第6話 獅子六門
10時過ぎ。
夜、皆が寝静まった後。
僕は、のそのそと布団から出る。
横で寝る家族に快眠の魔術を掛けて。
小さく「行ってきます」と残した。
ランドセルを開けて、中に保管しておいた手紙の内容を読み返す。
『これを君が読んでいるという事は、私はもうこの世に居ないだろう』
そんな、文章から手紙は始まった。
『なんて、アハハ!
冗談冗談、騙された?』
殴りてぇ。
態々笑ってる表現を文章に書くなよ。
『さて、本題を書こう。
全く同じ日の同じ時間に別の任務を貰ってね。
でも、別件があるって断れる状況や相手じゃなくて。
そもそも、私には仲間や部下って呼べる存在はキキョウしかいない。
だからこれは、十中八九分断して削ろうっていう罠だ。
頼れる相手も思いつかず、君へのお願いを使う事にした。
キキョウと一緒に、そっちの仕事を片して欲しい。
勿論、2人とも死んじゃだめだよ?』
それと一緒に、空間属性に分類される魔力の込められた紙が2枚入っていた。
遊園地とかに入るチケットに似た形状。
キリトリ線を破る事で、目的地までの空間跳躍が可能。
これ、作るのに幾ら掛かるんだろ。
2万枚くらい欲しい。
1枚は、既にキキョウに渡してある。
予定の時間まで残り10分。
ランドセルの中身を取り出し必要な道具を揃える。
父さんが飲んだワインの瓶。
空になったそれを拝借して、僕の魔力を水に薄めた物を蓄えている。
これを経口摂取で取り込む事で、魔力の回復になる。
まぁ、空気に触れれば劣化するから蓄えて置けた量は、僕の魔力総量と同等程度だけど。
取り合えず、家庭内にある使えそうな物を幾つか見繕って準備を終えた。
丁度。
時間だ。
「さて、何処に飛ばされるのかな」
左右にあるキリトリ線の片側。
『行き』と掛かれた方を破る。
確かにその瞬間、僕の身体は空間を超えた。
◆
薄暗い……地下……だろうか?
ランタンの光だけが、淡く残る。
「こんにちは」
キキョウが既に待っていた。
ランタンを手に持ち、僕へ挨拶してくる。
「こんばんはじゃないの?」
「違いますね。
ここの現在時刻は午後4時半くらいですから」
「海外って訳だ」
僕がそう言うと、訝し気にキキョウは僕を見る。
「もう少し、子供っぽくしてみたらどうですか?」
「今更何言ってるのか。
それで、任務内容を教えてくれる?」
あの手紙には、依頼内容はキキョウが知っていると書かれていた。
夕方はそこまで時間が無かった。
何せ、小学生だし。
帰らないと心配される。
だから、詳細は現地に着いてから聞くと言う事で別れたのだ。
「歩きながら話しましょう」
そう言って、キキョウがランランを通路の先へ向ける。
足元は砂で埋まり、天井と壁は四角いブロックで造られている。
石でできてるが、接着部分はモルタルだ。
この世界の事を勉強して置いて良かった。
基本的な元素や法則は僕の世界と同じ。
ただ、対応する言葉を憶えるのが面倒だったんだけど。
科学技術とか調べるなら日本語と英語は必須だし、ある程度は憶えた。
科学には興味がある。
魔術の転用へもかなり使える分野だ。
まぁ、パソコンを触れる機会がまだ少ないので、中途半端な知識ではあるけど。
「何をしているんですか?」
「んー、暇だから推理してたんだ。
ここ何処なんだろうって」
「……分かりましたか?」
「この通路に使われてる石材、一番多い石が花崗岩で、他には玄武岩、珪質砂岩やトラバーチンも見られる。
接着は石こうモルタルかな?」
支配術を用いて調べた結果だ。
多分あってる。
「石一つの重さは、2・5tくらい?
