第9話 魔術推理


 おかしい事は幾つもある。


「まず、どうして血を抜いている様な事を言っていたのに、顔が赤くなるのか」


 普通、青ざめるんじゃないだろうか。


「次に、セリカちゃんが僕へ正体を明かした事。

 吸血鬼……なんて予想を立てられる事は、君にとってはデメリットでしかない」


 僕の推論を、セリカは黙って聞き続ける。


「それに、今日は僕からここへ来たいとお願いした。

 もし、お金を貰って勝手に使った事を君が怒っているのなら、君の方から僕を呼び出した筈だ」


 まぁ、たかが十数億をどう使おうが気にする相手には見えないけれど。


「それだけかい?」


 セリカが僕へそう問いかける。


 おかしい事を羅列した。

 しかしそこに、答えはない。

 セリカちゃんが何をしているのか、その答えは無い。


 だから僕は、もう少し頭を回す。


「キキョウさんは知らないって言ってくれた。

 一見、僕の事を庇ってくれている様にも見えるけど。

 普通におかしいよね」


 それは、篠乃宮セリカが言った通りの疑問。


「僕は、キキョウちゃんに何もしていない」


 そりゃ、同じ目的で共闘したけれど……


「僕の秘密を主人にまで隠す理由は何も思いつかないな」


 僕は正直、既にセリカちゃんは僕が転生者だって事を知っていると思ってる。


 この茶番が何かは知らないけど、茶番である事は間違いない。


「キキョウちゃんから報告があったよ。

 君は、転移後数分で現在地をほぼ特定して見せたって」


「あれは、状況が特徴的だっただけだよ。

 それにキキョウさんがヒントをくれたしね」


「それでも、6歳児の頭脳じゃないよ」


「もう7歳だよ」


「そうなんだ、おめでとう。

 君の推理力は魔術に関しての証拠集めから始まっている。

 私はそれを高く評価しているんだよ」


 当然だ。

 僕は刑事でも無ければ探偵でもない。

 魔術師だ。


 推理も証拠集めも、全てただの魔術だ。


 例えば、さっきの吸血動作によって、セリカの魔力の一部がキキョウへ移った。

 キキョウの症状も魔力過多による物に酷似している。


 これが、彼女が血を渡した事を確信した根拠。


 そして、今のセリカちゃんの台詞で、何をしているのかも何となく分かった。


「って事は、これは何かの試験って事かな」


 僕がそう言うと、セリカは問い直す。


「私が正体を明かした理由は?」


「僕の正体を知ったから、自分の正体も教えてくれるっていう優しさ。

 な訳無くて、僕が裏切らない様に自分の力を誇示する為」


 そして、大きく溜息を吐いた。


「はぁぁぁぁ……

 この子、生意気でつまんないよ」


 まぁ、概ねそっちの狙いは完遂されてる。

 態々僕に力なんて見せなくても、セリカちゃんが規格外なのは何となく分かってたら必要無かったけど。


「という事は、次の仕事は君以外に僕の後ろ盾になれそうな人間が敵に回る様な仕事なのかな」


 僕の頬から羽が消え、セリカの背に収納される。


「だから言ったじゃないですか。

 彼に、そんなテストは無意味だと」


 キキョウちゃんが起き上がりながら、僕へそう言った。

 供給された魔力が身体に馴染んだ様だ。


「先ほどは、見苦しい物をお見せしてしまい申し訳ありませんでした」


「こっちこそごめんね。

 もう少し身体が大人だったら真面に褒められたんだけど」


「結構です」


 あちゃ。


「これが、次の仕事の資料になります」


 キキョウが、僕の前に書類を持ってきて並べた。


「まぁ、急ぎじゃないよ。

 どうせ仕事は10月だ。

 だが折角来てくれたし、先に概要を伝えておくよ。

 勿論、バイト代も出して上げる」


 また煙草を吸い始めて、そう言うセリカちゃん。

 身体に悪そうだな。

 吸血鬼にどうかは知らないけど。


 その内容は簡単に言ってしまえば『警護』だった。


「10月31日。

 東京で、御高名な家々が集まってのパーティーがある。

 その半分くらいは魔術や異能に関する家だ。

 そこではね、大体毎年なんか起こる」


「何そのアバウトな話」


「だってそうとしか言いようが無いんだよ。

 子供が誘拐されたり、特殊な魔道具が盗まれたり、もうなんかぐちゃぐちゃなんだよ。

 でもほら、犯罪ってやる方が有利だからさ」


「まぁ、それは何となく分かるけど」


「例えば、通り魔に刺されたとしよう。

 その犯人は捕まるかもしれないけど、失われた命は戻ってこないだろ?

