第8話 誕生月日


 2004年8月26日。


 僕の誕生日だ。


「修ちゃん、誕生日おめでとう!」


 今日は2011年8月26日。

 僕の7度目の誕生日だ。


「にいちゃ、おめでと」


「おにぃ、めでとー!」


 自分の顔が自然と綻ぶのが分かった。


 目の前に置かれた豪勢な食事。

 その後に出て来た誕生日ケーキ。

 何より、同じ食卓を囲む家族の姿。


 それは、僕が持つ他の何よりも大切な物で。


 僕なんかが持っていていい物なのかと、不安い思う儚げな物。


「どうしたの修ちゃん?」


 気が付くと、僕の頬を涙が伝っていた。

 それを見て、母さんが心配する様に顔を覗き込む。


 出来る限り一生懸命に笑顔を作って、僕は本心を口にした。


「凄く、嬉しくて……」


 涙が、場に水を差したのではないかと不安になる。

 けれどそのまま、母さんは父さんと視線を合わせて微笑んだ。


「修、誕生日プレゼントだ。

 受け取ってくれるね?」


 厳格な父親だと思う。

 真面目で、怒る事は少なく。

 知性的という言葉が当てはまる。

 その上で、僕や兄弟たちへの厳しさも併せ持った。


 そう。真面な人だ。


「ありがとう、父さん」


 赤いリボンで包装された、板に近い形状の手持ちサイズの箱を受け取る。


「開けてもいいかな?」


「当然だ。それはもうお前の物なんだから」


 僕は包装を解いて、中身を確認する。

 3年くらい前、これが発売された時からずっと欲しかった。

 何となくだけど、これは天下を取るんじゃないかって思ってる。


 この世界の科学の最先端。


「スマホ、ありがと」


「修はこういうガジェットに興味があるのか?」


「うん、凄く興味深い」


 僕の魔術で内部構造を把握しても、それでも理屈的に何が内部で行われているのか全く理解できない。


 なんで通話できるのとか。

 電気が中で走ってるとか。

 画面の動きに合わせて色や音が出力されるとか。


 マジで、理屈が一つも理解できない。


 僕の世界には、絶対に無かった。

 多分、僕の世界が100年進んでも到達できなかった場所。


 それが今、僕の手の中にあるのだ。


「それってなあに?」


「おもちゃー?」


「私も詳しくないのよね、教えて欲しいな」


「私も、仕事仲間が話しているのを少し聞いたくらいだ」


 現在2011年。

 スマホの普及率は14%。

 でも、僕としては将来的にこの普及率は90%を越えると思ってる。


 それほどまでに、これは画期的な物だから。


「うん、説明するよ」



 ◆



 父さん以外寝た。


「だから来年4Gが始まったら、多分爆発的に普及されると思うよ。

 今の携帯とか、誰も使わなくなると思う」


「なるほど、だが4Gというのは何の事なんだ?

 ニュースとかではたまに見るが……」


「あぁ、メールと電話ができるのが3G。

 音声画像動画の送受信可能が4Gかな。

 携帯の液晶は、画像や動画は見辛いから。

 だから、前面を全部モニターにして直に触れて操作できるこっちの方が、デザイン的に優れてるんだよ」


 そして、この技術は理解さえしてしまえば魔術への転用も可能。

 少なくとも僕はそう考えている。


 代行演算処理装置。

 そんな夢の様な機能が、この小さな箱の中には含まれている。


「私も買ってみようか……」


「いいんじゃない?