そして、日本との時差はマイナス6~7時間」
ここまでわかれば、大体察しは着く。
加えて、怪異退治を生業とするセリカちゃんが呼ばれる訳だし。
地名も大体分かる。
「エジプトのピラミッドだったりする?」
「もう少し、可愛げの欲しい子供ですね」
それが、キキョウの答えだ。
合ってたらしい。
「あるでしょ、ランドセル背負ってるよ?」
「……」
無視すんなよ。
「ただ、ピラミッド内部ではなく、スフィンクスの下部から続く通路です。
まぁ、現在は政府によって封鎖されているので理由が無ければ立ち入る事はできませんけど」
「何があるの?」
「ラビリンス。
地下迷宮ですよ。
部屋数は1500以上。
全容は神殿型らしいですが、埋まっているのでそれを見る事はできませんね」
「え?
そんなに長い事ここには居られないよ?」
「ご心配なく。
私たちの目的は探索でも調査でもありません」
「じゃあ何?」
「――着きました」
通路の奥。
大きな広間に出て。
その更に奥に扉が見える。
扉の数は計6つ。
並ぶように設置されている。
そして、その扉が後からつけられた魔道具である事を僕の目は見抜いた。
「結界か」
「はい。
あの中の物を閉じ込める為の物です。
では、任務の説明を」
「嫌な予感がするから聞きたくない」
そんな僕の願いを無碍に無視して、キキョウは口に出す。
「防衛です」
6つの門が勢いよく開く。
門に蓄積された魔力が『0』になったのだ。
ただ、開いた門は空気中の魔力を吸い取り、結界用の魔力を再充填し始めている。
測定してみると、最大になるには3時間程掛かる計算だ。
「グゥ……」
「アァ……」
門の向こうから、何かがゾロゾロと現れる。
「古代の人間が夢見た蘇生と転生。
その夢を最悪の形で叶えた人類終末装置。
それが、ラビリンスです」
そう言った、キキョウは銃を懐から取りだした。
3年前に見た自動拳銃とは少し違う。
リボルバーだ。
その銃弾が発射されると、赤い線が軌道に残り、ミイラの一体に命中する。
けれど、敵はアンデッド。
銃弾程度が与える損傷で止まるとは思えない。
そんな僕の予想を無視して、撃ち込まれたミイラから赤い棘が大量に飛び出して来た。
「何その弾」
「魔弾・
命名は篠乃宮さんですが、私が作れる特殊な弾丸です」
この世界に置いても、魔術や魔力の法則は僕の世界と変わらなかった。
それは、何度も実験して確かめている。
ならば、彼女のそれも『召喚術』『支配術』『制御術』の何れかを用いて作成された物だ。
作れる。
その言葉から推測すると召喚術だろうか。
召喚術は、魔力を消費する事で無に有を召喚できる。
それは、現実に与える改変量から算出される量の魔力を消費する事で、想像できる物なら理論上なんでも召喚できる。
けど、召喚する物は身近になる位のイメージが必要だし。
それに、支配術や制御術と比べて魔力効率は悪い。
だから、僕はあんまり召喚術を使わない。
思考を戻そう。
この弾丸だ。
確かに強力な弾ではある。
しかし疑問は、何故か銃に装填しているという事だ。
そんな事をしなくとも『回転しながら真っ直ぐ飛ぶ』という特性ごと召喚すればいいだけ。
それなら、空気抵抗や重力を無視できるオプションすら追加できる。
それに、銃弾にする為に薬莢構造を追加召喚する必要がある筈だ。
それは幾らなんでも魔力の無駄遣いだろう。
という事は、召喚術じゃない。
という事は……支配術。
「付与術か」
僕の言葉を耳に入れた彼女は、少しだけ目を開く。
「……」
「もしかして、図星だと黙るクセある?」
「一発で見抜かれたのは初めてです」
「見抜いてないよ。
銃弾に何を付与しているのか分からない」
付与術は、支配術の一種だ。
魔力を流し、特殊な効果を付与する。
与える効果は、召喚術で召喚された法則だったり、支配術で強化された特性だったりする。
あの弾丸に込められた効果がどういう物か、もう少し分析してみないと分からない。
「ですが、貴方の力は必要ありませんでしたね。
この程度の敵なら、私一人で対処できる」
自信の籠った表情で、彼女は言う。
確かに、出てくる数は毎分10~15匹。
攻撃方法は近接戦闘だけだし、鈍間だ。
再生能力がありそうだが、軽傷でなければ起動しない。
銃弾の再装填を考えても、余裕で殲滅できる。
魔力が尽きない限り、キキョウは負けない。
「でも僕、とっくに門限過ぎてるから早く帰りたいんだよね」
ランドセルを地面に置いて、中からワイン瓶を取り出す。
「何やってるんですか?
