第54話 メイザーズの勇者 ①

 私――三枝藍音(サエグサアイネ)が24歳で不慮の事故で死に、どういう因果かこの世界に転生して今年で16年。

 ついに精神年齢40歳になってしまった。なんということだ。


「アイネ様! こちらが今季話題のす……す、す?――なんだっけ」

「バカ、スイーツだスイーツ」

「そう! スイーツです! なんでも、マカディアの実を砕いて、えっと、なんか混ぜて作った、す……スイーツです!」


 仲間の戦士――フリンは、いかにも軽薄で性格が悪そうな垂れ目のイケメンで、見た目はなかなか好みなのだが、抜群に頭が悪いのが玉にきずだ。

 私好みのスイーツ探索に出させたが、持ってきたのはケーキと名付けるのもバカバカしくなるような、ボソボソで甘味の足りない何かであることがほとんど。

 いや、せっかく買ってきてくれたんだし、食べるけどさ。


「ああ……切実にチョコレートが食べたい…………」


 この世界で16年も生きていると、さすがにワイルド肉やワイルド魚で満足するような時代は過ぎ去ってしまった。


 甘味が足りない。


 元日本人にとって、この環境は辛すぎる。

 あとベッドも微妙だし、下着は比べるのもばかばかしいクオリティだし、化粧品なんてマジで油塗ってるだけみたいなもんですよ。シャンプーも! リンスもない! 石鹸もなんか臭い気がする! いや、慣れたよ。慣れました。


 もう16年もいるんだし、あきらめました!


 あきらめたはずだけど、こういう微妙な甘味を食べるとどうしても前世のことを思い出してしまうのだ。


 勇者だ英雄だと持ち上げられても、あんまり嬉しくなれない。

 最初はゲームみたいだって喜んでたけど、新しい刺激が欲しいこのごろである。


「ああ……切実に餡子が食べたい……」


 自分で作るという選択も考えなくもなかったが、言うて、知識チートは当たり前に知識があることが前提なのだ。こちとら、バターや生クリームの作り方すら知らないで転生してしまったわけで、こんなことならホント事前に言っといてよ! って感じ。

 まあ、今はもう探索者になって収入も増えたから、砂糖やらハチミツなんかはいくらでも手に入る環境にはなった。ただ、甘いというだけなら手に入る環境ではある。

 でもねぇ。全然心が満たされないんだな。

 なんだかんだ、私って地球のことが好きだったんだな。


「想定通りの味ね……。火力にムラがある味わいというか……」


 フリンが持ってきたケーキを食べる。

 焼すぎの部分と、半生っぽい部分が混在したケーキもどき。

 ちょっとおなかを壊しそうな味わいだが、位階20に到達した私は、それくらいのことで健康を害したりはしない。

 パーティーの魔法使いであるハンスが入れてくれたお茶を飲む。

 そういえば、飲み物も非常に不満がある。ハーブティーの類はまあいい。この世界でもけっこう充実している。別にオシャレな飲み物として存在しているわけではなく、庶民の安いお茶として流通していたものだが、なかなか香り高く、それでいてサッパリしていて悪くはない。

 ない……けど、まあ飽きるよね。

 香りが強い飲み物だからか、余計に飽きる。


 最近は、貴族向けに栽培されている別のお茶を飲んでいるが、これがまた高いんだ。

 私に探索者として戦う才能がなかったら、本当に絶望の異世界転生だったに違いない。


「ああ……切実にコーヒーが飲みたい」


 社会人になってから、私はコーヒー党になった。

 毎日2杯は欠かさず飲んでいたはず。自分で豆を買ってきて家で飲むのは至福の時間だった。

 それが、この世界にはない。

 地味にこれが一番キツイかもしれない。

 なにかの拍子に、「あ、コーヒー飲みたい」という瞬間が訪れるのである。

 しかし、ないものはないのだ。

 この世界のどこかにコーヒー豆が自生している可能性もなくはないが、それを探し出すためにジャングルを探索するなんて無理だ。もっと言うと焙煎の仕方もよくわからない。炒ればいいのか?


