18日目

 今日もまた休日。

 三連休というのは実に素晴らしい。

 三日という自由時間を有意義に使いたいという人もいるかもしれない。

 でも、私は土日休みの疲れを癒す日が一日余分にあるという考え方をしている。

 休むのだって、楽じゃないよ。


 そうやって三連休の最終日を怠惰に過ごそうと決めていたところ、しいちゃんから急遽呼び出しがあった。

 一緒にショッピングでも行かないかというお誘いだった。

 断る理由もないし――ちょっと気晴らしに外に出たい気分だったので、二つ返事でOKする。

 集合時間までほとんど時間がないことに気付いて、クリーム色のパーカーにジーンズという、よく友達と遊ぶ時によく着るラフな格好を整えて待ち合わせ場所に向かう。


 しいちゃんは中学の同級生なので、待ち合わせ場所は最寄りでよい。

 ショッピングモールがある大きなターミナル駅の構造と比べれば、最寄りは改札が一つしかないし、その改札前も教室よりも小さいので一目で全体を見渡せる。

 つまり、事故が起きることはほとんどない。

 お世辞にも待ち合わせが得意じゃない私にとってこれは助かる。


 彼女は紺のブラウスに丈の長いスカートという装いで私を待っていた。

 私は集合時間の三分前についたので、その前には到着していたということになる。


 二人で何駅か隣にあるショッピングモールへ向かった。

 四年前に地域の再開発の目玉として誘致された、四階建ての巨大なモール。

 雑誌でしか聞いたことのなかったようなブランド店が立ち並び、ファッションやアクセサリーはもちろん、ゲームセンターも映画館もフードコートも全てが揃っている。

 なんといっても無いものが無いというのが魅力で、特に目的もなく集まりたいという私たちの行き先としてすっかり定着している。

 逆に言えば、ここへ行こうと誘われたという時は、とりあえず一緒に時間をつぶしたいという意味だと解釈してよい。


 モールに到着した私としいちゃんはぶらぶらとお店を回って、買う予定のないブランド服を見てああだこうだと好き勝手な意見を言い、お手頃な値段のアクセサリーショップを回り、海外の変なキャラクターがプリントされたショップを見てゲラゲラと笑う。

 なまじ人の出入りが多くてお店の数も多いから、お金を使わなくても変な目で見られないというのが、限られたお小遣いをやりくりしなければならない高校生の身分からするとありがたい。


 そして、フードコートで一息ついた時、いよいよしいちゃんが本題を切り出す。


「で、彼とは進んだ?」


 どう答えるべきか迷って、私はハンバーガーセットのコーラのストローを咥える。

 まあ、このタイミングで連絡してきたということは、それを聞くのが目的というのはわかっていた。

 彼女が応援してくれていることには感謝しているし、特に包み隠す理由もないから、こうして呼び出しに応じているわけで。


「えと……一応、土曜日に一緒にクイズ作ったよ」

「ええっ! それって二人だけで出かけたってこと?」

「うん……一応……」

「すご、大胆。デートじゃんそれ」


 しいちゃんは想定外の進展にテンションが上がっている。

 まるで自分のことのように喜んでくれる。

 彼女の手元にあるたぬきそばが今にも伸びていっていることを気にもかけていない。


「染谷くんにクイズ係おまかせした甲斐があったよー」

「やっぱりしいちゃんだったんだ」


 意気揚々とあんなラインを送ってきた時から予感はしていた。

 キミにクイズ係を押し付けたのはこの子なのだろうと。


「適任だと思っていたのは本当だし、ちょっとだけ誰かに相談してみたらって、背中押しただけだから――名前出して猛プッシュしたりとかはしてないから安心してね」

「それは知ってる。彼から面と向かって相談されたわけじゃなくて、なりゆきでそうなっただけだし」


 だからこそ、しいちゃんは布石なんて言い方をしたんだと思う。

 とはいえ、布石とわざわざ言ってもらわないと、これがチャンスだなんて考えもしなかったはずなので、結果としてはちょうどうまい塩梅で噛み合ったということなのだろう。


「でも、まさか休日にデートなんてねえ。てっきり委員会の終わりに話すぐらいだと思ってたけど……ゆいの方から提案したの?」

「うん。ここ逃したらチャンスはないって思って……自分でもびっくりしてる」


 実際、しいちゃんの期待に応えなきゃという使命感が無ければ、あそこまで大胆な行動に出ることはなかったと思う。


「それで、クイズ作りはどんな感じだったの? その後どっか行ったりした?」

「えっと、それなんだけど……」


 好奇心を抑えきれない彼女に対して、私は土曜日のことを順を追って話す。

 思ったよりも早く作業自体は終わったこと。

 目的を完了したら彼がすぐに解散しようとしたこと。

 それを強引に引き留めて、一緒に遊んだこと。

 友達として――楽しい一日を過ごしたこと。

 しいちゃんはそのひとつひとつを目を輝かせながら聴いている――これが野次馬根性というやつなのだろうか。

 ところどころ口ごもりながら話していたせいで、コーラの入った紙のボトルには今はもう氷しか入っていない。


「でも、あの一日を通じて、彼の中で私の存在ってなんでもないんだなって実感したというか……」

「そんなことないよ!」


 正直に胸の中の想いを吐き出す私に対して、しいちゃんは食い気味に否定する。


「まだ一回でかけただけじゃない」

「それはそうかもしれないけど……」

「そもそも、わざわざ休日に外出して、女の子と二人で出かけてくれるって、ゆいのことを憎からず思ってるってことなんだから――脈はあるってことだよ」

「そうなのかな……?」


 そう言われてみるとそんな気がしてしまうから人間というのは単純な生き物だ。

 たしかに、わざわざ休日に出かけて付き合ってくれるなんて、普通のことではない――のかもしれない。


「でも、彼がどうしようもない鈍感なサイコパスだったら?」

「その時は殴ればいいと思う。きっと、殴ればスッキリする」


 突然の暴力的な解決法に思わず変な笑い声が漏れる。


「とにかく……私の恋は二週間で終わっちゃったけどさ――でも、ゆいはそんなに早く決着なんてつける必要なんてないんだから」


 そう言ってしいちゃんは私の手を握る。


「一歩一歩、着実に外堀を埋めていこうよ。私も手伝えることがあったら何でもするから――」


 しいちゃんはすごく私に勇気をくれる。

 私の気持ちを笑うことなく受け入れてくれて、真っすぐに応援してくれる。

 私の幸せを願ってくれる。


 でも、彼女の思う私の幸せは、本当に幸せなのだろうか?

 私は、いつまでこの長期戦を続けるのだろうか?


 無邪気に片想いをしていた時の方が幸せだったのではないか、と考える。

 しいちゃんが私の背中を押してくれる限り、私は止まることができない――なぜなら、ここであきらめるのは、彼女を裏切ることになってしまうから。

 でも、それは前のデートのような不安な想いを、またする可能性があるということ。

 もちろんこの恐怖だって彼女は一緒に背負ってくれる。そのことはとても嬉しいし、泣きたいほど感謝してもいる。

 でも、彼女がいる限り、私の道は終わることがない。きっと彼女の応援は、私が告白する――その結果がどちらになるかはわからないけれど――まで続くのだと思う。

 あなたは私の恋に勇気を与えてくれる一方で、私の恋を私だけのものではなくしてしまう。

 私の恋が縛られていく。


 しいちゃんの存在を一瞬でも邪魔だと思ってしまった自分が――一番、嫌いだ。


 私のハンバーガーはすっかりと乾いてパサパサで、しいちゃんのお蕎麦は伸びてだるだるになっていた。

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