まさかここで飲み始める訳じゃないですよね」
「そもそも小学生だし。
そんな訳ないでしょ」
グラスを一緒に出して、中身を注ぎながら門へ近づいていく。
目の前から向かってくるミイラが、後ろから放たれた銃弾で撃ち抜かれた。
援護どうも。
「何をするつもりですか?」
ミイラの間を抜けて、門まで歩いた。
「こうするんだよ」
液体を、門にぶっかける。
この門は空気中の魔力を吸収し、魔力を充填している。
だが、気体燃料より液体燃料の方が純度は高く、吸収効率も速度も段違いだ。
僕の世界で『魔力ポーション』。
そう呼ばれていた液体は、即座に門の魔力を回復する。
一門閉門。
「何をしたの……?」
「そのまま僕の援護よろしく」
内部から弾けていくミイラを観察しながら、扉に液体を掛けていく。
近くで観察できたから、キキョウの使っている術式も大体解析できた。
これは、既存の銃弾に血液をコーティングしている。
軌道が赤く見える正体は血だ。
操った血を強化、弾丸の炸裂と同時に茨を形成する能力を付与。
血液は自分の肉体の一部だ。
それは、支配術ではなく制御術の範疇。
自分の身体を操る方が、外の物質を操るよりも簡単で、魔力効率も良い。
当然の理屈で。
故に、威力が高い。
割と考えられた術式だ。
ただ、デメリットとしては一発事に魔力に加えて少量の血を消費する。
けれど、その触媒故の効率と威力。
これは、損を受け入れて余りある得だ。
面白い発想だな。
憶えて置こう。
「さて、これで全部閉じ終わったよ」
六門閉門。
これで仕事は終わりだね。
「毎年、結構困ってるらしいんですけどね。
時間が経つほど、上位のアンデッドが湧き始めるとかって」
「そんなの相手にするだけ馬鹿らしいでしょ」
それに、相手はまだ残ってる。
僕は連戦が得意じゃない。
限りある少ない魔力を何に使うか。
それが、僕の戦術の全てだ。
だから、僕はミイラを相手に術式を一つも使えなかった。
二度、同じミスはしない。
「隠れてないで、出てきなよ」
セリカちゃんの手紙の内容から、この状況は容易に想像できた。
僕が敵でもそうする。
セリカちゃんに助手はキキョウしかいない。
その助手を、折角セリカちゃんから引き離した。
敵の狙いが、セリカちゃんの勢力を削る事なら。
狙うなら、弱い方。
狙うなら、今だよね。
『――気が付かれていたか』
ゾロゾロと、漆黒のローブを羽織った者共が、僕等の歩いて来た通路を塞ぐように現れる。
魔力と姿を隠密する術式。
けど、内容は三流だね。
周囲の魔力事消してたから、逆に簡単に気が付けた。
その数は13人。
骸骨の様な仮面をつけた……
暗殺者って所かな。
この状況を作り出すために、2つの仕事を同時に与えた訳だ。
魔力は十分。
キキョウも素で僕の10倍近い魔力があるから、まだ残ってるだろう。
十分戦える。
問題は相手の練度だけれど。
まぁ、セリカちゃんにビビる程度なのは間違いない。
「心配しないでキキョウちゃん。
僕がお願い通り、ちゃんと守るから」
「気が付いていたんですか?」
「当然でしょ」
この状況の解決方法は、一つしか思い浮かばなかった。
それは僕が、ずっとやっていた方法で。
思考に染みついている方法だった。
それを自覚して、自虐的な乾いた笑みが零れた。
「はは。
それでも億劫だよ、人を殺すのは……」
例え別世界に転生した所で、人間早々変わらない。
それを、自覚させられる様に。
僕は、魔力を操り始めるのだった。
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