第56話 いざメイザーズ!
「おお~。ここがメイザーズ迷宮街か! メリージェンよりさらにゴミゴミしてるね!」
「こっちのほうが古い街だからね。マホも注意してね。誘拐とかあるらしいから」
「ずいぶん子ども扱いするじゃん」
「子どもでしょ」
不思議とこっちの世界の人のほうが発育はいいんだよな。生物としての違いというやつなのか、フィオナは可愛らしいけど、どうも彼女は童顔なほうなのだとのこと。
あとは、見た目の問題とはまったく別の指針として、魔力の姿が幼いというのがあるらしい。そりゃ私の魔力は生まれたての0歳ですから、まっさら透明な姿でしょうとも。
「さーて、さてさて。勇者ちゃんはどこかな」
「この時間は潜ってるんじゃないの? まだお昼時だし」
「じゃあ、私たちもなんか食べよっか。この街の名物はなにかな」
私たちは街はずれから歩いて街中を散策した。
古い城壁みたいなものが街を何重にも囲われていて、その中心にダンジョンがあるらしい。
「けっこう厳つい壁だね」
「昔は戦争があって、有力な迷宮は真っ先に狙われたらしいよ?」
「迷宮なんて奪ってどうすんの?」
「魔石は大魔法の触媒になるからね。うちの王国でも魔石集めてるのは、そのためだし」
魔道具のエネルギー源としても使えるみたいだし、つまり油田か。
そりゃ狙われるな。
外周部はいかにも治安が悪そうだったが、実際に襲われることはなかった。
まあ襲われたとしても、フィオナはレベル16の猛者である。そのへんのチンピラなんて物の数ではない……らしいが。見た目が可憐すぎて「ホントかよ」という感じではある。魔物を倒す姿も何度も見てはいるが、それでも。
ちなみに護衛として買ったはずのジガ君は、今回は置いてきている。というのも、急ピッチで10層までの地図と魔物案内図を作るために、パーティーで潜ってもらっているからだ。
知らない迷宮でも10層までならば問題ないとのことだったので信じた。フィオナによると、スライムみたいな魔法しか通じない魔物は少なくとも11層まで出ないということだったので、脳筋パーティーでも問題はあるまい。
いくつかの城壁を超えて、だんだん商店が増えてくる。
建物も石造りの立派なものが多く、なんというか、密度がすごい。
道の狭さは古い町特有のものだろうか。こりゃスリに気を付けないとな。
「マホはバッグだけは死守してよ? 死んでも最悪生き返れるけど、バッグは戻らないから」
「おっと、フィオナ。さすがにバッグよりは私の命のほうを大事にしておくれよ」
「ここの寺院はかなりの高僧がいるはずだから、大丈夫よ?」
全然だいじょばないです。失敗したら灰になるとか言ってなかった?
どうもこの世界の人たちの……死生観っていうの? 生き還れるという事実があるからか、死というものを軽く捉えている節があるんだよな。死んだら終わりだよ。だからこそ生が輝くんだ!
……いや、やっぱり私だって死んだら生き返らせてほしいけどさ。私ってば訳アリだから、こっちの世界の人と同じようにいくかどうかはわからないけど。
くそぅ。割り切れるようで割り切れない。私にとっては死も大事な人生の一部であるはずなのに、金と死体さえあれば寿命までは蘇生に失敗しない限りは生き続けられると言われれば、どうしたってそれに甘んじたくなるものだ。
「なーんで、そんな難しい顔するかな。死んだら寺院で蘇生。当たり前じゃない」
「私がいた世界はそうじゃなかったので……」
あっけらかんと言うフィオナ。
まあ、郷に入っては郷に従えとか言うしな……。
「あー、このあたり食べ物屋がたくさんあるね。なんか珍しいものあるかな」
「おっほほ。いい匂いだね。メリージェンも良かったけど、ここもなかなか。古い街はこのゴミゴミした利権の絡み合いの気配が良いよね……」
「マホの言っていることよくわからないけど、とにかくなんか食べようよ。屋台でもいいし、お店に入ってもいいし」
ブラブラと見て回ると、内陸部だからか屋台で売っているものは、肉と野菜の割合がかなり高かった。
川魚を焼く店もあったが、どうしても肉の割合が高い。肉は生きているものをその場で絞めて料理にすればいいので、鮮度を保ちやすいからだろう。
その点、魚は生きた状態を維持することができないので、最低限、冷蔵の技術が必要。
そうでなければ、魚は死んだらすぐ劣化し始める。冷蔵の魔道具はあるらしいが、それをやる場合、魚料理の値段はかなり高くなる。貴族が使うような店では、そういう魚を出すところもあるらしいが……。
「ん? むむむむむ⁉ あれは天ぷらじゃないか⁉」
