幼少編

第2話 魔術研究


 転生して90日程が経った。

 やっと、日本語という物が少し理解できるようになって来た。


 魔術言語や多国語を含めると、第四言語になる。

 今までの言語の覚え方がかなり役立った。


 幾つかの単語も覚え、母親の言っている事が理解できるようになった。

 目を盗んでPCという電子機器も触れる。

 ある程度、この世界の事は調べる事ができた。

 電子機器とは便利な物だ。


 どうやら、この世界は僕の居た世界とは全く異なる世界観を持った場所らしい。


 地球という惑星の日本国家。

 僕の居た世界とは全く違う、科学の発展した世界。


 僕の居た世界でも科学は使われていたけれど、ここに比べれば大した物では無かった。


 ただ、代わりに魔術という物が全く浸透していない。


 僕が魔力を使える以上、他にも使っている者がいないとは思えない。

 が、少なくともこの技能は一般的では無さそうだ。


 最初から言語を聞き取れなくて良かった。

 母親に開口一番、魔術の話なんてすれば病院に直行だっただろう。


 僕の生活圏は、現状家と保育園だけだ。

 7日の内、4日保育園で3日は家で過ごす。

 家には、母親の他には兄弟がいる。


 弟と妹は3つ下の、双子である。

 生まれてすぐで、まだ一単語も喋れない。


 本当は専業主婦の母親も僕を保育園には入れたく無かったらしいが、3人を面倒見るのは流石に厳しいらしい。


 まぁ、僕の世界の常識で言ったら『保育園』なんて物がある事がもう凄いんだけど。


 父さんは基本的に仕事で家には夜と朝しか居ない。

 休みの日は7日に1日あって、その日は家族で過ごす。


 役職は「ぶちょう」と言ってた。

 まだ、僕には良く分からない単語だ。


 まぁしかし、今の僕に家族の事は余り関係が無い。

 どうせ、自由に動く事も難しい身だ。


 ハイハイして家を探索してた時もあったが、90日もあればとっくに探検終了である。


 僕が何故、この世界にやって来たのか。

 その理由は未だ全く不明だ。


 僕という本物ではない子供が、当然のように両親の加護や溺愛を受けて良いのか。


 それも、折り合いなんてついていない。

 けれど、今はその加護が無ければ生きられない。

 もう少しだけ成長したら、機を見て話そうと思う。


 それまでは、少しだけこの平和な世界で、自由な暇を過ごしてもいいだろうか。


 誰に願うでもなく。

 僕はそう祈る。


 何をしていいか分からない。

 そんな時、僕は魔術に逃げる癖がある。


 僕に魔術の才能は無い。

 それでもこれに縋るのは、僕にはこれしかできないからだと思う。


 魔術の鍛錬、研究究明。

 いつも通り、それを始める事にした。



 魔術とは、体内の魔力を扱って行う技術の総称だ。


 それは大きく三つの術科に別れている。


 召喚術。

 支配術。

 制御術。

 の三科目だ。


 召喚術は、その場所に存在しない物を召喚する事ができる。

 支配術は、魔力を流した物体を支配し、操作する術の総称。


 制御術は、これら二つの術をどれだけ効率的に利用できるか。

 つまり、魔力の運用技術に関する総称である。


 例えば、召喚術をさらに細分化した一つである「元素魔術」。

 それをさらに細分化した一つの「火属性」。

 その中の一種である「ファイアーボール」の魔法。


 の様な形で、召喚、支配、制御の三つの技術から下る様に術式の要素は構築されていく。


 応用編だと、二種以上の技術を複合した術式なども存在する。


 僕は、まず思い直す意味も含めて基本から始める事にした。


 とは言え、鍛錬と言っても魔術師の能力は才能が9割を占める。


 魔術師の力量を決定する魔力量は、後天的に成長しないからだ。


 だからこそ、僕はB級止まりだった。

 それは、この世界に転生しても同じ。

 僕の中の魔力量は一切変化していなかった。


 では、魔術師にとっての努力とは何か。


 それは『使える術式の種類の総数』である。


 より多くの術式を会得する。

 それだけが、僕に実行可能な努力だ。


 そして、新たな魔術を会得する方法は大まかに二つ。


 既存の術式を反復模倣して覚える事と。

 新たな術式を理論段階から組み立てる事だ。


 もし、転職するなら術式を組む研究職を目指したい。

 そんな理想もあった。


 けれど、僕にそこまでの学は無く。

 時間もお金も無かった。


 けど、今なら全てとは言えないまでも努力できる環境が存在している。


 どうせ、この身体では多くの事はできはしない。


 ならば、自分の趣味に没頭して傾倒するのも……


