第4話 怪異探偵
女は2人居た。
俺に話しかけて来たコートを羽織る赤毛の女と。
その横に控える様に立つのは、確か「すーつ」とかいう着物に身を包んだ少女。
10代後半くらいで、こっちはピンク色の髪を後ろで縛っている。
「ぼく、まいごです」
「うんうん、かあいいね。
そういうのいいから」
「ッチ……」
「ねぇ、舌打ちしたんだけどこの子!
可愛くない!」
赤毛の女は、黒い何かの上に座っている。
その上で煙草を蒸かす。
形は棺の様な何かだ。
けれど、通常の物より高さがある。
ちょうど、座ると足がブラつくような感じ。
魔力探知でも一切中身が分からない。
なんだあれ……?
「協会の魔術師?
それとも、この土地の陰陽師かな。
でも、近くの組織には私がここの掃除をするって通達されてる筈なんだけどなぁ。
まさか、外国から逃げて来た術師がこんな厄介事に自分から首を突っ込む訳無いし。
そもそも、変身術でも何でもない子供よね?
ねぇ、説明して貰えるかな?」
煙草の火を、隣のスーツの女が持っていた灰皿へ消す。
同時に、スーツの女が胸ポケットから拳銃を取り出し、僕へ向けた。
「篠乃宮さんの質問に答えて下さい」
「しののみや……?」
「そ、篠乃宮セリカ。
セリカちゃんって気さくに呼んでくれていいぜ。
君が明日も生きてたら」
「ならセリカちゃん、そっちこそ何者なのか教えて欲しいな」
「探偵だよ、表向きは。
裏向きは怪異専門の退治屋ってとこかな。
まぁそれも、私に回って来るのは国家の危機的な奴だけなんだけど」
そう言って、彼女は俺に名刺を投げ渡してくる。
まだあんまり漢字読めないんだよね……
にしても、国家の危機か。
あの程度の魚人の集団が?
「あぁ、こっちは助手のキキョウちゃん」
「どうも」
銃とか持ってる訳だし。
一般人の可能性はないか。
「じゃあ僕は、通りすがりの魔術師かな」
「それで、納得できないって分かってくれるよね?」
「別にいいでしょ。
貴方達が魚人を討伐する為に来たって訳なら、もう危機は去ったって事になる。
仕事が減ってラッキーだったね」
「いいや、君が居る。
もし、君があの深海人を退けたって言うのなら、君はそれ以上の脅威って事になる。
今なら疲弊してるだろうし、倒しやすそうだね」
面倒この上無い。
嫌な予測をする。
合っている所が、厭味ったらしい。
多分、僕自身の事は分かってない。
けど、探るなら僕の顔だけで簡単に調べられるのだろう。
国家所属みたいな事を匂わせてる裏には、そういう意図が垣間見えた。
でも、それを聞いて安心した。
昔の僕と同じじゃないか。
そういう相手との相対の仕方は心得てる。
「見逃して下さい」
そう頭を下げる。
「へぇ」
別に、命乞いって訳じゃない。
「僕は
別に魔術師とか、そういうのに関わりのある家系じゃないよ。
突然変異とでも考えてくれるといいかな」
「だとしたら、尚の事放置はできないと思うんだけど」
「僕を国家に報告するのは、貴方達にも得策じゃない」
「一応、聞かせて貰おっか。
どういう意味?」
「僕を貴方が最も利用する方法は、貴方個人が僕を扱う事だよ。
僕は強い。貴方が駆り出される様な内容を一人で解決できるほど。
その力を、貴方の為に一度だけ使う。
それで、見逃してくれないだろうか?」
国に飼われれば、僕の力は国の物になる。
国、なんて物が一枚岩である事は無い。
この人がどういう目的と思想で、どういう事をしたいのか。
それは知らない。
けれど、その目的の為に僕という戦力は有用な筈。
少なくとも、そう思わせろ。
常に権力争いと他組織との足の引っ張り合いに巻き込まれる。
それが、国の内部という物だ。
その時、僕という国家に一切関係のないカードは切り札になる。
僕が強ければ尚更だ。
「なんていうか……
子供と話してる気がしないね。
君が逃げない保証は?」
