幕間 ジェイスの過去

第二十話 ジェイス

「絶対、ネメアは倒してやる……」

まだこの時は名前のないジェイドは静かに己に誓った。しかしその後、ネメアと戦う機会に恵まれなかった。しかし、ジェイドは勝ち続け、いつの間にか魔除けの力があると言われる翡翠(ジェイド)の名前がつき、伝説の剣闘士ジェイドとも呼ばれるようになった。

新しく入る剣闘士は次々と死んでは入れ替わるが、ジェイドは生き残り続けた。


そして、次の試合でついにあの大獅子ネメアとの対戦が決まった。気が付けば、昔から生き残っているのは俺とネメアを残すのみだった。

絶対に屠ってやる……弔いだ。


軽く閉じていた眼を開けると、燦々と降り注ぐ陽光の中、ゆっくりとネメアの巨躯が闘技場に姿を現す──。

一段と大きくなった歓声が耳朶を打つ。


「へへ、お前は老いたな……」

ネメアが近づくと、ジェイドは言った。ネメアの全身に刻まれた無数の傷。その顔にも幾筋もの傷がある。肋骨が浮かび上がる腹──。立派に見える立髪もところどころ色の薄れた毛に変わっている。

ネメアはグルルと低く唸り、口角を少し上げたように見えた。

笑ってやがるのか……?ジェイドには笑っているようにしか見えなかった。


ジェイドは背負っている巨大なタルワールを抜いた。刀身が陽光を反射しギラリと光る。刀身は一メトルを超える大物だ。

剣闘士になりたての頃と今の装備は段違いだ。剣闘士は試合に勝つ度に莫大な金を得られる。装備品は己の命を守るもの──。ジェイドは莫大な金を己の装備品に使ってきた。

一等物の大剣タルワール、超重量の円盾、豪奢な鎧……。リヴァイア帝国の将校クラスが持つような一級品を身に纏っている。


ネメアは以前のようにいきなり飛びかかるという直線的な攻撃は取らず、左右に動き、隙を窺いながらゆっくりと間を詰める。


戦い方も老成してやがる……。


突然、ネメアがジグザグに動きながら突進してくる。

虚を突かれた!

急いで円盾を身体の前に構え、衝撃に備える。

重たい一撃が盾を介して左腕に加わり、その後全身に鋭い衝撃が走った。

「くっっ……ッ」

ジェイドはなんとか吹き飛ばされないよう必死で踏ん張った。しかしネメアに押されて身体は後退していく。地面には数センチメトルほど深く土を掘ってできた二本の線が描かれる。長さは五十センチメトルほど。ネメアの突進を止めるため両脚が地面を掻いたのだ。なんとか吹き飛ばされずに済んだ。

ジェイスは横に飛びタルワールを振り下ろす──。


「それからは死に物狂いで大剣タルワールを振るった。意識は飛んで体が勝手に動いていた。気がつくと俺はネメアの真横から思いっきりタルワールをその首元めがけて振り下ろしていた。ネメアの頭は首の骨まで一刀両断されて地面に転がった。首の血管や神経は斬られた反動で首の内側に引っ込み、生気を失った榛色の瞳がこちらを虚げに見上げる──。

復讐を成したはずだが、ただ虚しさだけがここに残った」

そう言ってジェイスは自らの胸を指した。

「俺は戦意を失ってしまったんだ……。剣闘士にとって戦意なきことは死を意味する──。だから俺は闘技場から抜け出すことに決めたんだ……」


絶対に生きて脱出してやる。この思いが俺の生きる力に変わった。

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