「……まあ、どのみちジャングルは無理ね。デカい虫とか出るだろうし」


 今の私の力なら不可能ではないだろう。

 だが、残念ながら私にはそこまでの行動力はないのだ。

 冒険が大好きってわけでもないし、かといって家庭に入ってこの世界に骨をうずめる覚悟もまだできていない。中途半端な状態で、なぜか探索者をやっているのである。

 私が潜っている階層も、私の実力からすればかなり安全マージンを取った場所で、倒しやすくキモくない魔物しか出ないという理由で選んでいる。

 そのことで、ちょっとバカにされているというのも知っている。

 だが、十分稼げているし、探索者としての私はもうこれで十分と感じているのだ。


「あ~あ。ねぇ、ハンス。このあたりで繁栄してるのって王都とメリージェン以外にある?」

「い、いえ……。この国にはないと思います。他国であるならば、もっと大きい迷宮都市があると聞きはしますが……」

「そう……。そうよね」


 ハンスは――というか、私のパーティーメンバーは完全に顔で選んだ関係で、私よりも位階が低い。だからか、なんというか、みんな私にビビってるんだよね……。おかしいんだよなぁ。私ってピチピチのカワイイ16歳のはずなんだけどな。

 私の裏に40歳の顔を見ているのか? なんか魔力の色が見えるとか言ってたし。

 私は転生者のくせになぜかソレが見えないから、全然感覚としてわからないんだよなぁ。


 この国には、私がいる迷宮都市メイザーズ以外に、メリージェンという大きい迷宮都市が存在する。私は行ったことがないが、ここと同じくらい流行っているらしい。私も何度か行ってみようと思ったが、大きな虫の魔物が出るという情報を聞いて近づくのをやめた。


 その点、メイザーズは虫型は出ないし、ゴーレムとかガーゴイルみたいな無機物が出るので好ましい。


 王都は何度か行った。上級探索者になると貴族からパーティーに誘われたりするし、私も貴族から美味しいものの情報を入手するために、ちょいちょい行っている。実際、料理も甘味も、迷宮都市で手に入るものよりも上等だ。

 ドレスなんかで着飾るのも気分が上がる。

 と同時に、この世界が身分社会であることも思い出して、ガッカリした気持ちにもなる。私がどれだけ着飾ろうが、私がどれだけ実力を付けようが、彼らからすれば、どこの馬の骨ともしれない田舎娘に過ぎないのだ。


 ちなみに、低位貴族の人たちはわりと良くしてくれる。

 私みたいに、戦士の加護と魔法の才能を同時に持っている人間は、強い世継ぎが生まれる可能性が高いとかで、「嫁候補」として秀逸なのだとか。


 まあ、究極そのルートかなぁと薄っすら思ってはいるが……無理だろうな。

 単純に貧乏貴族より稼いでるってのもあるし、貴族の嫁になるには、私は貞操観念が終わってるわ。


「ところでガストンは? 今日いちおうこれから潜る予定なんだけど」

「アイネ様のために、珍しいものを仕入れてくるとか言ってました。今日、オークション開催日なんですよ」

「あ~……。オークションね。最近始まったんだっけ? あの子、競りそのものを楽しんでるだけなんじゃない……?」

「かもしれません。つい熱くなってしまうとか言ってましたし」


 メイザーズのオークションは、メリージェンのものを真似て最近始まったものだ。

 基本的には迷宮出土品が出品されるらしいが、他にもいろいろ珍しいものが出ることもあるのだとか。

 どれも金額的には常識的な額であることが多いが、ガストンは普段は倹しく暮らしているからか、ときどき妙にお金を持っていて大きな額のものでも落札してくることがある。

 私はパーティーにちゃんと還元するほうだし、探索者全体で見ればお金は持っているほうではあるのだろう。いちおうこれでもメイザーズのトップ探索者パーティーと呼ばれているのだ。儲かっていないはずがない。


 でも……ガストンが落札してくるものって、基本ガラクタなんだよね。

 どっかの遺跡から出てきた像とかさ。恭しくプレゼントしてくれたりするけど、全然趣味じゃない。


「まあ、あの子はいいわ。そのうち帰ってくるでしょうし、探索の準備しましょうか。ロビンは?」

「まだ寝ています」

「じゃ起こしといて」


 戦士のフリンとガストン、そして勇者の私が前衛。

 後衛は、斥候のロビン。魔法使いのハンス。


 本当は僧侶がいるといいのかもしれないけど、ある程度経験を詰んだ僧侶はだいたい偉そうで面倒臭い。それでも何人かと組んだことがあるけれど、まー、私とは合わないんだよね。リーダーぶる奴が多くて、どいつもこいつも必ず私のやり方にケチを付けてくるし。


 かいといってレベル1の子を引っ張ってくるってのもねぇ……。そもそも、私よりも回復魔法の腕が悪い人をパーティーに入れる意味ってある? という感じで。


 結局、ここ半年くらいは僧侶抜きで活動しているというわけだ。

 そして、実際ぜんぜん問題にならない。あいつら本当に必要なのかな。


 ロビンは猫獣人の女の子で、斥候としてかなり腕が良い。

 夜目が効くし、なんといっても耳が良い。魔力の姿も良く見えるのだという。

 そういえば、彼女に「アイネ様の魔力はちょっと魔物みたいですね!」と言われたことがあるが、あれはどういう意味だったんだろう?

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