第11話 十月末日
私は、彼の事をどう思ってるんだろう。
最近は、毎日彼と一緒に居る。
偶にある仕事の日は、彼に内容を相談したりしてる。
何の気なしに聞いた怪異を弱点を。
地域、地形、伝承から逆算して。
魔術や呪術の法則と照らし合わせて。
彼は当ててしまう。
「ろくろ首?
キリンとか亀に似た生物だよね。
魔物って人間の思念から生まれる奴が結構いるから、亀ベースだと水中とかは危ないかもね」
その情報が無かったら。
もしかしたら、私は死んで居たかもしれない。
そんな事がたった二ヵ月で何件もあった。
明日、彼は東京行きの飛行機に乗るらしい。
私は彼に着いて行く事を許されてないから、ここで待ってるしかない。
今日は準備をするからって、私に迎えは要らないと態々連絡して来た。
それでも、私は彼の下校ルートで車を停めている。
渡す物がある事を思い出したから。
おかしいな。
物忘れ何てした事ないのに。
なんで今まで渡しそびれてる事に気が付かなかったんだろう。
「ふっ……
小学生相手に、何考えてるんだろ。
でも、本当はきっと私より年上なんだろうな……」
少し待っていると、いつもみたいに彼が現れる。
それを見て、私はドアを開けて外に出た。
赤いランドセルを軽った少年。
顔は結構整ってるんだよな。
彼の両親の写真も見た事があるけど、遺伝子なんだろう。
美男美女の夫婦だった。
頭もいい。
当然だ。彼は転生者。
精神年齢はずっと上なんだから。
運動神経も悪いとは思えない。
ラビリンスの事で何となく分かる。
小学校では、優秀な生徒なのだろう。
まだ1年生だけど、マセてる女の子とかにはモテてるのかも。
少しだけ頭を下げて、挨拶を送る。
天羽修と視線が合った。
「え……」
驚くような顔で、彼は私を見る。
何処か、困った様に笑いながら。
彼はいつもの様に手を……上げようと……
して……
――ゴン!
その
石の飛んできた方向を見ると、彼と同年代の少年が数人こちらを見ていた。
彼等は私を認識すると「やべっ」と声を洩らして駆けていく。
何が起こったのか、一瞬理解できなかった。
「はぁ――」
まるで何事も無かったかのように、彼は頭から流れた血を拭って立ち上がる。
既に、傷は完治していた。
これも彼の術なのだろう。
「なんで……」
察しの悪い私でも、理解できた。
天羽修は、小学校で苛められている。
「何故、何もしないのですか?」
「子供のやる事だよ」
安心させるような優しい笑みで。
彼は私へ笑いかけた。
その笑みに、私は少し腹が立った。
「子供でも、やって良い事と悪い事はありますよ」
「僕は、そのやっちゃいけない事をやり続けてるんだけど。
馴染んじゃいけないんだよ、僕は」
彼の自虐癖は、今に始まった事じゃない。
なのに、どうして私はこんなに嫌な気持ちになるんだろう。
そんな私の表情を見て、彼が言う。
「ごめんね。
そんな顔をさせたい訳じゃないんだ」
勝手に来て。
勝手に知って。
勝手に怒って。
頼って欲しい。
なんて、言う勇気もないクセに。
「篠乃宮さんから、預かり物です」
「ありがとう」
一枚のチケットを彼に渡す。
それで、私の用事は終わりだ。
「君には感謝してる。
僕の秘密を話せたのは君だけだから。
いつも、ありがとう」
そのまま、彼は私の車を通り過ぎて家に帰っていく。
「あ、そうだ」
振り返って、彼は私に言った。
「……?」
「帰ったら、君のハンバーグ食べさせてよ」
その言葉は、私の心臓を跳ねさる。
何か、彼を変える兆しが見えた気がした。
「はい!」
◆
10月31日。
ハロウィンだ。
僕の家は結構田舎で、何かするという事は無かったけれど。
――東京。
ここでは、人口密度の桁が違う。
僕等家族は、都内にある割かし高級なホテルを取り、東京までやって来た。
両親は来た事があるらしく、迷いなく僕等はパーティーがある白金という街まで辿り着き、エントランスホールへ通された。
前世で見た貴族たちの宴にかなり近い。
違いと言えば、スーツとドレスの雰囲気が違う事。
和服を着ている人も散見できる。
ハロウィンの大舞台は渋谷近辺らしく、白金にはそこまで喧噪は聞こえてこない。
でも、ここの方が圧倒的に居心地が悪い。
魔力感知。
その範囲を最大に広げれば、このホテル内の人間は4割近くが魔術師だ。
魔力をコントロールしている様子が伺える者が、大量に出入りしている。
しかも、特に魔力を隠す様な事を行っていない物が大半以上。
まるでひけらかす様に闊歩している。
恐らくは、魔術師とそれ以外の家系を分かり易くする為なのだろう。