しばらく歩くと、油で何かを揚げている店を発見した。
近くで見ると、山菜に衣を付けて油で揚げている――つまり、山菜の天ぷらを出す店である。
味付けは岩塩。
これは期待ができる。
「ふむふむ。メイザーズ名物『てんぷら』ね」
「え? マホ読めるの? なんか変な文字だけど」
「まあね。これで勇者が私と同郷出身である可能性がまた一つ高まったわ」
屋台に書かれた「てんぷら」の文字は、懐かしき日本語だった。
しかも、けっこう上手だ。この世界に日本語があるんじゃない限り、日本人――転生者か転移者かはわからないが、その彼か彼女が書いた可能性が高い。
「ねえねえ、おじさん。この料理って勇者ちゃんから教わったものでしょ」
「ああ、そうだぜ! そこにも書いてるが、勇者が故郷の味だってんで、おいらに教えてくれたのさ。それまではただの揚げもん屋だったんだけどな。おひとつどうだい?」
「じゃあ、ふたつ」
山菜のてんぷらは、苦味が利いていて美味しかった。
コシアブラに似た山菜で、サクサクだ。でも油はちょっと酸化しているかな? まあ、油はこの世界じゃけっこう高いらしいし仕方がないか。衣も天ぷらというよりフリッターという感じになっちゃってるけど、そこはご愛敬か。
「これで勇者が元日本人なのは確定したね。あとは見つけて勧誘するだけか。あ、フィオナどう? 美味しい? ちょっち違うけど、これって私の故郷の料理なんだよ」
「なんか苦くてアツアツで美味ひい」
「気に入ったなら私も作ってあげるからね。なにせ材料はあるから。ホームセンターの中だったら、店みたいなクオリティのが作れるよ」
冷蔵庫がない場所だと少し難しい。衣は冷やしておきたいからな。
それにしても、この街で天ぷらが受け入れられているってんなら、メルクォディアでも屋台を立ち上げてもいいかもしれない。なにせ油は売るほどあるし、小麦粉もある。卵もまあ手に入るだろう。
なにより油を大量に使えるというのは強い。
その後も、屋台と店を見て回った。
なるほど天ぷらというか、フリッター屋はそこそこあり、勇者はこの街では受け入れられているようだ。もっと探せば、さらに知識チートの形跡をいろいろ発見できるかもしれない。
「ふ~む。迷宮街ってのは突き詰めていくと同じようなものに収束するのか、これといって目新しさはなかったね」
「そう? こんなもんじゃない? むしろ、どういうものを想像していたの」
「いろいろ」
想像を超えたサムシングがあると思うじゃん? ファンタジーだもん。
しかし、実際には飯、宿、酒、武器、防具、道具、寺院といった具合である。ロールプレイングゲームとあんまり変わらない。
あとはあるのは、娼館とか賭場みたいな18禁な場所だ。普通の服屋なんかも当然あるけど、それらも目新しいものではない。古くからある街だけど、だからこそ閉鎖的なのかも。
腹ごしらえが終わって、私とフィオナはギルドへ向かった。
迷宮管理局が運営するその施設ならば、勇者の情報も得やすいだろう。個人情報が厳しい世界ならいざ知らず、この世界はそこのとこはザルだ。
「ふぅ~ん。こういう感じか。意外と閑散としているね」
「魔石の買取所は迷宮のすぐそばにあるからね。こっちに来る人は少ないと思うよ?」
「じゃあ、勇者ちゃんはここには来ないかな」
「たぶん?」
建物の中には、何人かの探索者らしき人たちが掲示板を眺めていた。
私たちも真似して掲示板を見てみたが――
「……ん? おおお! 『メルクォディア迷宮の入口が大岩で閉ざされ閉鎖』だって!」
「えええ? なんで、メイザーズにまで知られてるの?」
「なるほどなるほど。これは予想外だね。この世界の通信網ナメてたな」
メルクォディアから見て、メイザーズはメリージェンよりさらに遠方にある。
その上、うちの迷宮は閑散としていて周囲に住んでいる人間も少なく、閉鎖しているということを知るのは、本当に少数……それこそ全部で100人もいないというような状況のはずなのだが。
「おそらく、商人の情報網からだろうね」
「マホ……。これってマズい?」
「へ? いやいやいや! めっちゃ良いことだよ! 私たちが頑張って宣伝しなくても『良い情報』も外へと流れていくってことなんだから」
「オープンしたら、アレコレ考えてる
迷宮管理局が意図的に情報を絞る可能性もあるっちゃあるけど、人の口には戸が立てられない。
うちにはまだポチタマカイザーという隠し種のダンジョンマスコットたちもいるのだ。
絶対に話題になるはずだ。
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