向かうと、人がほとんどいない港に栞がポツンと立っていた。


「栞!探したぞ……」

「ごめんなさい……急に逃げ出してしまって」

「心配したんだからな。まったく……でも一応2人で花火見れたな」


 しばらく2人で黙って花火を見上げる。


「ねぇ、涼。何も聞かないの?」

「話す気になったなら聞くけど?無理に聞いても言いづらいだろ」

「それはそうだけど……でもやっぱり涼には聞いてほしい。聞いてくれる?」

「もちろん」


 そのために追いかけたんだ。それで栞が楽になれるのならなんだってする。


「どこから話せばいいのかな……」


 そうして栞は話し始めた。


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