 メッセージアプリ登録しようよ」


 僕がそう言うと、父さんは嬉しそうに頷いた。


「それにしても、何処でこんな知識を身に着けたんだ?」


「図書館とか……テレビとかだよ……」


 夜な夜な、父さんのパソコンを勝手に使ってるとか言えない。

 転生者である事も、言う機会を伺っている最中だ。


「お前は頭が良いな。

 私の息子とは思えないくらいだ」


「…………」


「冗談だよ。

 お前は母さんのお腹から出て来たんだ。

 私の息子でない筈がない」


 ……そう言って、父さんは笑った。



 ……僕はちゃんと、笑えただろうか。


「大分話し込んでしまったな。

 私も明日は仕事だ。

 そろそろ寝るとしよう」


「そうだね。

 おやすみ……父さん」


「修、生まれて来てくれてありがとう」


 そう言って、父さんは寝室へ入って行った。




 ◆




「貴方から呼び出されるとは思っても見ませんでしたよ」


 夏休みも終わり頃、僕は友達と遊ぶと言って家を出て、今は赤いスポーツカーの助手席に座っている。


 車を運転するのはキキョウだ。


「君、幾つなの?

 よく免許持ってたね」


 結構若く見えるけど、高校生くらい?

 初めて会った時も中学生くらいに見えたし。


「一応、22ですよ。

 まぁ、免許を取ったのは最近ですけど」


「大分若く見えるね」


「小学生に言われましても」


 そりゃそうか。


「まだ事故を起こした事はありませんが、もし事故に遭ったら魔術でどうにかして下さい」


 そんな万能じゃねぇよ。


「それで、篠乃宮さんに会いたいってどういう事ですか?」


「まぁ、色々。

 挨拶と……まぁ色々……」


「何となく貴方の言おうとしている事を察しました。

 結構、怒ってたんですからね。

 私は財布じゃない、って」


「ははっ……」


「誰が宥めると思ってるんですか……」


「ごめんごめん、ソフトクリーム驕るから許してよ」


「お金無いでしょ貴方」


「今から借りるから大丈夫、任せて」


 親指を立ててみると、軽蔑の眼差しで見られた。


「男として最低な言い種ですね」


 酷いよ。


「僕子供だし」


「嘘吐き」


「内緒って言ったじゃん」


「誰にも言ってませんよ……」


 そんな事を言っている間に車が止まる。


「着きました」


 見上げると、ビルの二階の窓には確かに『篠乃宮探偵事務所』と書かれている。


 でも、凄く寂れているというか、汚い。

 掃除くらいしたらいいのに。

 周りの治安もちょっと悪そう。


 でもまぁ、隣の県で良かった。

 思ったよりすぐ着いた。


 ビルの中に入る。

 事務所はその二階だった。

 まぁ、この階以外には何も入って無さそうだけど。


 ドアを開けると内装は結構奇麗だった。

 応接用の2人掛けのソファが、机を挟んで2つ。

 更に奥に、この部屋の主が座る執務机がある。


 壁紙は赤みのある白色で統一されていて、家具も高級品に見えた。


「やぁ」


 執務机に溶ける様にうつ伏せていた赤毛の女が、僕へ手を上げる。


「3年振りだね、修君」


「久しぶりだね、セリカちゃん」


 そう挨拶をしている間にキキョウが、セリカの隣へ移動する。


「まぁ、座りなよ」


 僕にソファを勧めて、セリカも立ち上がる。

 キキョウはセリカが座っていた椅子を直して、追従した。


 セリカが僕の前に座る。


「キキョウちゃんも座りな」


「けど……」


「良いんだよ……

 私が良いって言ってるんだから」


「はい」


 キキョウもセリカの隣へ座り直す。


「この前はありがとう。

 キキョウちゃんをちゃんと守ってくれ」


「そういう約束だからね。

 こっちこそ、バイト代まで出してくれて感謝してるよ。

 また何かあったら言って」


「うん、それじゃあ要件を聞こうか。

 今日はどういう用事かな?」


 そう言われて、僕は単刀直入にお願いした。


「お金貸して」


 僕の魔術研究も、限界が見え始めている。

