第7話 同類暗殺



 今……分かった事がある。


 この世界の魔術は、僕の世界の魔術に比べて。


 大きく、遅れている。


「何なんだ貴様……!」


 理論的な理解。

 経験的な技量。


「ただのB級魔術師だよ」


 どちらに関しても、この世界の魔術師は弱い。


 まぁ、当然か。

 世界規模で魔術を秘匿している。

 それはつまり、探求している人数が少ないという事だ。


 閉鎖された魔術社会。

 この世界では、ただ魔術が使えるというだけで強者足れる。

 そんな世界で、研鑚に意味を見出せた人間は少ないのかもしれない。


 僕の身体から、糸に近い形状の魔力が溢れる様に湧き出ている。


 制御術。

 魔糸操々ましそうそう

 溢れた糸は、僕の支配を拡張する。


 これが触れた全ての物が、僕の支配術の対象となる。


 昔は好んで使っていた術式だ。

 だが、昔とは同時に操れる糸の量が桁違いに増えている。


 3年の修練の成果。

 子供の身体は憶えが速いとは言うが、制御術の練度は異世界で大人になった後とは、比べ物にならない効率で鍛えられていった。


 没頭できる時間があるという事も大きいのだろうが、それでも幼少の肉体の成長力は恐れ多い。


 魔力を見れる者は、もう僕の身体が見えないだろう。

 大量の糸が巻き付いた、繭の様に僕が写る筈だ。


 その全糸からの逃走は不可能。

 そして糸が触れれば、始まるのは魔力操作による制御権の引っ張り合い。


 ここまで持ち込めば、僕の魔力操作の練度を越えられる人間は、もう異世界にだって殆ど居ないと思う。


 制御術だから、魔力消費も少ないし。

 攻撃自体は相手の魔力を転用して行う。


 制御術の中でなら、この術式は既に一種の到達点では無いだろうか。


 転がる死体の数は12。

 最後の一人、一番何かを知ってそうな隊長を残した。


 奥歯に仕込んだ毒を始め、身体に有った自決用のギミックは全て取り外している。


 更に、男の全身を糸で覆い繭にした。

 この糸一本一本が爆弾のコードとでも思えばいい。

 現実と違うのは、全部ハズレってだけだ。


「やめろ……俺に何をするつもりだ……!?」


 僕は男の言葉を無視して術式を発動する。

 魔力で形成した糸より、支配術を流す。


「ウッ……」


 精神干渉術式。

 記憶窓メモリードライブ


 発動した瞬間、煩い口が閉じ、目から焦点が失せる。

 男は意識を喪失した。


「何を、しているんですか?」


「記憶を読み取ってる。

 折角繋がりができたセリカちゃんに立つ瀬が無くなると、僕も困るからね」


 精神プロテクトも特になく、その記憶は簡単に覗けた。


「呪殺部って呼ばれてる異能者専門の暗殺機関の所属。

 因みに、構成員の呼び名は呪術師。

 この人は、その中でも結構腕の立つ部類っぽいね。

 セリカちゃんの暗殺や損害を与える依頼をして来た組織の数は、国内6箇所、他国から3箇所。

 凄いよ、合計依頼料は日本円で142億」


 セリカちゃん……

 どれだけ命狙われてるんだよ。


 漫画でしか見た事無い懸賞金だよ。

 異世界でレート換算しても、大国の大臣クラスの依頼料だ。


「けど、この人も依頼して来た組織の詳細な情報は持ってないみたいだね」


 他にも魔術とは違う『呪術』を扱ってる事も分かった。


 呪術の概念は異世界にもある。

 でも、僕は全く使おうとは思わない。


 呪術はデメリットとして、理性を薄める。

 人間が保有する最大の武器である知性を、退化させる。


 それは、どんな強力な異能でも釣り合わないデメリット。

 そう、僕は思うからだ。


 実際、この人はそのデメリットを把握していない。

 使わされている、というのが正しい表現なのだろう。


 何処の世界にも、闇があるものだね。


 なんて、考えた辺りで精神干渉を止めて置けば良かった。


 必要じゃない情報。

 この男の感情が、言葉になって頭に響く。


『パパ、今日はいつ帰って来るの?』

『あぁ、誕生会には間に合うように帰るよ。

 ちゃんとプレゼントも用意してるから楽しみにしとくんだぞ!』

『やったー! 早く帰って来てよ!

 遅刻したら怒るからね!』


『貴方、今日の仕事って……』

『大丈夫だ。

 もう少し、もう少し仕事をしたら辞めさせて貰えるっていう約束になってるから。

 退職金たんまり貰って、外国で平和に暮らそう』

『私、何処にも行かずにずっと待ってるからね』



 ――それでも僕は。



【人殺しが、語れる愛も未来も存在しねぇ。

 そんな事は、分かってる。

 こんな薄汚れた手が、抱き締めちゃなんねぇんだって承知してる。

 でもあいつ等だけは、そんな俺の業に巻き込んじゃ駄目なんだ。

 今日が最後。あいつ等だけは……

 俺に最高の幸せを与えてくれた家族だけは絶対に、幸せにしてみせる。

 待っていてくれ、ちゃんと帰るから】



 嫌な声だ。

 耳を塞ぎたい。

 記憶を消してしまいたい。


 それでもこれは現実だ。


 僕が殺す他人の希望だ。


「どうしました?

