第4話 試験と勝負

 あの日、つまり球技大会の日から黒羽さんは毎日放課後に図書室へくるようになった。


「なぁ、最近毎日いるけど、図書委員の仕事って持ち回りじゃないの?」

「全部私が引き受けたの。どうせ部活にも所属してないし暇だもの。あなたも毎日私と話ができて嬉しいんじゃないの?」


 最近はずっとこの調子だ。教室での仏頂面が嘘のようににやにやしながらからかってくる。こうやって見せてくるようになった色々な顔にドキドキさせられっぱなしだ。


「そんなことよりもうすぐ期末試験があるじゃない?」

「憂鬱だよな」


 7月頭から試験が始まるのだ。普段から少しずつは勉強しているからそんなに問題はないけど、憂鬱なもの憂鬱だ。試験当日は早く帰れるから、それだけはありがたいと思っているけど。


「せっかくだから勝負しましょう」

「唐突だな。何がせっかくなのかわからないし、俺の方が分が悪すぎると思うんだけど?」


学年トップと前回30位の俺では勝負にすらならないだろう。点数の差でいえば3・40点の違いがあるだろうし。


「最近は苦手って言ってた数学もあまり間違えなくなってきたじゃない」

「先生が良いからな。だからこそ分が悪いんだけど?」

「じゃあこうしましょう。私があなたの試験勉強をサポートするわ」

「そんなことして自分の勉強時間は大丈夫なのかよ」

「普段からしっかりやってるもの。それくらい問題ないわ」

「そこまでいうならやってもいいけど……」

「じゃあ決まりということで。でも普通にやっても面白くないわね。ありきたりだけど負けた方は勝った方のお願いをなんでも聞くってことにしましょう」

「後から条件付け足すなよ……」

「あら、勝てば良いのよ?公序良俗に反しない限り、なんでもいうこと聞いてあげるわ。それともそんなに自信がないのかしら?」

「あーもう、やればいいんだろ、やれば!」


 煽られてカチンと来てしまい承諾してしまった。なんかいいように誘導された気もするけど。


 受けてしまったものはしょうがないので、できる限りのことはするつもりだ。

 試験週間に入る前から準備を始めるなんて初めてのことで、家でも机にかじりついて勉強していたら両親から「頭でも打ったのか?」なんて言われてしまった。真面目に勉強してるのにひどい言い草もあったものだ。


 サポートをするという宣言通り、放課後の図書室でも2人そろって試験勉強をする。律儀というかなんと言うか、本当に俺に教えていても余裕なんだろうな。


「こことここは重要ポイントだから丸暗記してしまったほうがいいわ」

「わかった」


 黒羽さんの説明はとてもわかりやすい。課題を教えてもらっていたときも思ったけど、要点を簡潔に伝えてくるので頭にスッと入ってくる。教師達も是非見習ってほしいものだ。


「そういえば高原君は前回の中間考査は30位だったわよね?」

「そうだけど?」

「今回もし私に勝てたら皆の見る目が変わるかもしれないわね。あなたをバカにしている連中も見直すかも」

「俺ってバカにされてるの?」

「影で『地味な根暗』とか言われてるわね。聞こえないように言ってるから気付かなくてもしかたないけど」

「あながち間違いではないけどさ……そう聞くとちょっと凹むな……」

「教えないほうがよかったかしら?でも髪とかちゃんと整えれば雰囲気だいぶ変わるわよ。あなた結構可愛い顔してるもの」


 こんなことを言ってくるものだから、またドキドキしてしまう。覚えたこと飛ばないといいけど。


「そっくりそのままお返しするよ。というか男に可愛いはないだろう」

「格好良いと言われたかったら、もっと自信持った顔しなさいよ。捨てられた子犬みたいな顔じゃなくてね」


 人見知りのぼっちに自信なんてあるわけないだろうが……


「まぁとにかく試験がんばることね。明日からだからもうそんなに時間はないけど」

「おかげさまで試験範囲は網羅できたから、いつもより焦りはないよ。あー、でもやっぱり師は越えたいし、ギリギリまでがんばるわ。負けたら何お願いされるかわからないし」

「私も簡単に負ける気はないわよ。生意気な教え子にわからせてあげないといけないしね」




 そして試験当日を迎えた。やれることはやった。朝、教室で俺たちは一瞬だけ視線を交わして席に着いた。



「問題用紙は裏向きのまま後ろにまわしてー」


 大丈夫。いつもより落ち着いてる。俺は静かに深呼吸した。


「それでははじめ!」


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る