 コツコツと魔力操作を鍛えるとか。

 新しい術式を会得するとか。

 それは、できる範囲でやってはいる。


 しかし、同じ事をただ続ける事を努力を呼んでいると、他にもっと効率的な手段は本当に存在しないのかと不安になる。


 それに、前々から思っている事だが、この世界の科学は僕の魔術に応用できる。


 けど、その為には多くの機材が必要で、魔術の方に関しても触媒等を購入しようと思ったらお金が掛かる。


 なのに、僕は小学生だ。

 バイトだって碌にできない。


「そういう訳で、お金が必要なんだ」


「私は君のATMじゃ無いんだよ?」


「分かってる。

 勿論働くよ」


「はぁ…………」


 長い溜息を吐いて、セリカは煙草を咥える。

 キキョウが懐から出したライターで火をつけた。


「フゥ……」


 悩む素振りで天上を仰ぎ、視線だけを落として僕を見る。


「この前上げたよね、かなり大金。

 知ってるかな?

 宝くじ当たったってそんなに貰えないんだよ」


「全部使っちゃった」


「君が殺した暗殺者の家族にプレゼント?」


「……知ってるなら聞かないでよ」


「私の方に来た、暗部100人くらいの遺族が知ったら憤慨するだろうね。

 不幸の量は同じなのに、保険料は違うのかって」


「何が言いたいのかな?」


 僕の言葉を受けて、セリカちゃんは赤い瞳を輝かせる。

 圧力の籠った言葉を放った。



「――君さ、私の事嘗めてるよね」



 やはり、この人は別格だ。

 キキョウとも、暗殺者とも、エジプトのミイラとも、海岸の魚人とも。

 全く別種の生命体。


 それだけ絶大な魔力。

 それは純粋な量も然ることながら、きちんと全ての魔力を操れている事を意味する。


 篠乃宮セリカは、怪物だ。


「キキョウちゃん、おいで」


 そう言うや、キキョウの返事も待たず身体を抱き寄せる。

 スーツの中に着たシャツのボタンを、首元から順に外して行く。


 キキョウは何も言わず、恥ずかしそうに僕をチラリと見た。


 ボタンを3つ程外した所で、シャツの右側をはだけさせていく。

 白い首筋と桃色の下着が見える。


「キキョウちゃん、君は嘘が下手だ。

 それをちゃんと自覚して答えて欲しい。

 天羽修は何者なのかな?」


 首筋を指でなぞりながら、セリカは問う。


「知りません」


 キキョウがそう答えた瞬間。


「ハァ――」


 その首筋へ、セリカが噛みついた。


「ふぉふぁふぇふぁいひょ、ひゅいひょりょひゅ」

(答えないと、吸い殺す)


 キキョウの顔が、どんどん赤くなっていく。

 まるで泥酔している様に。

 焦点がぼーっとなって、小さく痙攣し始めた。


 その光景を見て、僕は一つの存在を思い浮かべる。



 ――吸血鬼。



「……知りません」


 キキョウは耐えながらそう答えた。


「プハ」


 首筋から口元が離れると、キキョウは倒れる様にセリカにしな垂れ掛かる。


「この通りでね。

 キキョウちゃんが私に嘘を吐くなんて。

 初めての事なんだよ」


「本当に知らないんじゃないの」


「それは無いよ。

 分かってるよね?」


「……」


「キキョウちゃんは私の眷属だ。

 私以外にかどわかされるなんて許さない」


 胸に埋めさせたキキョウを頭を丁寧に撫でながら、セリカは言う。


 未だキキョウは微弱に痙攣している。

 真面に話せる意識も無さそうだ。


「君さ、私の物に何を言ったの?」


 殺気が漏れる。

 セリカの背から、蝙蝠の様な巨羽が二対。

 飛び出したそれは僕の顔を挟み込み、頬を撫でた。


「いや、魔術師……私の物に何をした?」


 右手で煙草を吸い。

 左手でキキョウを撫でて。

 羽は僕のほっぺをもちもちしながら。


 セリカちゃんはそう言った。



 どれかひとつにしなよ。


 そう思いながら僕は、セリカちゃんの嘘を推理してみる事にした。

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