第12話 毒の使い道があった!

 竜には記憶らしい記憶はなかった。

 完成された個体として迷宮の誕生と共に生み出され、初めからその姿でそこにいた。

 竜にあるのは使命のみ。

 やがてここに訪れるを、その全力をもって叩き潰すこと。

 いつかあの扉が開かれて、その者と相対するその日まで。


 どれほどの時が経っただろう。

 竜は寝て過ごしていたが、かといって侵入者に気付かぬほど愚鈍ではない。

 弱き弱き者が1匹。

 取るに足らない力すら持たぬ者。

 それは、竜が初めて見る己以外の生命体だった。


 だが、あの扉は未だ開かれていない。

 なによりも、この者は「強き者」ではない。それどころか、自分の鼻息だけで息絶えるほどの脆弱さ。

 ――ならばこの弱き者は、我が倒すべき敵ではない。

 竜の本能はそう判断した。

 部屋は広く、小さな虫が入り込むことぐらいはあるだろう。


 弱き弱き者は2匹で、うろちょろと歩き回っていたが、竜に触れることはなかった。

 もし、触れられることがあれば叩き潰すのも良い。竜はそんな風に考えたが、周囲になにかを置く気配がするだけで、危害を加えようというわけではないらしい。

 竜はこの場所から出たことはなかったが、知識がないわけではなかった。

 弱き者は、強き者に供物を贈る習慣がある。そんな知識があった。

 ならば、これは弱き者からの贈り物か。

 なにやら液体を注ぐような音がする。

 飲んだことはないが、知識にある酒というやつかもしれない。


 弱き者たちを驚かさぬよう、竜は眠ったふりをして待った。

 弱き者たちが去り、ブゥンとなにかが動く小さな音だけが響く部屋。

 

 竜の感覚でわずかな時間を待ち、どれどれと竜は目を覚ました。

 

 ――なんだ、これは?


 地面は濡れ、酒と思しき液体は、気分の悪い臭いを発している。

 酒とはこういうものなのか?

 わからない。そこまでの知識があるわけではない。


 ――弱き者を呼び説明させるか? いや、竜の王である我が、教えを請うなど。


 竜の本能は、ただ「強き者」を全力をもって倒す。それだけだ。

 暮らしがあるわけではない。

 竜の王としての生活があるわけではない。

 ただの舞台装置にすぎない彼が、この状況を正しく理解する術はなかった。


 気分の悪い空気は次第に密度を上げていく、しかし竜にはどうすることもできなかった。

 意味がわからない。

 剣で攻撃されているわけではない。

 魔法で攻撃されているわけではない。

 そもそも、敵がどこにもいないのだから。


 竜がその身を起こした、その時。

 どこかで「カチッ」という音がして、次の瞬間、目の前が紅蓮の閃光に包まれ――


 ◇◆◆◆◇

 

 ダラダラと、フィオナと堕落の限りを尽くして10日。

 さすがにそろそろいいだろう。


「フィオナ~、そろそろ扉開けるよ~」

「もっとダラダラする~」

「まったくこの子は味を占めてからに……」


 ドラゴン倒せているかわかんないし、不安もあったりしたもんだから、調子に乗ってホームセンターの一角に布団を敷き詰めて映画の鑑賞会とかしたもんだから、すっかりダメな子になってしまった。

 しかも、寝タバコをやるから布団が焦げたりするし、見た目はすっごい可愛いのに、なかなかのダメ人間だ。

 あ、映画の言葉はなぜかフィオナは理解できた。

 フィオナが特別なのか、映画が特別なのかはよくわからない。

 というか、私自身、フィオナと問題なく意思疎通できてたもんだから意識してなかったけど、どうして日本語が通じてるのか謎といえば謎だ。これも異世界クオリティだろうか。


 ちなみに私はといえばまあまあやることがあって、動物たちの世話とか、植物の世話とか、地味に忙しかったりした。フィオナも手伝ってくれたけどね。

 犬(ポチ)と猫とトカゲはいいけど、問題は魚だよ。なにを血迷ってアロワナなんて扱ってんだ、この店は。マニュアルもないし、私じゃなかったらすぐ死なせてたぞ。


 あと、ポチ以外の彼らも運命共同体だってことで、名前を付けた。

 秋田犬はポチ。

 ベンガル猫はタマ。

 フトアゴヒゲトカゲはカイザー。

 アロワナはアロゥ。


 ハムスターズはとくに名前は付けてない。

 そもそも個体識別ができないし、私、あんまりネズミ愛があるタイプじゃないのよね。

 わりと躊躇せずヘビの餌にできちゃうし。


 ポチとタマはケージに入れておくのも可哀想なので、放し飼いにした。

 2匹とも賢い子で、トイレもすぐ覚えたし、2匹で仲良く遊んでいる。


 あと、プランターで野菜を育て始めた。こんな場所で育つのかはわからないけど。

 芋とかほうれん草とかタマネギくらいは育つのではないだろうか。

 個人的にはトマト、大根、ナスが育つと嬉しい。食卓に彩りが欲しい。


 それはさておき扉だ。

 向こう側がどうなっているのかは謎だし、けっこう怖い。

 しかも、あの扉はこちら側に開くのだ。圧力が掛かっていたら、開いた途端にバーンと扉が開く可能性があるんだよなぁ。怖……。

 

