第9話 宮継洸
あと少しで草地を抜けられる時計を見るデジタルの文字が、二〇になる。
「うひゃ~やべえ~」
今年度担任の森川は、温厚な教師だが、時間とあいさつには厳しい。
奉仕作業開始の注意で聞いた森川の言葉を思い出す『二時二〇分の集合に間に合わない奴は、置いて行くぞ』
森川は言った事は必ず実行している。
「オレ~帰り道~判らない~」
学校までの道順を覚えていない洸は更にスピードを上げるが、土手の舗装道路が見えて来た所で草に足を取られ転びそうになった。
「あぶない…」聞き慣れた声と共に腕が、差し出され洸は転倒を免れた。
「間一髪だったな」
担任の森川が、支え起こしてくれる。
「あれっ?先生どうして」
「消えたお前の捜索だ」陣取りの途中で消えた洸を心配した生徒が、担任の森川に連絡。
まだ土手の上で遊んでいる生徒達に集合を知らせながら探していたら近くの草はらを走る洸を発見。
声を掛けたが、焦っている洸の耳には届かず他の生徒も見当たらないので後をついて走る。
森川は元インターハイ短距離走者・二人の間は、見る見る詰まり洸の転倒を救う事が出来た。
「ホイッ…大事なもの」置き忘れたペンダントを渡され別行動の理由と詫びを語る洸に、森川は子供達に関わるだろう情報を教えてくれた。
「この辺りは道路の拡張と総合体育館などの予定地で、近い内に工事が始まるらしいぞ。オープンすれば地区戦の室内競技をここでやれると八木先生が張り切っていたからな」
学校の体育館は、狭く持ち回りで行われる地区戦は、他校の体育館を借りて行われていたので、月森第二中学校の体育教師達は、少々肩身が狭かった。
人間は新しい体育館を使えるが、土地を追われるあの子達は何処へ行けばよいのか。洸は辺りを見回したが、人々が増えたこの土地に子供達が、移り住める場所はどこにも無かった。
森川が洸の人並み外れた霊能力を知ったのは去年の五月。
入学したての一年生が、担任に旧校舎裏の草むらを掘らせて欲しいと訴える姿を幾度となく職員室で、見かけ変わった生徒と興味を引かれたのが、最初だった。
森川が転任する前より月森第二中学校内では、旧校舎に泣き歩く少女の幽霊が出ると噂され事実・目撃者も続出した為に学校側は幾度となくお祓いもした。
しかし少女は消えること無くさ迷い続けとうとう旧校舎は閉鎖された。
幽霊の話をする洸を担任はふざけた態度と叱り相手にしなかったが、森川は幾度となく食い下がる洸の真剣な態度に自分が、立ち会う事を条件に学校側に許可を取った。
放課後旧校舎裏の草むらをふたりで掘り下げた処 小さな頭蓋骨が、現れ警察も加わる大騒ぎとなった。
三年前少女は都内で見知らぬ男にさらわれ暴行の末…人目に付かないこの場所に埋め捨てられていたのだった。
冷たい土の中から出て家族の元へ帰りたく少女は自分が、埋まる場所を指さし示すが、誰ひとり少女の声無き願いを受け取れずに月日が過ぎた。その間警察では必死の捜査を進めるが、目撃者が、なく捜査は難航していた。
洸が少女の証言を警察に伝え事件は、犯人の突然逮捕という結末を迎え終わった。
あの事件が無ければ、森川を含む教師達は洸を毛色の変わった一生徒として評価し終わっていただろう
今年担任になり家庭訪問に宮継家を訪れた森川は、洸の霊能力が、血筋者だけに伝わる力と知り称賛した。
そんな森川に封気師である父・宮継絖守(みやつぐこうしゅ)は、居間に飾った妻の遺影を見つめ寂しげにほほ笑み言った。「こんな力はないほうが、幸せですよ」その笑顔を森川は忘れる事が、出来き無かった。
「…先生…森川先生ぃ」
週番の一人が、目の前で手をヒラヒラさせ怪訝そうに森川を見る。
「すまん…ぼんやりしていた」
慌てて日誌を受け取る森川の動揺を勘違いした女子が茶目っけを出してからかう。
「先生~彼女の事考えていたんでしょう」
「いないよ。いま募集中、もし…いい人がいたら紹介してくれ」
「でも先生の安月給じゃ彼女は、無理かもね」
「言っていろ。教室の掃除は終わったか」
「はい、終わりました…けど先生・最近男子達・掃除中にふざけてばかりで困ります。それに今日は宮継君が、掃除をさぼって帰っちゃった」
不満をぶっける週番にそんなに怒るなと笑い掛け日誌に確認のサインを書き込み出席簿と一緒に雑然と重ねてある教材の上に置き壁の時計を見た
時刻は三時五十分・四時よりそれぞれの部活動が始まる。
まだ怒りが納まらず先生は、男子に甘いと食い下がる生徒に時計を指さし。
「よし…判った明日・俺から皆に注意するから。部活に遅れるぞ」
時計を見た生徒は慌てて、先生また明日ね。と小さく手を振り職員室を退出した。
「さて俺も行くか、瀬田先生…陸上部・今日はグラウンドです」
職員室に残る瀬田に声を掛け部活に向かい生徒や教師で賑わう放課後の廊下を歩き出す。
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