第55話 メイザーズの勇者 ②

 探索の準備を終えたころ、ガックリと肩を落としたガストンが帰ってきた。

 珍しい魔道具が出ていたらしいのだが、予算オーバーで泣く泣くあきらめたらしい。


「いやぁ、実に惜しかったです。こんな小型の魔道具で、なんと魔力の介在なしに火が出るんですよ!」


 迷宮への道中、ガストンが興奮気味に話してくれるが、やはりガラクタだ。

 魔力なんていうこの世界の人間全員が持っているものの介在がなくなったからといって、別になんのメリットもない。

 魔道具は誰でも使えるからこその魔道具なのだから。


「それ、普通の魔道具とどう違うのよ」

「パーティー全員が魔力切れを起こした状況でも火を熾せます!」

「どういう状況よそれ……。すごく強い火魔法が起こせるならともかく、小火なんでしょ? せめて、フレイムランスくらいの威力があるならともかく」

「いえ……ほんの、これくらいの火がシュボッっと起きる感じの……」

「まるでライターじゃない。ガラクタね」


 ある程度の魔法の才能があれば、神との契約がなくても、ほんの小さな火を起こすくらいはできる。

 例えば、探索者には喫煙者が多いが、みんなたいていは指先から火を出している。

 私は歯にヤニが付くのがいやでタバコはやらないが、とにかく小さな火なんてのはあり触れたもので、高いお金を出して落札しようとする者がそんなにいたというのが解せない。


 メイザーズの街は、かなり古い迷宮都市で、迷宮が生えてきたのは実に建国前。

 かれこれ1000年の歴史があるというのだから驚きだ。

 それゆえに、利権関係はものすごく入り組んでいて、魔石の買取もメリージェンよりも安かったり、寺院の蘇生料も謎の上乗せ金があったりして、私が元いた世界を彷彿とさせる。


 ただまあ、歴史が長いってことはそれだけ深いところにまで入り込んでいるってことなのか、領主や国王なんかも、その利権関係にはおいそれとは手が出せないらしい。


 そんなメイザーズの街だが、王国中から探索者志望が集まる街なだけあって、活気はものすごい。私が元々いた世界――つまり日本も、人間は多かったが、しかし活気という点ではそれほどなかったように思う。生きる力というか、バイタリティというか……そういうものを肌で感じることは、ほとんどなかった。東京なんて人はめちゃくちゃ多かったけど、人のエネルギーは感じなかったものな。

 私はこっちに来て、人間のエネルギーというものを感じたよ。


 ……ただみんな声がデカいだけという説もあるが。


「今日は混んでますね。この時間はいつも空いているんですが……」


 迷宮に入る前に管理局がやっているギルドに寄る。

 管理局は迷宮内での情報を集めており、その情報は迅速に掲示板に張り出される。

 例えば、行方不明者の報奨金情報とか、イレギュラーモンスターの発生情報とか、最高到達階層更新の情報とか。


 死体の回収依頼なんかも張り出されることがある。10層前後で全滅……いや、全滅でなくても死体をその場に置いて脱出する例は多い。

 そういった死体の回収はかなりお金になるし、それほど危険もない。美味しい仕事だ。


 掲示板を確認しても、目新しい情報はほとんどなかった。

 唯一あるとすれば――


「なになに? メルクォディア迷宮の入口が大岩で閉ざされ閉鎖……? なにこれ? メルクォディアなんて迷宮あったっけ?」


 ずいぶん読みにくい名前だ。

 こっちの世界では地名の「メ」は土地とか大地とかいう意味だから、正確にはメ・ルクォディア。メイザーズも、メ・イザーズだし、メリージェンもメ・リージェンなのよね。

 土地の名前をそのまんまダンジョンの名前にしてるけど、もっと中二的な名前を付けたほうが覚えやすいし楽しいのに。

 破滅の迷宮とか、大いなる神の試練の迷宮とか……。

 いや、大袈裟すぎるか。


「リーナちゃんから聞いてきました。今日は新規訓練生の試験日だそうです」


 悪顔のフリンが美人受付嬢のリーナから情報をゲットしてきた。

 こういう行動力はめっちゃあるんだよな、こいつ。

 訓練生は迷宮に入る前に「有料」で簡単なレクチャーとレベル上げをしてもらえる制度のことだ。

 迷宮管理局は儲かっているくせに、ここぞというところでケチ臭く、まあまあなお金を取る。感覚的には30万円くらい取る。自動車の運転免許取得でかかる金額のことを考えれば妥当なのか? という気もするが、こっちの世界の探索者志望者なんて、たばこ銭にも事欠く毎日を送ってるやつばっかなので、30万を払えるほうが少数なのである。


