幸せを売ります、魔法花屋へようこそ

uribou

第1話

「いらっしゃいませ」

「ああ、邪魔するよ」


 うちは魔法花屋。

 魔法で花色や寿命を加工した花を提供する店だ。

 もちろん花に魔法加工をして売る店は王都でもうちだけ。

 花が大きい、品揃えがいい、持ちがいいと評判なのだよ。

 それだけ単価は高くなるので、上流階級御用達だが。


 今いらっしゃったのは初めてのお客様だな。

 身なりのいい二〇代半ばの男性。

 従者がいないところからすると下級貴族だろうか?

 察するにプレゼント用の花をお求めと思われる、が?


「評判を聞いてきたんだ。ここは魔法花屋なんだってね」

「ありがとうございます。さようでございます」

「白い花しか置いてないのかい?」

「置いてある、という意味ではそうですね。販売時に魔法でお好みの色にいたします」

「ほう、なるほど!」

「白だとイメージが掴みにくいということでしたら、試しに色を付けてみましょうか?」

「いや、いいよ」


 やはりこのお客様は目的がハッキリしているようだ。

 先ほどからずっとロサの花を見ているしな。

 ロサはオーソドックスに求婚などに使われる花であるから、もらって喜ぶ女性も多いだろう。


「ロサの花束が欲しいんだ」


 やはり。


「はい、何本ほどお求めでしょうか?」

「そうだな、今この店にあるのは?」

「ちょうど一〇〇本ございます」

「いいね、全部もらおう」

「お買い上げありがとうございます」


 一〇〇は満足や幸せを表す数だ。

 大変よろしいと思われる。

 ロサは高価な花なので、なかなか気軽に一〇〇本も買われる方はいないけれども。


「何色にお染めいたしましょうか?」

「それなんだが。時間とともに色を変化させることができると聞いたんだ」

「はい、可能でございます」


 魔法花屋であるうちのウリだ。

 もらった時の花色が後で変わっていたら、洒落ているだろう?


「そうだな。初めは赤で、今から三時間後に色が変わり始め、一〇時間後には黄色になるように」

「……かしこまりました」


 返事を躊躇したのは理由がある。

 赤いロサは『深い愛』『情熱』『美しさ』などを意味する花だ。

 否定的な意味を持たず、特に問題はない。

 ところが黄色いロサには『友愛』『平和』の意味もあるが、『狂える愛』『嫉妬』の花言葉もあるのだ。

 やや不穏な感じがした。


 まあ赤から黄色というのは鮮やかで美しい花色の変化であるしな。

 深く考えなくてもいいか。


「それから染めるのは九九本にしてくれ。一本は白のまま、私が胸に挿していくから」

「……はい」


 贈るのは九九本ということか?

 幸せの数である一〇〇に満たない欠けた数だ。

 失望や飢えを意味する縁起でもない数だが……。

 どうやら故意だな。

 このお客様は贈る相手を祝う気持ちは薄いのかもしれない。


 一方で白いロサを胸に挿すのか。

 白いロサは『純潔』や『敬意』を表すのが一般的だが、『無関係』の意味もある。

 花を贈る相手と手を切りたいということだろうか?

 いや、それなら赤から白に変化させるだろう。

 赤から黄色に変化させる意図は?


 『狂える愛』『嫉妬』、そして自分は『無関係』

 まさか完全犯罪とか?

 ろくでもない想像に軽く首を振る。


「ここで買った花は願いをかなえてくれると聞いたんだ」

「ハハッ、魔力が介在しますのでそういう噂が出ているようですけれども」


 ウソだ。

 花言葉の解釈次第なので思った通りにならないことも多いが、多かれ少なかれその通りになる。

 私はどうすべきか?


