第17話 これはデートか武者修行か ~これは武者修行~

 リュックを右肩にひっかけたあたしは、レイと一緒に北の離宮から市街地へ延びる坂道を下る。気が進まないせいか、何となく足取りが重かった。

 レイは本当に、付いてきているだけだった。デートらしくお手てを繋ぐどころか、あたしの左斜め後ろを黙って歩むその姿は、会話を楽しもうという気すらなさそうだ。そういうあたしも、なかなかの膨れ面なのだが。

 あたしは重力に身を任せながら、連れの歩行速度は気にせずズンズン坂道を下りていく。

「本当に一人で歌う気ですか?」

 レイが訊いてきた。

「仕方ないでしょ。一銭も持ってないんだから」

 興行で得る金品は山分けだが、四等分されるわけではない。必要な時に、仲間に声をかけて必要な分だけもらう。自由に使えはしないのだ。

「ドーンと任しとき。服のついでにお昼ご飯も面倒みたるわ」

 ほれついて来い。

 フォローミーとばかりに、掌をすくい上げてレイを手招きする。ついお国言葉で喋ってしまったのは、あまり頭が回らないせいだ。

 歩きながら考えていた勝負曲は、日本でトップクラスといえる劇団が公演した、二作のメドレー。この劇団はあたしが、将来入りたいと切望している憧れの対象でもある。

 ねえや達がいないから、今日は完全アカペラだ。

 ケメトに来た日は勢いに任せて一人で歌ったけれど、ショ―パブでの仕事は常にバックミュージック付きだった。ここでもねえや達がいる環境にすっかり慣れてしまったあたしは、なかなかどうして緊張している。

 広場に到着した。顔の長いオジサンの石像が正面に見える壁際に陣取り、リュックを下ろす。レイは五mほど離れた場所で、高みの見物だ。

 しゃあねえ。一人で頑張るか。

 いつもは適当に楽器を鳴らし始めるのだが、服をもらう、という目的がある以上、歌う前の口上は必須だ。

「えー、右や左のお客様ぁ。本日はおひがらもよく――」

 何となく商売人風に呼びかけてみたが、ちょっとこれは違うな、と台詞半ばで口を閉じて首をひねった。こんな口上、リーダーのシトレは一度も口にしたことが無い。

 やり直しである。

「え~。僭越ながら、ワタクシ牧野蜜。これから皆さまにお歌を披露させて、いただきます。もしお気に召されましたら、どうぞ、このワタクシめに合うサイズのお洋服と、お昼御飯などを投げ銭代わりに頂けましたら有難く、存じマス」

 注目を浴びつつ、ガタガタとした動作でお辞儀をした。

 頭を上げてから咳払いを一つして、レイにちらりと目をやると、彼は掌を差し出して、『どうぞ』とジェスチャーしてくる。一緒に歌おうと誘おうものなら、返事もよこさず帰りそうな感じだ。

 薄情者め。

 あたしは心の中で一言罵ってから、大きく息を吸い込んだ。

 まずは導入歌として、ライオンの王子が王国を取り戻す、あの名作の挿入歌を。

 アフリカの高い空を突くようなイメージを描きながら、声量全開で喉を解放する。最初にインパクトを与える曲としては、最適だ。思惑通り、歌声を聞きつけた歩行者がわらわらと寄って来た。

 曲が終わると間をおかず別の作品に移り、ロブスター先生のご機嫌な一曲を披露する。ヘンティの笛の音が欲しいなという考えがちらりと頭をかすめたが、急いで振り払い、頭の中に流れる軽快なリズムに身体を躍らせ歌いきる。

 続いて、同じ作品の挿入歌からムーディーな一曲を悪戯に披露する。歌の最中、レイが酔っぱらった爺さんに「ほれチューしてこいよ」と絡まれてるのを目撃。助けてやる代わりにステージに引っ張り込んで、キスするふりしてからかってやる。レイは嫌な顔をしていたが、そこから逃げるほど無粋ではなかった。

 フィナーレは、同作品のインストだ。階段状にオクターブを上げながら歌う。そこから流れるように歌詞付きのメインメロディーに移り、一層高らかに空へと放った。頭の中には、フルオーケストラが鳴り響いている。

 曲の終わりは盛り上がりが最高潮のところで、指揮者が最後の音を短く切るように、掲げた左手で素早く音をカットした。

 拍手喝采。

 レイも隣から、仕方なしとばかりに控えめな拍手をくれる。

 やりきった。背中がぞくぞくする。頭もくらくらする。

 ねえや達。あたし、やりましたよー!

 これぞ感慨無量というやつだ。

 伸ばしていたあたしの両腕に、相撲の座布団投げみたく、衣類がわんさか投げ込まれてくる。服の上に、食べ物も投下されはじめた。干し無花果に、干しデーツ、干し葡萄、リーフレタスが一束。あたしの両腕の上は、まるで収穫祭だ。

 最後に、植木鉢サイズのパンがあたしの顔面を直撃する。一般市民が焼くパンは、王宮で貰えるパンよりも砂の含有量が高い。正直いらねえと思ったが、そこは笑顔で受け取るのが路上パフォーマーのマナーなので、あたしは全部まるっと有難く頂戴した。

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