魔術はこの世界では秘匿扱い。
一般人も参加するこの場所で、魔術師かどうかを見分けるには魔力しかない。
だから、分かり易く発している。
それは分かる。
でもね。
「天羽ですか……
あまり聞かない苗字ですね」
父と話す夫婦が、そう言った。
彼等は魔術師だ。
魔力を操って、父さんが術師かどうか確かめている。
「はい、実はこの式に参加するのも今回が初めてでして。
色々とご教授願えれば幸いです」
「なるほどなるほど」
動かない父の魔力を見て、見下す様に男は言う。
「いえ、今回の式典は殆どの方にとっては披露宴ですよ。
日本の旧家を修める立場にある土御門家。
そのご子息ご息女を紹介する会ですから」
それはおかしな話だな。
エリカちゃんの話だと、この式は毎年行われているらしい。
毎年子供を産んでる訳でも無いだろうし。
「なるほど、そういう訳なのですね。
ご丁寧に教えて頂いて、ありがとうございました」
年に一度開かれていることを知らない父は、それで納得した。
「しかし、殆どの方にというのは?」
「いえ、それは恐らく貴方には関係のない事でしょう。
この会に参加する中でも、顔見知りが集まって行う裏の会があるのですよ。
ですが、初めてのご参加ならそれに誘われる事は無いでしょう」
「なるほど」
その時、男は少し嫌な笑い方をした。
その感情に合わせる様に魔力が動く。
手の中に本当に小さな魔力が集まり
それが、父さんの持つグラスへと飛来する。
全く同じ術式をコピー。
僕も魔力を集約し、男の放ったそれを弾いた。
「なに……?」
「どうかなさいましたかな?」
何の悪戯が知らないが、良い歳したおっさんが他人の持ってるグラスを落とさせて恥をかかせようなんて。
下らない事をしてくれるじゃないか。
僕は魔力糸を操って、父さんの胸辺りに文字を描く。
『悪ふざけはお止め下さい』
「い……いえ……
よもや只人かと……
失礼いたしました」
そう言って、夫婦は父さんに少し頭を下げた。
「はて、何の事でしょう?
こちらこそ、色々とご教授頂いて感謝しかありませんよ」
魔力糸は制御術の中でも、難易度の高い術式だ。
この程度の魔力操作で遊んでいる程度の相手なら、力量差を示すには丁度いい。
「また何かあれば、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「え、えぇ勿論ですとも!」
少し焦った様に男は言う。
そのまま、ペコペコと頭を下げながら後退って行った。
「ん、何か失礼をしてしまっただろうか……」
「そんな事ないと思うよ。
父さんよりちゃんとしてる人なんて、早々居ないし」
「修、だといいのだが。
こういう催しは久しぶりで少し疲れる」
この父さん、田舎で部長とかやってるけど実は結構エリートな実家と経歴を持って居たりする。
それこそ、こういう催しに参加できるくらい。
同じく、母さんも場慣れしている。
一緒に出た事も何度かあるのだろう。
まぁ、僕の家って新居だったしね。
僕が生まれる時に引っ越しったんじゃないだろうか。
「お前は緊張していないか?」
「うん、大丈夫だよ」
「初めてで大丈夫というのも、中々凄い事だぞ」
「まぁ、父さんの息子だからね」
擦り寄る様に、僕はそう言う。
まだ、僕は家族に秘密を打ち明けていない。
そんな事を話している内に、電気が少し暗くなる。
壇上に、初老の男が立った。
白い和装に身を包む男が、マイクに言葉をかける。
「それでは、新たな我等の子を紹介しよう」
その瞬間――世界が止まる。
ホテル全体を巻き込んだ広域結界。
内容は術師以外の全物理運動の隔離。
つまり、術師とそれ以外の世界を完全に断絶させる結界だ。
父さんも母さんも、春渡も楓華も、瞬き一つしない。
他の参加者も6割程は動いていない。
呼吸もしていない。
心臓も動いていない。
時間が完全に停止している。
例えば、これ等に魔術を放ったとしても一切損傷させる事はできないだろう。
ここは、一種の別世界と考えた方が良い。
「それでは」
壇上の老人が続ける。
「高名な魔術師、陰陽師、呪術師諸君。
誉ある土御門家に迎えられる今年の才者を決めるとしよう」
これがこの式の本番。
10才以下の子供の中で、この国で一番の名家である土御門家に迎えられるべき才覚者を選ぶ。
剪定儀式。
魔術儀式名『
僕の仕事は、この下らない儀式を問題なく終了させる事だ。
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