「……最終的に黄色に変化すればよろしいですか?」

「ん? ああ、まあそうだな」

「では私の方から一つサプライズをサービスさせていただきましょう」


 花色変化の間に青を入れよう。

 青いロサには『不可能』の意味がある。

 この客が何を企図しているにせよ、それが『不可能』になるならば……。

 もっとも私の思った通りになるとも限らないのだが。


「こちら花束になります」

「おお、これはダイナミックだな。素晴らしい」

「素敵な夜でありますように」


          ◇


「君!」

「いらっしゃいませ」


 昨日のおそらく貴族のお客様だ。

 今日は女性連れか。

 随分とテンションが高くていらっしゃるようだが?


「彼女と婚約することになったのだ」

「そうでしたか。おめでとうございます」

「君のおかげだ!」

「は?」


 何だろう?

 心当たりがない。


「花束の色を途中で青く変えてくれたのは、君のサービスなんだろう?」

「はい」

「驚いたよ。『奇跡』を意味する青いロサのおかげかな。彼女と婚約できるなんてあり得ないことだと思ってたんだけど」


 確かに青いロサには『奇跡』の花言葉もある。

 だがお客様が何を言っているのか、私には全くわからない。

 お客様の事情に首を突っ込むなど不躾も極まるのだが。


「せっかくですから、どうした経緯でそちらの御令嬢と結ばれることになったのか、お聞かせ願えませんか?」

「そうだな。君には知る権利がある」


 鼻を得意げにピクピクさせるお客様。

 まあそれを話したくてここに来たんだろうから。

 そうした機微を知るのも接客業の努めだ。


 何々? 本来御令嬢は他の男の婚約者だった。

 お客様は昔から御令嬢を好いていたが、他人の婚約者とあってはそれを口に出すわけにもいかない。

 昨日の御令嬢の誕生日を祝うホームパーティーで『愛』と『嫉妬』を表す花束でそれとなく示唆し、また白いロサを胸に挿すことで横恋慕などではないことをアピールした。

 なるほど、そういうことだったか。

 私が考えていたほど不穏な内容ではなかった。


「ところが彼女はパーティー中に婚約破棄されてしまってな」

「えっ?」

「少し前から予兆はあったんです」


 よくある話だ。

 婚約者の真実の愛という名の浮気で捨てられた。

 相手の身分が上のため、そうそう文句も言えなかったらしい。


「そのタイミングでロサが青く変化し始めたんだ。奇跡を起こせとの神の啓示かと思ったね」

「すぐに告白されたんです。胸に挿していた白いロサを差し出されまして」

「彼女は受け取り、そして俺の胸に挿し返してくれた。承諾の印だ」


 ははあ、青いロサが『奇跡』として働いたのか。

 赤、青、黄色の花色の変化が、『愛情』、『奇跡』、『平和』と帰結した。

 そして九九本の花束にお客様の一本が加わることによって一〇〇本となる。

 だから幸せがもたらされた、か。


「いい話を聞かせていただきました。ありがとうございます」

「そこで君に頼みがあるのだ」

「つまりその最後の一本のロサを染めろ、ということですね?」

「ハハッ、正解だ」


 二人は結ばれるのだ。

 『純粋』『無関係』を意味する白いロサでは都合が悪かろう。


「お祝いでサービスさせていただきますよ」

「いいのかい? 実に気分のいい店だな」

「今後とも御贔屓に」

「もちろんだ」


 アハハと笑い合う。


「それで何色に染めましょうか?」


 『熱愛』を意味する赤でもいいが?

 しかしお客様が言う。


「黒くしてくれ」

「わかりました」


 『永遠の愛』『不滅の愛』か。

 ロマンチックなことだ。

 黒くしたロサの花を御令嬢に渡す。

 御令嬢がお客様の胸に黒いロサを挿した。

 

 あっ、ラブシーンは他所でお願いしますよ。

 そういう店じゃないんですから!

 何にせよめでたいことですね。

 できれば当店の宣伝もよろしくお願いいたします。

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幸せを売ります、魔法花屋へようこそ uribou @asobigokoro

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