第5話 友人

「そこまで。筆記用具を置いて、回答用紙を後ろから回収してください」


 試験最終日、最後の科目が終わった。張り詰めていた糸が切れ、ため息とともに机に突っ伏した。中学の頃も含めて、試験でこんなにも『できた』と思えたのは初めてだ。これで勝てたなんて思い上がりはできないけど、良い勝負にはなるだろう。それくらいの自信があった。


『精神論って重要』

『自信持った顔しなさい』


 ふいに浮かんできた、黒羽さんの言葉。

 あぁ、そうか。精神論だけではダメだけど、努力と合わせて積み重ねて、それが自信に変わっていくんだ。自信がつけば勇気も出る。

 最近なんとなく一緒にいることが多くなった黒羽さんとの関係も確かなものにしたいと思う。あんなに人と話をするのが初めてで、なぜか居心地が良くて……図書室での時間は俺にとって大切なものになっていたんだ。

 勇気を出さないと……失ってから後悔はしたくない。夏休みになれば会う機会なんてないに等しいのだから。時間が空けば、リセットされてしまうかもしれない。それはなんだかとても寂しいことだと思う。


 そして、その日も俺達は図書室に集まっていた。


「手応えはどうかしら?」

「過去最高だと思う。おかげさまでね」

「それはなによりだわ。でも私も手応え十分だから」

「なぁ、お願いがあるんだけど」

「あら?まだ結果も出てないのに勝ったつもりでいるの?」

「いや、勝負の件とは別で。そっちは勝てたら考えるつもりだから」


 絶対に勝てるなんて思ってはいないけど……これだけは勝負に関わらず言いたいことなんだ。我儘かもしれないけど、これだけは譲れないし、譲りたくない。


「ふぅん?で何かしら?」

「あのさ……俺と……友達になってくれないかなって……」


 勇気を出すとは決めたけど、改まって言うと恥ずかしさもあってしりすぼみになってしまう。


「えっ?それはその……」

「ダメかな……?あんまり人と関わりたくないって言ってたし、ごめん、無理なら無理って言ってくれていいから」

「ダメ……じゃない……けど、あなたってずるいわ……」

「ずるいって?」

「私から言おうと思ってたのに……」

「えっ?あっ、まさか勝負ってそのつもりで……?」


 恥ずかしそうに小さくコクリと頷かれた。


「ねぇ、なんで友達になりたいって思ったか聞いてもいい?ほら…私、関わるなとか言っちゃうようなやつなのに……」

「最初はさ、気まぐれに声かけてくれただけかもしれないんだけど……なんか普通に話せてるなって思って。他の人だと萎縮しちゃうのにさ。それからもちょくちょく話すようになって、安心するなって思うようになって……」

「似たようなこと考えてたんだ……」

「でもここでしか話さないし、曖昧にしといたらこのまま終わっちゃうような気がしてさ。もうすぐ夏休みあるし、期間あいたらなかったことになるかもって思って」


 こんなにも素直に自分をさらけ出していることに驚く。今までなら自分の気持ちなんて表に出すことすらできなかったのに。


「私もちょっとだけ焦ってた。話しかけたのは本当に気まぐれで、普段は絶対しないのに。色々抱え込んでふさぎこんでたんだけど、私らしくしていいって言ってくれて少し楽になって。少しでも近付きたくて委員会の仕事も全部引き受けたの。でも夏休みになったら会えなくなるなーって思ったら寂しくなっちゃってね」

「お互い不器用だよなぁ。友達になろうって宣言してなるやつもあんまりいないだろうし」

「ふふっ、そうね。ねぇ、あなた今、ちょっとだけ格好いいわよ?自信持った顔してる」

「それはどうも。黒羽さんもそうやって笑ってるほうがよっぽどいいよ」


 他人から格好いいなんて初めて言われた。ちょっと照れくさい。


「じゃあ、改めて友達としてよろしくね?」

「こちらこそ、よろしく」


 受け入れてもらえて本当によかった。無理なら断って、と言ったけど内心ビクビクしてたから。


「ねぇ、勝負のことだけど、もし私が勝ったらお願い2つにしていい?今あなたのお願い聞いたんだからいいわよね?」

「それは構わないけど、俺にできることにしてくれよ?」

「大丈夫。無理なら断ってくれていいから。断らないでくれると嬉しいけど」

「俺が勝つかもしれないけどな?」

「あら?あなたのお願いはもう聞いちゃったから、あなたが勝っても無効よ?」

「ずりぃ!」

「まぁすごい頑張ってたからご褒美くらいはあげようかしら。それも私が決めるけどね?」

「なんにせよ結果が出てからだけどな」

「そうね。それじゃ今日はもう帰りましょうか。お腹もすいてきたしね」

「そうだな。また明日からもよろしくってことで」


 俺は、初めてできた友人の存在に、暖かな気持ちで帰路に着いた。

 手を伸ばせば掴めるものもある。この日の出来事は俺にほんの少しだけ自信というものを与えてくれた。



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