 なんというか……自分の問題を見て見ぬ振りして来た僕にとっては、分かり易いくらい似合っている。


「保育園に行くわよ」


 母親が僕を呼ぶ。

 いつも通りに。


 この、日常的な雰囲気は居心地が良い。


「はい」


「……修ちゃんは、寡黙って感じね。

 将来はきっとできる男になれるわ」


 感情の起伏の少ない僕を、母親は不安そうに見る。

 けれど、そんな顔をされてどう言っていいのか分からない。


 僕は、貴方の本当の子供ではない。

 もしかしたら、その魂を乗っ取った悪魔かもしれない。

 なのに、この母親は随分と僕を愛してくれている。


 それは父親も同じだった。

 兄弟に対する僕の愛情も同じだった。


 だからこそ考える。

 僕に、そんな資格が本当にあるのだろうか。


 そう思うと、演技をするのも億劫に感じた。


「ありがとう」


 母親は、そう言った僕を不安そうに見る。


 僕は、そんな母親の目を見れない。

 申し訳が立たないから。


 己の身勝手に本当の事を黙っている自分に、恥を憶える。


 それでも、僕は口を紡ぐ。


 右も左もも分からないこの世界が、怖くて堪らないから。

 この場所の居心地が良いから。



 保育園では子供に紛れて。

 けれど少し彼等とは離れた距離感で。

 僕は一人、思考を巡らす。


 目の前の問題から逃げる様に。

 魔術の訓練と思考実験に没頭した。


 魔力操作の練度を増して。

 魔力感知の精度を増して。

 魔力隠密の秘匿性を高める。


 制御術を磨きながら、己の魔術が目指すべき『魔術の極意』を妄想した。


 ただ、魔術に依存するのが心地良かった。




 僕の生まれた街は、海岸沿いにある。

 和歌山県御坊市という場所だ。


 ある日、広域への魔力感知を試していた時の事だ。


 海岸近くの海中に、魔力反応を検知した。


 今までも、何度か魔力反応を感じ取った事はあった。

 家族をそこには近づけないようにする、程度の対応しなかった。


 実際、魔力反応は発生して1時間程度で消滅する事が殆どで、僕が何かをする必要は無かった。


 けれど、今回のそれは規模感が全く違う。


 数は300強。

 海を泳ぎ、この街へ向かってきている。

 もし、前世にこのような行動を行う者がいるとすれば。


 九割九分九厘、敵対行動だ。


 相手は魔力を放出可能な練度にある、何らかの生物。

 一般人等相手にならない。


 この世界の治安維持組織――警察が持つような拳銃で相手にできるとも思えない。


 もしかしたら、明日早朝。

 この街は滅んでいるのかもしれない。


「あぅぅぅ」


「やぁぁぁ」


 弟と、妹と、視線が合った。

 まだ、ベッドガードから一人で出る事もできない。

 そんな幼児で、僕の家族で、僕の守るべき妹弟きょうだい


 でも、本物なんかじゃない。

 僕だけはそれを知っている。


 転生したからって、気分一転なんて簡単な話じゃない。


 僕の本質は、卑怯で、人に恨まれる、才能もない凡人だ。


 分かっているんだ。それは自覚している。


「馬鹿か……僕は……」


 それでもさ。


「大丈夫。兄ちゃんが何とかするから」


 何か、貴方達の役に立てるなら……


 最愛の家族を奪った、最低限の恩返しをさせて欲しい。


「家族……僕には縁遠い存在だと思ってた……」


 前世で家族との記憶なんて殆ど無い。

 両親は僕は10才になる前に死んだ。


 両親は農家で、構ってくれた記憶なんて無い。

 それでも、僕にご飯をくれて、自分たちは飢えて死んだ。


 けれどきっと、この国じゃそんな心配はしなくて良い。

 だから、初めてなんだ。


 こんなに、幸せなのは。


「行ってきます」


 家族全員眠りについた。

 夜泣きしない様に、弟と妹を魔法で少しあやした。


 その後に。


 深い夜空を飛行魔法で翔ける。

 向かう先は海岸。


 僕は英雄なんかじゃ無い。


 今まで、何人殺して来たと思ってる。

 ちゃんと思い出して、自覚しなよ。僕。


 戦争で、敵の兵士を殺した。

 貴族に頼まれて、罪のない一般人も殺した。

 善人も悪人も、強者も弱者も、老若男女問わず殺した。


 それが、僕に与えられた業務内容。


 魔法師団暗部所属B級魔術師。

 ヒーレン・フォン・アルテレス。


 それが、僕だ。


 愛される資格も。

 愛す資格も。

 きっと、僕には残ってない。


 だから、僕にできる恩返しは一つだけ。


 もし、あの反応が敵であるのなら。



「殺した数が300増えた所で、今更大したスコアじゃ無いんだよ」

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