「逃げる選択が取れるなら、もうアンタ等を殺してるかな」
「ッ……!」
キキョウと言った女が、僕の足元へ発砲した。
砂の中に銃弾が練り込む。
「篠乃宮さん。
この少年は危険です……
ここで、殺しておくべきです」
「そうだね、見れば分かるよ」
「がっかりだ。
まさか、そこまで腰抜けとは当てが外れたよ、セリカちゃん?」
僕が煽る様にそう言うと、セリカはまた吸い始めた煙草の煙を、ため息を付く様に空へ吐いた。
「はぁ……
いいだろう」
「篠乃宮さん!」
「仕方ないだろ。
彼と戦っても、割を食うのはこっちだよ。
それに、彼には理性がある。
取引で解決できるのに、暴力に頼るっていうのはあんまり人間的じゃないしね」
キキョウの銃を降ろさせて、セリカは僕へ言う。
「感謝するよ。深海人を撃退してくれて。
正直、私とこの子だけじゃ勝てるか不安だったんだ。
それじゃあね、気が向いたら君に連絡してみるとするよ」
棺から飛び降りて、彼女は後ろ手を振って歩いていく。
「グッバイ」
「あ、ちょっと待って」
僕の呼びかけに、セリカは振り向く。
「ちょっと、コインランドリーに行きたいから保護者としてついて来てくれない?
後、小銭が欲しいな」
僕がそう言うと、セリカは大きく笑った。
「あっははは!
いいよいいよ、全然いいよ。
幼児からカツアゲされたの、生まれて初めてだし」
それを、キキョウという女はジト目で見ていた。
その後は、コインランドリーで僕のズボンを洗って乾燥させた。
待っている間少しだけ事情を聞いて、今度こそ僕たちは別れて帰路につく。
最後に。
「あと、変な気は起こさないでね。
君と戦うのは面倒そうだし。
お姉さんとしては、君を殺したくないんだ」
そう、言い残して。
これが、僕と怪異探偵との最初の出会いだった。
◆
「なんか、修ちゃんのお服、うちで使ってる柔軟剤と違う匂いするね?」
「き、気のせいだよ……」
母親の直観とでも言うのだろうか。
ちゃんと裁縫までしたのにバレかけた。
今日も家庭は平穏である。
魔術とか異能とか、そんな事とは関りはない。
「にいちゃ」
「おにぃ」
なんて、弟と妹に言われる。
こんな、ラッキーイベントが起こったりする。
前世じゃ、考えられない世界と日常を享受した。
あの探偵と会ってから一月が経過したが、音沙汰は特にない。
まぁ、流石に直ぐに一度の権利を使う用事も無いだろう。
僕の毎日は、また魔術に没頭する物に戻った。
ある程度、普通に歩けるようになった。
魔術の補助もあれば、結構移動範囲もある。
そろそろ頃合いだろう。
前世では未習得の術式を覚え始めるとしよう。
前世で僕の趣味は、魔術論文を読む事だった。
この世界風に言うなら、新聞を毎日読んでるおじさんに近いかな。
でもま、その知識を実戦的に使用する場面なんて殆ど無かった。
読んでも、特殊過ぎて覚えるにはかなりの時間が必要になる物ばっかりだったし、殆どは戦闘用じゃない。
それを憶える時間もやる気も無かった。
でも、今はある。
僕が前世で使えた魔術の種類は30種程。
これを増やすため、読んだ論文を思い出す。
魔力の量は術者の才能。
術式の数は術者の練度。
己が天才ではないのだとしても、できる事から逃げるべきじゃない。
そんな事、ずっと昔から分かっていた筈なのに、何もしてこなかった。
けれど。
今更なんだろうけど、頑張ってみる。
その間、魚人や他の異形に出会う事もしばしばだが、特に問題なく処理できた。
異形を狩る者がいる事も分かったので、それらに対して細心の注意を払うようにもなった。
制御術の魔力隠蔽や魔力操作の練度を上げる理由にもなってくれた。
術式の習得数もトライ&エラーを繰り返し、順調に増えた行った。
僕がこの世界に転生して3年、僕は小学校に入学する事になる。
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