第13話 天眼鬼

「じぃじが、一緒に行くと言うまでオレ達比処にいる。絶対に比処から出ないから…オレ絶対嫌だか…ら」

後は一太の啜り泣く声と二太の泣き声が重なり聞こえるだけ。


白蛇が、虚の側にかがみ結界が、張られた入り口を手の平で撫でる。


突然張った結界が、消え・中に居る一太は、慌てるが白蛇は、気にも止めずに話を始める。


「一太…お前達の気持ちも考えず少し事を急ぎ過ぎたようだ。工事がすぐに始まる訳では無い。今宵我らは帰る。じぃじとよく話合って、気持ちが落ち着いたらじぃじと一緒に屋敷に来るがよい」

「本当」一太が白蛇に応える。

「本当じゃ…嫌がる者を無理やり連れて行く訳には行かぬ。老と一緒に屋敷へ来い。ここよりずうっと安全じゃ。食べる物にも困らぬ人の姿に脅える事もないぞ」


「うん…」楓と離れることにならず、ひと安心した一太は、虚から出ようとして、顔をしかめた。足の傷が痛み座り込んでしまった。


「足をどうしたのじゃ。どれ見せてみろ」白蛇が、一太を虚の外に出し足の傷を診はじめる。


「犬に咬まれた。」血と汚れでゴワ付くボロ布を慎重に解くが、うっかり傷口に触れる。


「いたっ…痛い」一太が体を強ばせる。


白蛇は無言で残りの布を取り除こうとするが、傷口に布が張り付き無理に剥がせば傷を広げてしまう。白蛇は傷口をみるのを諦め布の上からそっと手の平をかざす。


「あれ…痛く無い」突然引いていく痛みに驚く一太。


「時間がないので、表面の傷だけじゃ…まだ中は回復はしておらぬ。あまり無理はするな」


白蛇が手の甲から何かをむしり取り一太に見せる。それは薄桃色の小さな鱗だった。


「これを飲んだ者は、妾を呼び寄せられる鱗じゃ。屋敷へ移り住む決心が、着いたら、妾を呼べ。危険が迫ったときも我が名を呼ぶが良い。さっ…口を開けろ。大丈夫じゃ洸もこれを飲んだから、妾を呼べたのじゃ」少し脅えながら一太は口を開けた。その隣で二太も大きく口を開き待っていた。苦笑しながら白蛇は、二人に自分の鱗を飲みこみさせた。


「ウヘッ…ケヒョ…」白蛇は咳き込み涙を浮かべ口元を押さえる二人に笑いながら言う。


「困った事が起きたら、妾の名を呼べ。よいか、困ったら白蛇だぞ。は・く・じゃ・よいな」

白蛇はうろこを相手に飲ます事で、相手の呼びかけに応え移動空間で呼びかけた者の元へ行ける能力を持っていた。他に治癒と蛇眼で相手に催眠を掛け操る事も出来た。


「洸…妾は先に行くぞ」移動空間を開け自宅に戻ろうとする白蛇のワンピースの裾をニ太が掴んでいた。


「どうした」白蛇はかがみ込みニ太の頭を撫でる。


「またくる…ニ太まっているよ」そう言うと虚口に寄り掛かっている一太の後ろに隠れ顔だけ出し小さく手を振る。


「老と一緒に屋敷に来い…待っているぞ。老の良い返事を待っておりまする」そう告げ一礼すると移動空間へと姿消した。


後に残された洸も帰ろうと一太に手を振り薄暗くなった帰り道をそろそろ歩き出した。


その前に楓が、ふわりと降り立ち語り始めた。「人間が増え山野が、無くなり自然気も減った。儂らの仲間も消え、多くの妖魔が、この地を去った。儂らは消え去る運命なのだろう。だが子供たちだけは…どうか子供達をよろしく頼む」


洸は大きくうなずき明るく告げる。

「みんな一緒に家に来ればいいから。なっ…一太」楓はふかぶかと頭を下げた。



今夜は足の傷も痛まずお腹もいっぱいな一太は、先に眠ったニ太の横で目を閉じウトウトしていた。


外は雲が、月を覆い隠し遠くで雷鳴が聞こえ始める、どこかで降り始めたのか雨の匂いもする。


突然犬の吠える声が、聞こえるどうやらあの黒い犬の声らしい、何かに怯えているのか甲高い声が続いた。


そして恐ろしい悲鳴が、聞こえたと思ったらパタリと声は、消え再び静寂が戻った。


驚きおそるおそる虚の上を見れば、楓が、枝に立ち川原がある方を凝視していた。


一太も身を乗り出しその方向に目を向けると、巨大な妖魔が、野良犬だった肉片を噛み引き裂き食べていていた。


惨劇を見て恐怖にうっかり声を上げた二太。ゆっくり顔を上げ声の主を探す三つの眼が、じっと辺りの気配を伺う。


「一太なかへ…白蛇を呼べ」そう告げ楓は結界を強めたが、獲物を見つけた妖魔の動きは素早かった。一瞬で社の壊れた屋根に飛び移りあたりを伺う。一太は白蛇を呼ぼうとするが恐怖で声が出せなかった。


犬の顔に猿の体・悪臭を放つボサボサの黒い剛毛が全身を包む。


顔の中心にある、大きな三つの眼球は、赤く充血し獲物を求め忙しく動く。


その下にある二つの鼻孔が、ヒクヒク辺りの匂いを嗅ぎ回り、やがて妖魔は動きを止め血が、滴る大きな口元を歪め地面に、飛び降り楓の周りを四本の足で歩き出す。


「は…白蛇…」一太が白蛇を呼んだその時、体に鈍い振動を感じ恐ろしい唸り声が聞こえた。妖魔が虚口に飛びつき中をうかがっている。楓の結界で姿は見えないが、匂いは隠せなかった。


太い腕をねじ込んで見えない獲物を捕まえようと三本指を動かすが、いたずらに敷き詰めた枯れ葉を舞い上げるだけだった。


一太は目覚め泣き出したニ太の体を後ろに庇い少しでも妖魔の腕から逃げようと虚の土を掘り返しながら必死に白蛇を呼んだ。子供達の泣き声で獲物の存在を確信した妖魔は、老木の脆い木膚を引き裂き始める。軋む楓の中で幼い子供に出来ることは、泣き叫ぶ事だけだった。

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