「じゃあ、開けるよ? 離れてたほうがいいかも」

「う、うん」


 うんといいつつ、私にひっついてくるフィオナ。

 こんな怖がりでよく冒険者なんてやれてたな、この子……。


 扉は不思議な力が働いているのか、ヒモなんかで引っ張っても開かず、私が自ら開ける必要がある。かなり怖いが、こればっかりは仕方が無い。

 ちなみに、この扉はフィオナが開けようとしてもなぜか開かないので、ドラゴンが倒せたなら閉まらないようにストッパーを噛ませておくほうがいいだろうな。


 慎重に数センチ程度開く。空気の流動は見られない。

 もし扉の向こう側が酸欠状態だった場合、一気に空気が吸い込まれるか、そもそも扉が重くて開かないはずだが、そういう手応えもない。


「……どうやら大丈夫みたい。ガス測定器も問題なしね。行こう」


 私たちは階段を上り、土嚢を避け、いよいよドラゴン部屋の前の扉まで来た。

 どうやら、ガス爆発でも扉は無事だったらしい。

 扉を手で触ってみても、特に熱くは無い。扉が鉄製だったら向こうの温度の影響を多少は受けるはず。未だに燃え続けているという可能性は低そうだ。

 ……まあ、この扉が鉄製かどうかはわからないんだが、金属だし多少は伝熱性があるはず。


「聞こえる?」

「……聞こえない。なにも」


 扉に耳を当ててもなにも聞こえない。

 ドラゴンの呼吸音も、なにも。


 ゆっくりと扉を数センチだけ開く。空気の流入はない。

 鏡を使って中身を覗いてみると、扉前に置いてあったはずの蓄電器がないし、コンテナ類も見当たらない。

 私はさらに扉を開き、部屋の中を確認した。


「見てフィオナ。あれって、死んでる……のかな」

「えっ、えっ?」


 ドラゴンは壁際でうずくまっていた。

 ピクリとも動かず、死体に見えるが、わずかに発光している。なんだあれ?


「生きてる……! まだ倒せてなかったんだ……!」

「えっ、生きてんの? あれで?」

「死んだ魔物は魔石化するから!」

「なにそれ」


 死んだら石化するの? じゃあ、迷宮中が石像だらけじゃん?

 あ、運んで好事家に売ったりするのかな? 運ぶの大変そうだけど。


 とはいえ、ドラゴンは瀕死のはずだ。

 私たちが置いたガソリン入りのコンテナは、すべてひしゃげて破片だけがそこら中に散乱している。蓄電池もバラバラになっているし、かなり大きな爆発が起きたようだ。

 密閉空間だから、爆発なのか、圧力と温度だけが強烈に膨れ上がっただけなのかはよくわからないが、地獄のような状況だったはずなのは間違いない。

 ガソリン臭はまだ残っているが、酸素濃度は問題なし。やはり酸素の供給はあるということだろう。

 鉄のボルトナットや鉄筋もそれなりにドラゴンの身体を傷付けたようだ。


「圧力か、温度か、外傷か、酸欠か。まあ、どれかが効いたんだろうね。……って、フィオナ?」


 気付いたらフィオナがいなくなっていた。

 部屋のどこにもいない。ドラゴンが倒せてなかったと知り、ビビって戻ってしまったのだろうか。


 それにしても、これはどういう状態だ?

 ドラゴンは傷だらけで、黒煤まみれ、口の中まで真っ黒に爛れている。

 呼吸はしていないし、口も開いているし、出血はしたみたいだけど今は流れ出てもいないし、死んでるようにしか見えないんだけど。


 私はドラゴンには近付かず、どうするか迷った。

 死んでいないというのならトドメを刺さなければならないのだが――


 思案していると、階段を上ってくる音。


「マホ! どいてどいて!」

「フィオナ!?」

「うわあああああああ! 死にぇええええええ!」


 声を裏返しながら絶叫して、バケツに入った液体をドラゴンの口の中にぶちまけるフィオナ。

 あれって前に作った毒(主成分ニコチン抽出液)か。


「マホ! マホも手伝って! 全部飲ませよう!」

「いや、あのドラゴン呼吸もしてないみたいだし、飲むかどうかわかんないよ?」

「だって、他にやれることない! 自己修復魔法を発動させてるから、早く殺しきらないと復活しちゃう!」

「マジですか」


 まあ、となれば是非もない。例の毒は使い道もなかったし、全部食らわせてやろう。


 私はフィオナといっしょに何往復もして、毒液を全量ドラゴンの口の中に流し込んでやった。

 ドラゴンはどうやら仮死状態のようで、生体反応がなく、開いた口からそのまま胃まで毒が流れていった。


「……効くかな。半分死んでるような感じだし、物理で攻撃したほうがいいんでない? のこぎりで首でも切ってみる?」

「マホが強い毒だって言ってたじゃん! ちゃんと効くなら、毒魔法は継続で少量のダメージが入るし」

「あ、そこもゲーム的なんだ」


 しばらく様子を見ていたら、ドラゴンの発光が収まり、次第に毒々しい色に変化していった。爬虫類というか、カメレオンみたいに体表の色が変わる性質なのだろうか? それとも、あの毒の効果? もしかして、ゲームみたいに毒状態ステータスがわかりやすくなる為なんて理由じゃないだろうな。


 ドラゴンの発光が止んで数分。

 パァン! という音と共にドラゴンが弾けた。


「う、うわぁ! なんだ!?」

「やった! マホ! やったよ! 倒せた! 本当にドラゴン倒せちゃった!」

「え、えええ? 死んだの? 石になるんじゃなかった!?」

「だから、石になったじゃん! あんなに大きな魔石がこんなに! うわぁあああああ!」


 叫んで走って行くフィオナ。色とりどりの石を拾い集めて大興奮だ。

 石像にはならなかったが、石が好事家に高く売れるという部分は正解だったのかもしれない。

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