 でも今回は、捕らえるじゃ私たちの負けだ」


 そんな例を出して、セリカちゃんは語る。


「未然に防ぐって言うのは、強い力を持っているだけでできる事じゃない。

 それを生かす知性が必要になる」


「探偵の出番って訳だ?」


「残念ですが、篠乃宮さんはそんなに頭が良く無いです」


「ねぇ! そんな事ないよ!」


 ありそうだな。


「ていうか、どっちにしても私みたいな成り上がりは名家の方々に嫌われてるから呼ばれて無くてね」


「それなのに仕事の依頼があるの?」


「そ。いつもの意地悪だよ。

 パーティー会場内で起こる事件を未然に発見し防げ。

 ただし、篠乃宮セリカがパーティー会場に立ち入る事は禁ず。

 それが、今回の依頼内容」


「終わってるね」


「終わってるよ」


 それでも、きっとやるしかない。

 魔法師団で僕が働いていた時もそうだった。


 セリカちゃんの力が、単身で国家を覆せるような物なら兎も角。

 そこまで無い性能なら、言う事を聞くしかない。

 それが、どんな無理難題でも。

 それが、どれだけ非人道的でも。


 いじめなんて、小学校でも起こるんだ。

 ありふれた物だよ。


「分かったよ、僕が行く」



「助かるよ。

 じゃあ――君の家族宛てに招待状を送って置くね」



 僕は、身体を巡る全ての魔力にアクセスし、最大で練り上げ。


 立ち上がる。



【は?】



 そう呟いた僕を見て、キキョウは腰を抜かし。

 セリカは冷や汗を流して笑った。


「それが、君の本気?」


「見せてやろうか?

 今ここで。

 お前に向けて」


「それでもいいけど。

 それでいいのかな?」


「僕には、お前等を殺して依頼を断る力がある」


「その前に私は君の事を国に報告できる」


 落ち着こう。

 冷静になれ。


「なんで、家族を巻き込む……?」


「君一人で出席するのは不自然過ぎるよ」


 だとしても、代役でいいだろ。


「そんなに、大事な仕事なんだ……」


「あぁ、失敗して欲しくないんだ。

 だから、もし失敗すれば君の家族も危ないかもね」


 あぁ、やり難い。


 セリカは僕の弱点を理解した上で言ってる。

 これは僕が裏切らない様に、徹底した人質。

 このまま逆上しても、僕が利する事は無い。


「同じ穴の貉か……」


「あぁ、さっき私がやった事をし返されるとは思って無かったよ」


「嫌いになりそうだよ。

 セリカちゃんの事」


「私は好きだよ。

 その真面と異常の境界性が」


 舌打ちを残し、僕はソファに座り直す。


「家族思いな良い子だ。

 じゃあ、頑張らないとだね。

 家族が事件に巻き込まれない様に」


「高く付くよ。

 分かってるよね。

 セリカちゃん?」


「あぁ、報酬なんて幾らでもいい。

 欲しい物はなんでも提供しよう」


「前払い」


「……いいとも」


 魔力を引っ込めて、キキョウに手を貸す。


「ごめんね、ビックリさせて」


 震える瞳が僕を見る。

 まるで、怪物を見るように。


 それが、前世で僕を殺した男の目と重なる。


 それを見て、僕は手を引っ込めようとした。


 けれど、どこか決心のついた表情を浮かべ。

 キキョウは僕の手を逃すまいと取る。


「貴方がもし怪物なら、人を殺す時にあんなに悩んだりしないと思います」


 そう言ったキキョウの目は、僕への怯えを克服しようと頑張っている様な、そんな気がした。


「それとね修君、私は君の秘密は本当に知らない。

 何せ、何回聞いてもキキョウちゃんが教えてくれなかったから。

 だから、君の推理は90点だよ。

 まだまだ、お子ちゃまだね」


「そうなんだ……」


 そう僕は、立ち上がらせたキキョウへ言った。


「それも、あの人の嘘かもしれませんよ」


「いや、信じるよ。

 セリカちゃんじゃ無くて、キキョウさんを」


「はい……」


「本人が要る所で悪口言うなよ君ら」


 そんな事を言って不貞腐れるセリカちゃんを見て、僕とキキョウは同時に笑った。




 依頼内容。

 異能者家系が集まる式典での事件を未然に防ぐ事。


 特記事項。

 ただし、篠乃宮セリカの入場は認められない。


 依頼場所。

 東京都港区白金。

 ホテル間乃園まのぞの


 依頼日時。

 10月31日7時より、式典終了時刻12時まで。

 ただし、式典が延長された場合は依頼時間も延長される。


 一言アドバイス。

 「疑わしきは捕らえて尋問」


 篠乃宮セリカの独断と偏見による難易度。

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