第3話 独りの夜
砂浜に何かが上陸を始めた。
その数は圧倒的。
一個中隊以上だ。
海から足を運んだのは、人間では無い。
「シーーシーーシーー」
「キィーキィーキィー」
そんな鳴き声と共に現れた。
薄青い鱗に覆われ、ギョロギョロとした目を動かし、水かきを手足に持った人型の怪物。
「魚人……」
僕はそれを見て、そう呟く。
魔力を持っていたから、何かと思えば。
魔物って事か……
そりゃ、漏れた魔力を隠蔽もせずに適当に突っ込んでくる訳だね。
砂浜にあった漂流物の中から、手頃な木の棒を拾う。
3歳児の身体だと余り重い物は持てない。
しかし、身体強化で無理矢理立つ。
召喚術、支配術共に、僕は並み以下にしか使えない。
標準的な人間魔術師の十分の一程度の魔力しか持って生まれなかったからだ。
けれど、そんな僕にも特技と呼べる物はある。
没頭し傾倒して手に入れた。
制御術、魔力コントロールだ。
制御術に限って言えば、僕以上の人は数人しか見た事が無い。
それに、三ヵ月間それだけをやって来た。
僕の制御術の能力は転生前以上。
ならば、僕にも
正眼に木の棒を構え、己の身体を鼓舞する様に呟く。
「来なよ」
魚頭が言葉の意味を理解しているとは思えない。
けれど、僕の意思は伝わったようだ。
奇声を上げ、上陸した魚人共が群がって来る。
制御術の基本のキ。
身体強化。
全身の運動能力を強化、更に多少感覚系の強化も実行する。
ただし感覚器官は強化できても、脳の要領自体が増える訳じゃない。
感覚強化は、ある程度にしか使えない。
それでも、僕は使える全てを使わなければ、普通の術師程度にも戦えない。
それを、誰よりも自覚しているから。
「シー!」
尖った爪を僕へ向けて、襲い掛かって来るソレの。
「静神流剣術」
それは、僕が憧れた勇者が使った剣術。
見様見真似程度の練度だけど、お前等には十分だろ。
木刀で腹を殴る。
瞬間、僕は支配術を起動する。
術式名は『マナ・エクスプロージョン』。
木刀に流した魔力を更に相手の身体に流し込み、その生物の保有する魔力の制御権を奪い取る。
その奪い取った魔力で、爆裂魔法を起動し、相手を体内から爆散させる術式だ。
「シ――?」
ボン。
短い破裂音と共に、打った場所を破裂させ魚人は死んだ。
にしても、言うほど簡単な術式ではない。
相手の魔力に干渉するって事は、相手も制御術で魔力権を奪われない様に抵抗して来るって事だ。
知性に劣る魔物じゃなきゃ成立してない。
それに、木刀が相手に触れている時間は1秒にも満たない。
その一瞬で、魔力を流し込み術式を起動する。
そんな、繊細極まるコントロールが必要な術式だ。
きっと、こんな面倒な戦い方をする魔術師は僕くらいの物だろう。
情けない。
才能もないクセに、魔術に縋りついて……
それでも、良かったとも思うのだ。
だって、魔術に縋ったから、僕は僕の家族を守る事ができる。
「第一秘剣・
それは、相手の行動を読み切るカウンターの剣術。
それは、一撃決めれば勝てる僕の術式と相性が死ぬ程良い。
ボン。ボン。ボン。ボン。ボン。
破裂音が連鎖する。
身体強化と感覚強化、そして相手の動きを見切る剣術。
相手の魔力を使う事で、普通に爆破魔法や燃焼魔法を使うより、圧倒的に低コストで実行できる支配術。
二つを組み合わせた、温存の戦術。
僕に大規模で強力な魔術を扱えるだけの魔力は無い。
代わりに、僕はあらゆる魔術を状況に合わせてチューニングする事ができる。
「水の様にに澄んだ戦いは僕には無理。
精々、泥試合が関の山だ。
だから、付き合って貰うよ。
泥沼の白兵戦だ」
持った武器は木の棒一本。
身体は3歳児。
敵の数は300強。
前世なら、絶対逃げてるな。
でもさ、家族の顔がチラつくのだ。
種族間戦争も飢餓も病死も、この世界にはあんまりない。
たった、これ位の無理で守れるなら、命なんて幾らでも掛けて上げるよ。
何、昔の仕事に比べれば十分やりがいのある仕事さ。
「ギョーーギギョギョーーー!!」
一匹だけ、他より巨大な魚人が居る。
手には三又の槍を持っていた。
見て分かる、大将クラス。
