#23 東京オリンピック 巷の思い出(中坊の秋2)

マラソンは今でもオリンピックの花と言われますが

いよいよこれで最終種目 しかも前回のローマで

裸足で走って優勝したアベベという選手が参加している

今回も 裸足で東京を走るんだろうか と大盛り上がり

   真相は 靴が足に合わなくて途中で脱いだのだそうで

   東京では終始靴はいて走ってました

   靴などは完全に個人に合わせて作る今では

   起こりえない出来事だったんです


生徒全員にオリンピックの小旗が渡され

「そこの道路を走るから応援に行け 一生一度の機会だ」

と授業は半ドン(昼まで)で終了しました


私は役員の仕事があって他の二人と校舎に残っていたら

「もうそこの大通りは通り過ぎちゃたから」と言って

先生が 地下体育館に連れて行ってくれました

   説明しないと分からんでしょうが

   ベビーブームを受けて急遽新設されたわが校は

   都内の事とて土地がない  坂道の下に校門

   上の位置の高さで校庭が作られているので

   正門から入ると四階建ての〝一階〟は地下で 

   窓の外は石垣 見上げれば校庭にいる人の靴が見える

   別棟の体育館も同じ形で 主体育館&講堂は2階

   一階は地下で 用具入れの棚や柔道部の畳が置かれている

   ここは本来 設計時点ではプールにする予定だったけど

   衛生上の問題で許可が出なかったという話

   だから 近隣の小学校にプールを借りて授業してた


そこで見たのは 用具だなの上に ずらりと並んだテレビ

翌春に 実験的に各クラスにテレビを置く計画があって

その準備?で置かれてあった(その春 私は卒業してたけど) 

その十数台のテレビが全部 独走するアベベを映していました

電灯つけても薄暗い館内に ズラッと並んだ

アベベの哲学者のような横顔 今でも忘れられない光景です


そういえば下校路にあった看板屋に 大きな円錐形のものが

あるのを見てたんですが それがテレビに映ってました!

〝折返点〟と書かれた置物?です

あれ テレビで見るより ずっと巨大なんですよ


閉会式の選手入場は史上まれにみるごちゃごちゃで

以後 これが慣例になったそうですが 

本当に感激的な光景でした

この時代は アフリカ諸国が続々と独立していて

会期中に独立した国もあり その国旗を掲げる青年の姿も

誇らしげでした(この後が大変だったんだと思いますが)

開会式と閉会式で国名が違ったところもいくつもあったんです

   ちなみに大変流動的な時代だったので

   「高校受験の地理にアフリカは出ないから」

   と言われて 全く勉強しなかったです


後に 大人になって知り合った同世代の人たちの多くから

「毎年 修学旅行は東京だったのに 私たちだけ

 オリンピックがあるから泊る所もなくて 行けなかった」

と言われました 我々が「見ろ 見ろ」と言われてた時に

「来るな」と言われてた同世代もいたんだと後から知った次第です

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