第四十一話 中央市

ガサガサ……。

物が擦れる音でテラは目を覚ました。窓の外を見ると、外はまだ十分暗い。東の方から夜がゆっくりと白み始めているが、空は依然として夜の闇が支配している。

右隣で父がもぞりと寝返りを打った。反対にいるはずの母の布団はもぬけの空だ。

お母さん、どこ……?

テラは少し不安に駆られる。

テラは掛け布団をゆっくりと持ち上げ起き上がると、再びガサガサと音がする。

テラは眠い目を擦りつつ無意識に音の方へと壁伝いにゆっくりと進む。

「ピタピタ」とテラの小さい足が床を打つ音が響く。その瞬間、ガサガサという音がピタリと止む。

「あら、ごめんね、起こしちゃったかしら……」

しゃがんでいたエルサが手を止めてテラを見上げていた。

「お母さんは早く目が覚めちゃってね……」

母の声を聞き安心したテラには、母の話し声はまるで子守唄のように響いた。

「──あと一時間も寝れないし、先に起きて荷造りをしていたの……」

エルサは話を続けるが、テラの耳にはことばではなく、心地よい音としてしか入らない。テラの瞼は自然と下がっていき、その意識は靄がかかったように曖昧になり、テラは崩れるようにエルサの膝の上で横になった。

「まあ、この子ったら」

エルサはテラが起きないよう慎重に姿勢を変え、テラの頭を自分の膝に乗せ、頭を撫でる。

すぅすぅと穏やかな寝息がテラの鼻から漏れた。


いよいよ中央市の開催日がやって来た。

「早く行きたいよぉ!!!まだー??」

テラは宿舎の2階窓から身を乗り出して大通りを眺める。テラの目には様々な色調のものが一度に飛び込んでくる。色とりどりの布、見たことのない食べ物たち。陶器、ガラス細工、珍しい動物、服……。あっちのはなんだろう?見た目からはなんなのかすらわからないなぁ。


中央市の開催前だというのに、既に様々な掛け声が飛び交う。

「ほら、この生地を見ておくれ。ヴォールト産の質が良くてとても軽いシルクで作った特別な洋服だよ!ほら、こんなに軽くて滑らかなんだから」

腕が太く浅黒い肌をした恰幅のいいおばさんが、スカーフを巻いた若い女性に必死で売り込みをしている。その若い女性はその服を手に取って、触感をよく確かめている。

「これ、本当にヴォールト産のシルクなんですか?それにしては、質感がごわついている感じがする気が……」

「な、何を言っているんですか!この布は間違いなくヴォールト古王国で生産された上質な洋服ですよ。なんて言う、全く営業妨害だよ!!!」

売り手のおばさんは顔を真っ赤にして、若い女性を大声で怒鳴りつけた。

「営業を妨害するつもりはないけど、嘘は見逃せないわ。私はヴォールト古王国生まれでね、故郷でこんな質の悪いシルクは見たことがないわ。私の巻いているスカーフはヴォールト産のシルクで編まれたものだけど、肌触りが全く違うわよ」

若い女性は淡々と言った。

「……」

店のおばさんは二の句を継げず、パクパクと口を開け閉めしている。

どうやらスカーフを巻いた若い女性の勝ちのようである。お店のおばさんは集まっている野次馬達を睨みつけると、集まっていた野次馬達は散り散りに退散して行った。おばさんの視線が上に上がり、テラと目が合う。テラは急いで視線を逸らした。

大通りでは客と売り手が色々な場所でやりとりをしており、大通りはガヤガヤと騒がしい。

なにやら一際盛り上がっているところがある。

なんだろう……?

わーっと歓声が上がった。その歓声の中心には三人の男が剣を握って立っている。その中で一際体躯の大きい男に目が惹かれる。

あれは……、傭兵隊長のジェイスさん?

その隣には先ほどはジェイスの陰になっており、気が付かなかったが男の子が立っているのが分かった。

あれは確か……、商会の偉い人と一緒にいたルイくんかな?ルイの胸元には木片が吊り下げられている。一体、みんはは何をしてるんだろう?

ジェイスが左右に剣を握り上空に投擲したかと思うと、背中からもう一本の剣を抜いてそれも上空に投げ、三本の剣をまるでお手玉のようにくるくると器用に扱う。

わーっと周囲から再び歓声が上がった。

ジェイスは観客に向かって一度お辞儀をした。

ルイが持つ鍋の中にお金が投げ込まれる。

ジェイスは剣をしまうと木刀を取り出し構える。

「さあ、ここからがは本番だ!俺から一本でも取れたら銀貨一枚だ!挑戦者はいないか?」

ジェイスはもう一本の木刀を観客の方に差し出しながら、挑戦する者を探す。ほとんどの観客は尻込みするが、一人が前に出て木刀を受け取った。

「面白そうだ、その勝負乗った!」

ノリのいい明るい青年である。ジェイスの体躯を見ても怯まずに勝負をするのは勇敢なのかはたまた蛮勇なのか……。青年は参加費をルイの鍋へと投げ込み木刀を構える。

先程まで賑やかだったのが、いつの間にかしんとしいる。周りの人たちが固唾を飲んで行く末を見守る。

挑戦者の青年はジリジリとジェイスとの距離を詰めるが、ジェイスはダラリと木刀が垂れたままだ。

ヤァーッと青年は掛け声を上げると上段から木刀をジェイスの頭上へ振りかぶる。が空を切った。ジェイスはその動きを予測していたのか右に躱わしており、そこから相手の腰めがけ横に振る。ジェイスの木刀は青年の腰に当たる前に寸止めされていた。

「いやぁ、参った……」

青年は両手を挙げて降参の意を示す。

ジェイスの剣捌きを見て驚いた観客は再び大歓声を挙げ、先程よりも多くのお金が投げ込まれたように見える。

「ああやって見せ物としてお金を稼いでるのはもちろんだけど、腕を見込んでくれる新たな雇い主を探してもいるんだよ」

テラの視線に気がついたアヴァンが説明してくれる。


テラには目に映る全てのものが新鮮だった。こんなに賑やかな場所は生まれて初めて。サルネ村では収穫祭のときは村人全員が広場に集まってお祝いをするけれど、こんな賑わいは見たことがない。

目を至る所にせわしなく動かしながら、往来する人々を眺めていた。

目に映る世界は全て新しい。キラキラしていて、わくわくする。王都到着からすでに丸2日は経っているが、その新鮮さは褪せることなく、テラの心は常に高鳴っていた。


「テラ!そろそろ出発するぞ」

アヴァンの声でふと我に帰る。いつの間にか宿を出る時間が迫っていた。慌てて出発の支度をする。

あ、羽織るものないと寒いよね。え?どこだっけ。

「もう、テラったら早くして。上着ならお母さんが持ってるから早く来なさい」

いつも出発前になると探し物をしてしまう。

「ごめんなさーい!」

「この子は返事だけは良いんだから」

はにかむテラをみて、エルサとアヴァンは顔をみあわせて笑った。

アヴァンは急にポケットをガサゴソと何かを探るようにまさぐった。

「あっ、俺も露店の証書忘れてた……」

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