第8話 出会い

昼過ぎ松ガ原町の河川では、月森第二中学校恒例の全校生徒参加河川清掃奉仕が、午後一時より二時半までの予定で行われていた。


川原の雑草駆除とごみ回収が、主な作業であるが、雑草駆除は町職員が行い生徒達は、ビニール袋を持ち捨てられた空き缶やビニール屑などを拾い集めていた二〇〇人以上の人数が参加。


一時間程で大方のごみは拾い集められ仕事に飽きた生徒達がふざけ遊び始めていた。


中には担任が、持参したボールでドッジボールに興じるクラスもあり残り一時間を自由時間に当て教師達も土手に座りのんびり休憩していた。


二年C組とD組は土手付近を清掃後。男子生徒の多くは土手の斜面で陣地取りを楽しんでいた。


陣地と決めた土手の上を目指し6組に別れどのグループが、一番かを競い押し倒し・ズボン下ろしありのバトルが繰り広がれている。


男子生徒のジャージのズボンが、ずり下げられる度に「いやーばか~変態」などの黄色いやじが、応援する女子より飛ばされ陣取りかズボン剥ぎなのか判らない騒ぎになっていた。


出席番号39番・宮継洸(みやつぐこう)も引きずり下ろされるジャージズボンを押さえながら土手を駆け上っていた。土手の上には先にゴールした三人が、上がって来る味方に手を差し出し・敵を押し転がしている。


洸は敵の攻撃をなんとか交わし土手に駆け上がる。「ちょっとタンマ…」

乱れる息を整える為、味方の男子に断り少し外れた場所へ移動まだ収まらない息を整えながらぼんやり回りの風景を眺め洸は、ふと違和感を覚え首に下げている沈邪香入りのペンダントを足元に置いた。


並外れた霊気を持つ洸だが、まだ自分自身で霊気をうまくコントロールする事が、出来ず何時でも気を静める沈邪香入りペンダントを持ち歩いていた。


麝香.沈香.丁子などの様々な香料を練り合わせた沈邪香は、身に付ければ霊気を押さえ炊き込めると邪気を払い全ての霊気を弱める力を持ち洸にとっては必要不可欠なものだった。


うっかり身に付けず出掛ければ、事故があった現場で、地縛霊に袖を引かれ墓場付近では、見知らぬ人(無縁仏)に水や墓掃除を頼まれ稲荷神社・寺付近では神仏にからかわれ散々な目にあう。


沈邪香を持参していても好奇心からトラブルに顔を突っ込み結局最後は、封気師の父や義兄の世話になる事が、多く毎回こってり叱られるが、それでも凝りずに再び自から災難事に首を突っ込む弟に呆れ果てた義兄が毎度言う。


「おまえには学習能力はないのか」

今も義兄の言葉が、脳裏をかすめたが、そこは好奇心旺盛な十四才・父の呆れ顔や義兄の嫌み&小言よりも先に見える雑木林あたりの気の歪みの方が気になり「あれ…結界だよね」独り言をつぶやく洸の足は、自然と林の奥へと引き寄せられた。


雑草だらけの空き地を進むと。川原の喧噪が、遠のき雑木を吹き抜ける風と草を踏む音だけが聞こえる。


洸は結界が、張られた空き地の近くで立ち止まり辺りを伺う。


左手に屋根が、抜け落ち崩れた小さな社が見えるが、そこからは何も感じられない。


右手には太い楓の老木が、ひっそりと立っている。洸は目を閉じ呼吸を整え少し霊気を上げてみる。


微かに子供の笑い声が、聞こえ更に気を上げてみる。


「にいちゃ…あははは」


今度は、はっきりと小さな子供の楽しげに笑う声と草を踏み分け走る足音が、聞こえた。


洸はゆっくりと目を開けた。


人を寄せ付けない為に張られた結界だが、気を高めた洸には効き目がなかった。


サイズの合わない大きなTシャツに半ズボンを着た三才位の痩せた小さな男の子が、ひとり頬を赤く染め息を弾ませ草むらを駆け回り跳びはね何かを捕まえては、楓の根元に座るよく似た七才位の少年に渡し口を開け待つ。


どうやらバッタを捕まえては、足を取ってもらい食べているらしい。


「兄弟かな」子供達に興味を引かれるが、何時も父より言われる。


「必要ない限り妖魔に関わらない事」を思い出し立ち去ろうとした。再び笑い声が聞こえ洸は、くるりと振り返り

独り言をつぶやく。


「でも見ているだけならいいよね」


洸は始めて出会う小さくてかわいい人型の妖魔の動きを追っていた。


しばらく眺めていた洸は、やはり二人が兄弟で、兄が右足にけがをしているらしい事が、判り兄の分もバッタを捕まえようと頑張る幼い弟に協力しようと、バッタを捕まえては結界の中に落とした。


「いっぱいある…ねえ」柔らかそうな髪の毛と同じ色のシッポが、目の前で上下している。洸が捕まえ気で押さえていたバッタを見つけた子供は、上機嫌で拾い集めている。その可愛い仕草に洸はうっかり声を出してしまった

「可愛い~なぁ」


瞬間子供の動きが止まり、驚きに目を見開いて洸を見る。


結界があるのに何でオレを見る?


「やばい結界に入っちゃった」


バッタを拾い集める子供の顔が、見たくて、洸もしゃがみ込み見ていたのだが、近寄り過ぎ結界の境界を踏み越えていた。


「あのオレ洸って…」脅え固まる子供に戸惑い声を掛け、手を伸ばす・瞬間子供は、火が付いたように泣き出し兄へと駆け出す。「にいちゃ~」


見知らぬ侵入者に脅え泣く弟を背中に庇い兄が、不自由な足で踏ん張る。


ゆらり辺りの空間が、揺らぎ二人の姿が視界から消えた。


結界を強く張り直され再びそこには誰も居なくなった。


「嫌われちゃったか。驚かせてごめんね」洸は立ち上がり大きな溜め息を付きズボンに付いたドロを落とした。


結界の向うにいる子供達に謝り腕時計を見た。「やばっい…あと五分だ」


二時二〇分には川原に集合・クラス別に並び点呼を取る事になっていた。


慌てて雑木林を全速力で駆け抜け土手に向うが、伸び放題の草がめ邪魔になり思うように進めなく更に焦る洸。

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