笑顔
サラは小さな街の片隅で喫茶店をしながらひっそりと暮らしている。彼女の入れるコーヒーやケーキは街でも評判で多くの人が訪れていた。
もちろん、それだけではない。
彼女の穏やかな笑顔は仕事で疲れた心を癒してくれる。
だが、彼女は決して順風満帆な人生を生きてきたわけではない。むしろ思い出したくもないような体験をしてきたのだ。
サラは幼いころ、家族といっしょに旅行へ出掛けた帰り事故に巻き込まれてしまった。そのとき家族は皆死んで、彼女だけが生き残った。その後親戚に引き取られた彼女はあまりよい扱いを受けなかった。ついには親戚から両親の財産を奪われたあげくに家を追い出されてしまった彼女は、ほとんど一文無しの状態で一人で生きなければならなくなったのだ。アルバイトでつないではいたのだが、まだ十代だった彼女の生活は決して楽ではなかった。
いっそう死んでしまおうとも思ったぐらいだ。それでも彼女は生きた。どうしても死ぬことができなかったからだ。
死ぬこともできず、居場所も見つからなかったサラは国中を転々とするうちにこの街にたどり着いたのである。
そして、サラはこの街でソランという少女とであう。ソランはボロボロの服をきて路地裏でひとりパンを食べていた。
サラは彼女に思わず話しかけた。
するとソランはパンを半分にしてサラに渡そうとするのだ。
サラはなぜパンを渡そうとするのか尋ねた。
「あんた、私と同じ目してるよ。あんたも相当苦労したんだろ? 私? 見ての通りだよ。私も居場所がないんだ。だから、ここでパンを食べてるの。ほら一緒に食べよう」
サラは誘われるまま、ソランのとなりに座りパンを受け取った。
戸惑いながらもパンを一口食べる。
「美味しい」
「そうでしょ。ここのパンは美味しいんだよ。ねえ。あんた名前なんていうの?私はソラン。いろいろ話をしない? 私、最近人と話してないからさあ。あなたの話を聞かせてよ」
その申し出にサラは一瞬どうしようか迷ったが、いつのまにかいままでの体験を話して聞かせていた。
話していると辛い気持ちになるのと、同時にどこか気持ちが楽になるのを感じた。
ただ話を聞いてくれただけというのに、自分はここにいていいのだという気持ちになってきたのだ。
「そうか。あなたも苦労したんだね。今度は私の番だね」
そういうとソランは自分の生い立ちについて話し始めた。似てる。サラよりも残酷な生い立ちに愕然とする。
それが本当の話なのかサラにはわからないが、彼女ならば心を開ける気がしてならない。
彼女ともっと話したいのだとサラは思った。
それからサラはソランと一緒に暮らすようになり、ふたりで喫茶店を開くことになった。
最初はなかなかうまくいかなかったのだが、徐々に客が入り軌道に乗り出したある日、突然ソランがいなくなってしまった。どこへいったのだろうと街の人たちと共に探したのだが、ソランを見つけることができなかった。
もう戻ってこない。
サラが諦めかけたそのとき、喫茶店のカウンターに手紙が置かれていることに気づく。
ソランからのものだった。
手紙には
「もう大丈夫だね。私はちょっと旅に出てくるから喫茶店はあなたにまかせます。必ず戻ってくるから待っててね。笑顔を忘れちゃだめだよ。サラの笑顔はみんなを幸せにするんだからね」
と書かれていた。
そのとき、サラは亡くなった両親の言葉と同じことをいっていることを思い出す。
笑顔が幸せにする。
どんなに辛いことがあっても笑顔さえ忘れなければどうにかなる。
それからサラは笑顔を忘れないようにして喫茶店を続け、数年の時が流れた。
「いらっしゃいませ」
「やっほー、サラ」
「お帰り」
サラは今日も笑顔を浮かべた。
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