内包する魔力量や、魔力の静けさも他とは一線を画す。
「でも、僕は君を強そうだとは思わないな。
だって、僕なんかでも倒せそうだし」
魔物や魔術師は、魔力を見る事ができる。
それで相手の動きを察知したり、簡単な感情を読む事もできる。
けれどそれは、逆に言えばつまり『誘える』という事だ。
フェイクだって、制御術の範疇で。
僕のフェイクは、並みじゃ無いよ。
偽物と嘘ばっかりの僕の人生、見せて上げる。
「はぁぁあああああああああああ!」
怒号と共に魔力を解放する。
その声に意味何かない。
その魔力にも意味何かない。
でも、敏感な君は勝手に読み取って、勝手に挑みかかって来てくれる。
だから、魔力の残り香をそこに置いて、僕は一歩下がる。
もう一つ、制御術に由来する特技がある。
僕は、支配術を身体の何処でも使える。
それこそ、靴程度なら貫通して地面に対しても。
「ギョ!?」
こけた。
砂を硬化させた。
たった、それだけの術式で。
下がった一歩を踏み込んで、木刀を振り上げ走り抜ける。
通り過ぎ様、頭を殴った。
一瞬の出来事、でもこれで。
「ギョォォォォ!!」
あぁ、痛い。
「魔力抵抗も、雑魚とは違うか……」
起き上がった魚人の振るった槍が、僕の足を貫いた。
児童虐待なんてレベルの怪我じゃないよ。
最悪だ。
洗濯機の使い方なんて、分からないのに。
「でもいいのかな。
槍越しとは言え、僕に5秒は触れてるよ」
支配術『マナ・ライトニング』。
体内の魔力の一部を電気に変換し、体内から感電させる。
魚にはうってつけの魔術だろ。
「ギョア、エ、ア、エ、ウ、エ、イ、エ、オ、エ!」
光を放ち感電する。
槍を抜いて、そんな魚を見る。
サングラス欲しいな。
でも、その声は何か言葉の様にも聞こえて……命令って訳かよ。
「面倒くさいな……」
周りに居た魚人共の口に水属性の魔力が集まっている。
その照準は全て僕へ向いていて。
「ギョ!」
「ギャ!」
「ギュ!」
「シッ!」
「キィ!」
一斉に、超高圧の水鉄砲が発射される。
僕は身体の動きを停止させる。
身体強化も感覚強化も、木刀へ流していた魔力もキャンセル。
全ての計算領域を使い、単一の術式を起動する。
「マナスティール」
球体の薄い膜が僕の周りを覆う。
召喚術で生成した結界だ。
けれど、そこに強度は一切ない。
代わりに、僕の支配術の領域拡張付与をしてある。
つまり、【この結界に触れた魔力は、僕の支配術の対象になる】
「反転」
少し角度を付けて、水鉄砲を折り曲げる。
相手の魔力を使って、敵を殺す。
それが、僕の使える唯一で卑怯な戦術だ。
一掃。
複数の水流を並列に操って、魚人の身体に穴を開けていく。
術式の同時制御も、一応特技の一つだ。
大将が死に、魚人の大半も死んだ。
残った魚人たちも海へ逃走を始めている。
どう見ても、僕の勝ちだ。
でも、僕の魔力は半分以下まで減ってる。
身体強化術式及び、武器に纏わせた魔力。
そして、相手に流し込んだ魔力と、結界の生成と維持に必要な魔力。
たったこれだけで、魔力の底が見える。
コスパは良くてもリソースが少なすぎる。
連戦になったら絶対に負けるな……
さっさと帰ろう。
足の傷を治癒術式で修復しながら、帰路につこうと思った。
その時だった。
「あっれれぇ……
どうして私が来る前に敵が全滅しちゃってるんだろぅね。
そこの少年、何か知ってる?
いやぁ、まさかこの状況で逃れられるとか……
流石に思ってないと思うんだけどね?」
何か、途轍もなく嫌な予感がする。
この何かに関わってはいけないと、全魔力が警報を鳴らしている。
当然か。
人間誰でも、魔力は持っている。
それは、僕の兄弟や親でも同じ。
なのに僕は、この女の接近に一切気が付かなかった。
つまり、魔力を隠蔽する方法を持っている。
という事だ。
いつの間にかそんな何かに、僕は凝視されていた。
「君、何者なんだい?」
女は、僕を絶対に逃がさないというような鋭い目つきで、そう聞いて来た。
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