 酷い汗ですよ……」


 額に手を当てると、キキョウの言う通り大量の汗が手に着いていた。


 家族は大切だよね。

 痛い程、その気持ちが理解できる。

 なんて、偽物の僕には口が裂けても言えないな。


 ごめんね。

 僕と僕の家族を守る為。

 そんな、僕の自己満足の為に僕は君を殺す。

 君の夢と、君の希望と、君の未来を。


 粉々にぶち壊す。


 情報は抜いた。

 僕の顔を見たこの人を。


 生かす理由は何もない。


「私がやりますよ。

 子供にやらせるような事じゃない。

 貴方に、全ての責任を擦り付けて良い筈もない」


 キキョウがその銃口を、彼へ向ける。


「駄目だよ。

 これは僕の役目だ。

 僕がやらなきゃ駄目な事だ」


 地獄への切符は僕が貰う。


「この呪いは、僕が貰う」


「あまり、私を嘗めないで下さい」


 僕の肩を抱き寄せて、彼女はしゃがむ。


「手を掛けて」


 ――そうか、君は。


 彼女の手の上から、僕は引き金に手を掛けた。


「これは、私と貴方でやった事です。

 どれだけ取り繕っても、私達は私達の幸福の為にこの人を不幸にする。

 その事実に変化はない。

 だから……一緒に、やるんです」


 勘違いしていた。


「それが、【本気で願う】という事でしょう」


 その覚悟の籠った瞳は、死人の様に黒く。


「3……2……1……」



 僕等は同時に引き金を引き、その男を殺した。



 死体を見ながら、彼女は屈めた腰をまた上げる。

 それを見上げて、僕は言った。


「君さ、人殺した事ないでしょ」


 カタカタと伝わる震えを、誤魔化す様に僕から離れた。

 それが分からない程、察しは悪くはない。


「こんな事を何度も続けるのは、異常が過ぎますよ」


「そうだね。

 君の言う通りだよ……」


「でも、良かった。

 私はちゃんと殺せた……

 頼らせて頂いて、ありがとうございました」


 その瞳に、どんな過去が写っているのか。

 そんな物は見えないし、術で覗こうとも思わない。


 けれど口ぶりからして、彼女にとって『人殺し』は先の道に必要な事らしい。


「何も知らない僕的に、勝手な事を言わせて貰うと……

 君はまだ、戻れると思うよ」


 お節介な事を言ってしまうのは、きっと歳のせいだ。


「……自分で決めた道なので」


 でも、煩く言えるほど清い人生も送ってない。


「そっか……」


 会話を止めて、僕は彼等の死体を漁る。

 呪力の籠った指輪を人数分回収した。

 これが、彼等の異能の正体だ。


 まぁ、僕の魔術の前じゃ無力な出力だったけど、改造すれば何か使い道くらいあるだろう。


 戦利品は貰っとく。


「ねぇセリカちゃんってさ、お金持ちなのかな?」


「分かりませんが、毎度億単位の報酬を貰ってるみたいですよ」


「じゃあさ、僕のバイト代13億円で良いって言っておいて」


「法外な価格設定ですね」


「また、何かあったら手伝うからさ」


「……言うだけ言って置きます」


「ありがとう」


 センチメンタルな気分だ。


 なんて、今更僕みたいな人間が何言ってるんだって話だけど。


「それにしても、本当に疑問です。

 貴方は一体、何者なんですか?」


 それでも、この世界で初めて。


 平和で幸福だった。

 白かった世界で初めて。


 初めて染めた殺人鬼の手の赤みが。

 調子に乗っているとしか言いようがない悲壮感が。


 僕の口を軽くした。


「……僕は転生者だよ。

 これ内緒ね、キキョウさん」




 ◆




「え?」


 女性が玄関を開けると、アタッシュケースが置かれていた。

 その上に、ペンダントと指輪がある。

 それは、女性にとって何度も見た覚えのある物の気がした。


 恐怖に震える身体を抑える様に、怯えながらそのロケットになっていたペンダントを開く。


 自分と娘と、夫の写真が中に入っていた。

 指輪の裏には、己の名が刻まれている。

 そして、ケースの中身は大量の貨幣。


 それらを見て、彼女は察してしまう。


「貴方……」


 青い空を風が凪ぐ。


 涙が、零れた。

 涙が、溢れた。


 声が、枯れた。


「ママ……?

 どうしたの?」


 空きっぱなしの玄関の奥から、声を聞きつけた少女が現れる。


「ごめんね、ごめんね……」


 母親は少女を抱き締めて、何度も謝罪の言葉を繰り返した。

 それは、少女に向けてというよりは天に向けての言葉。


 もっと早く、ちゃんと考えて置けば良かったと。

 そんな、後悔の言葉だった。


「パパ、帰るの遅くなるんだって……」


 涙を流す母親を見て。

 心配しながら、だからこそ笑顔を浮かべて。

 気遣う様に、金髪のその娘は言う。


「大丈夫だよ!

 私良い子で待てるから!」


 その笑顔に縋りつく様に、母親は娘を抱き締めた。


「ごめんね、瑠美るみ……」

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