 そうでなくても、この街で暮らすのは金がかかる。迷宮探索をやるなら装備だって必要。

 それで、素人のまんま知識ゼロで迷宮に入って死んで終わる。当然蘇生料金の持ち合わせはない。

 あるいは、悪意の悪(ワル)が勝手に生き返らせて、一生借金漬けかのどちらかのルートが多い。


「訓練生といえば、ハンスはこれ受けたんだっけね? 内容はどうなの?」

「魔法使いと斥候志望は借金してでも受けたほうが良いですね。戦士や僧侶は低レベルでもパーティーに入れますが、魔法使いはそこまで需要がないので……。斥候も獣人には相当劣りますし、探索のイロハを知っているだけで、パーティーの生存率は大幅に上昇しますから。あとは、卒業後に訓練生同士でパーティーを組めるのも利点です」

「ふぅん。けっこーちゃんとしてるのね」


 毎週、探索者志望者がダース単位で現れ、挫折を知って迷宮から去る。

 中級探索者として残れるものは全体の2割だか3割、上級に至れるのは数パーセントなのだとか。

 そう考えると、訓練所はなかなか良い制度ではあるのだろう。高いけど。



 ぞろぞろと移動していく探索者志望生たちを見送る。

 なるほど、高いお金を出せるだけあって、みんなちょっと身なりが良い気がする。


「そうそう。訓練所ですが、一つだけすごいサービスがあるんですよ。アイネ様知ってました?」

「いや、知らない。そもそも全然興味なかったし」

「なんと、一度死ぬ体験ができるんです! 蘇生付きってことですよ。すごくないですか? あのがめついルクヌヴィス寺院がよくOKしたなって」


 それは嬉々として言うようなことなのか? 

 私、死ぬのが怖くて未だに一度も死んだことないんですけど。

 まあでも、確かに死んだことがあるというのは大きいのかもしれない。

 私が安全マージンをとった探索しかしないのも、この「死にたくない。死ぬのが怖い」という意識に起因するものなのは間違いないからだ。

 私がなんだかんだでトップ探索者をやれているのは、あくまでめちゃくちゃ強烈にすごい才能があるからだ。普通はそんな余裕こいた探索はできない。


 私はソロでいきなり3層まで潜って無双したが、そんなのはまさに前代未聞なのだそうだ。戦士の加護があり、魔法の才能が2種類あるというのはそれだけのこと。ちなみに、私は元弓道部で弓も少しだけ使えるので、近距離中距離遠距離とすべてのレンジで戦える。


 現在は、魔法のバッグも下層の宝箱で入手したし(ちょっとしか入らないけど、嵩張る武器防具が入るだけで助かる)、たぶん10層のボスくらいならソロで勝てる。

 慢心ではなく、余裕で。


「とはいえ、何人残るか……ですね。私も同期は数名しか残っていませんから」


 ガストンが迷宮前で引率から注意点を受けている訓練生たちを見ながら言う。

 探索者は一般に「初級」「中級」「上級」と分けられるが、そのほとんどが中級に上がれずに終わる。

 で、その引退探索者とかも、田舎に引っ込む者ばかりではない。そのままメイザーズに残る者もいる。そういう人たちが、店を始めたりヤクザ者になったりして、どんどん街が膨れ上がって、今の大迷宮都市メイザーズが形作られたのだ。


「ま、いいわ。私たちも行きましょう。今日も13層に行くわよ」

「お供いたします! アイネ様!」


 私のパーティーメンバーはレベルが10を少し超えたライン。

 1層あたりレベル1。13層ならレベル13は最低限欲しいというのが、迷宮管理局が出している指針である。

 なので13層は彼らの適正レベルより、わずかに上の階層ではある。

 だが、私はレベル20だ。

 大盾で敵の動きを止めてくれるフリン。

 遊撃手として動き回るガストン。

 補助魔法を使えるハンスがサポート。

 私が魔法と近接攻撃で魔物を撃破する。

 殲滅力も他のパーティーと比べても遜色がないものだろう。

 このやり方だとどうしても私のレベルが一番上がりやすくなるのだが、私が強いことが最も探索の安全度を上げるわけだから、役割としてもこれが正解なのだ。


「じゃあ、今日もじゃんじゃん狩っていきましょうね~」


 13層に出てくる魔物は、カッパーゴーレムとアイアンゴーレム。

 他の探索者からは嫌われている魔物だが、こいつらは雷の魔法が弱点なので私ならめちゃ楽に狩れるのだ。あと動きも遅い。なにより生感がないのでキモくない。

 ついでに言うと、大型の魔物なので、魔石もけっこう高く売れる。


 転移碑を使って10層に移動したあと、13層まで徒歩で移動する。

 この移動も地味に面倒なので、13層をメインに活動する探索者はたぶん私たちだけだろう。

 10層以降は上級の領域と言われているので、そもそも探索者自体も少ない。

 13層まで到着して、安全第一でゴーレムをサクサク狩って、小腹が減ったら携帯食料をむさぼる。

 私の魔法のバッグは武器や割れやすいポーションなんかで一杯なので、どうしても食料は固いパンとか、干し肉とかになる。

 ハッキリ言えば不味い。

 だが食べないで動くのも良くない。カロリーは大事だ。

 でも、まずい携行食を食べながら思うのだ。


「ああ……切実にチョコレートが食べたい……」と。

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