15日目

 今日の朝ごはんはジャムパンとヨーグルト、それと目玉焼き。

 私はいつものように寝ぼけまなこで、それらを口に流し込む。

 どうして、朝というのはこんなにもつらいのだろう。


 寝起きだから仕方ないというのは嘘だ。

 なぜなら休日、昼に目が覚めた時はすこぶる調子がいい。

 なので、諸悪の根源は朝にあると考えている。

 世界の全てが昼か夜になってしまえばいいのに。


 朝への憎悪を調味料に、朝ご飯を食べていると、しいちゃんから、

「布石は打ったよ」

 という怪文書が飛んできた。

 寝ぼけた頭には何のことかわからなかったので、とりあえず?のスタンプだけを押しておいた。


 今日は久々に装飾係の作業があった。

 引き続き廊下を彩る装飾づくりが中心とのことだ。

 前回、大物である横断幕はひと通り終わったので、今回は壁に貼っていくイラストだったり風船だったりと言った色々な飾りを大雑把な設計図をもとに作っていくことになる。

 ようは、ある程度こちらの裁量に任せて見栄えのよいものを作れということだ。

 それを直前準備の際に雑多にぺたぺたと貼り付けて賑やかな空間を作るのが、装飾担当鎌倉大仏の思惑らしい。


 私たちは図工準備室に雑然と置いてある資材を各々手に取り、切り絵などの装飾を作っていくことになる。

 私はせっかくだし切り絵でも作ろうかということで、水色や緑など様々な色合いの画用紙とハサミを持ち出す。図工の成績が特別良いというわけではないけれど、中学の文化祭でも似たような装飾を作っていたので、多少は腕に覚えがある。

 皆バラバラに好きな場所に陣取りながら作業を始めている。キミは図工室の窓際の隅の方で紙テープを丸めたチェーンを作っていた。私はキミと二人だけで話ができそうな――つまりこれ以上他の人が近くにやってくるスペースがなさそうな――位置取りを割り出す。


「ここ、いい?」

「ああ、いいよ」


 この間、図書館で鉢合わせた時のこともあり、キミとの距離は着実に縮まっている気がする。

 これまでは他の誰とも同じだったに違いない挨拶も、ほんの少しだけ親愛の情を感じる――というのは私の勝手な願望なのかもしれないが、そう思っておくことにする。

 もしかしたら前回餌付けしたのが効いたのかもしれない。

 そんな出来の悪い育成ゲームみたいなことあるわけないと思いつつ、今日のお弁当であげられそうなものはあったかと思案してしまう。

 必死過ぎる自分に苦笑する。


 文化祭が近いということもあり、自然と各クラスの出し物の話題になった。


 私のクラスは大正風の喫茶店をやることになっている。

 クラスに大正風の時代小説の大ファンの子がいて、その子の強烈なプッシュにより出し物は半ば強引に決まった。泣き落としも辞さないと言わんばかりの迫力で大正ロマンの魅力を語る彼女は壮観だった。

 私は暇人担当として委員会に生贄にされたため、出し物の中身に直接関わっているわけではないが、それでもクラスの一員なのでどんな衣装がいいかとか、どんな食べ物を出したいかといった話し合いの場には参加している。

 もちろん、積極的に発言しているという程ではなく、皆の意見を聞きながらうんうん頷くその他大勢の役に徹している。なんといっても、私は名誉ある暇人なのだ。

 準備と言っても、本家の文化祭実行委員とは違い、具体的な準備にかかるのは一週間前ぐらいなので今は代表の子たちが当日出すお団子の注文をしたりといった作業が大半で、ほとんどのクラスメイトには出番がなく、彼らは彼らでそれぞれの部活の出し物なんかに忙しくしている。

 それも特にない私が考えるのは、せいぜい当日の衣装をどうしようかということぐらいだった。


「それで衣装はどうするつもりなの?」

「お姉ちゃんの浴衣を借りる予定。あとは女子が皆お揃いでつける髪飾りをつけるだけだよ」


 大正風だなんだと大層なことを言っても高校生の予算で細かなリアリティを出すことなんてできないので、やることといえばせいぜいみんなで浴衣を着るぐらいだ。

 ちなみに、お揃いの髪飾りというのは、手芸に自身のある子がどうしてもやりたいと押し通したもので、現在鋭意作成中となっている。

 高校生のお祭りなんて雰囲気を楽しめればそれでいい。クオリティを突き詰めるなんてことより、それっぽくお手軽に盛り上がれることの方がはるかに大事なのだ。

 あんまり気合を入れすぎるとクラスの中に温度差が発生し、しばしば悲惨な事態に発展してしまう――この出し物を企画した彼女はそのあたりの塩梅を実によく心得ており、絶妙なバランス感覚で周囲への負担を減らしていた。

 彼女に過去に何があったのか、知る者はいない。


 よかったら見に来てよ――そう言いたかったのはやまやまだけれど、まだ浴衣の試着をしていないので切り出すことができなかった。

 とんでもないみじめな姿を披露することになったら、次の日から学校に行けなくなっちゃうよ。


 一方、キミのクラスは脱出ゲームをやるという話だった。

 これはしいちゃんからも聞いていたので、雰囲気ぐらいは把握している。

 脱出ゲームといっても凝った仕掛けや謎解きを作るというわけではない。何箇所かクイズや簡単なゲームを設置したチェックポイントがあり、それを突破した人にメダルを上げるというものだ。

 この手のアトラクションは、準備こそ大変なものの、近所の子供たちはもちろん、はるばる高校の文化祭にやってくる受験生たちにも人気で、毎年意外なほど盛況を見せるのだという。

 私も受験生の時は参加した記憶がある。お金のない中学生の身分では、お金を使わずにたくさん時間を使えるスポットというのはとてもありがたいのだ。他にも、成功すると年上のお兄さんお姉さんに褒めてもらえるという体験が非常に嬉しいんだとかなんとか。

 実際、私もお姉ちゃんに褒めてもらったことはあまりない気がする。


「それで、クイズコーナーのひとつを僕が作るって話になった」

「へえ、すごいじゃん。そういうの断りそうなのに」

「クラスの子にすごい勢いで押されてさ……いつも本読んでるから適任だと思うって」

「あー、それは……」


 なんといっても教室で黙々と本を読んでいるような男だ。

 クイズを作るなら彼しかいないと、口々にキミを推薦する光景が目に浮かぶ。

 私でも同じことをしていたと思う。


「とはいえ、どんなクイズがいいか悩んでいてね」

「本で知ってる内容をクイズにしたらダメなの?」

「それは駄目だよ。たしかに、僕が知ってることをクイズにするだけなら簡単かもしれない。でも、ただ知ってるか知らないかだけを聞かれるクイズって面白くないと思う」

「そういうものかな」

「全く知らない言葉を聞かれて当てずっぽうで答えるだけって、そんなのおみくじと一緒だよ。名前も聞いたことがない国の小さな町の名前とか聞かれても困るでしょ? ――ギリギリ知ってそうで知らないようなことをクイズにしなきゃ面白くないんだ」

「あー、たしかに」


 言われてみると納得する。

 私もお姉ちゃんに海外ドラマの登場人物のクイズ出されたらキレていると思う。

 それにしても――たかが文化祭のクイズコーナーでそんな真面目に考えちゃうところが、やっぱり好きだ。


「だから、本当は変に知識だけがある僕みたい奴より、クイズに詳しい人にやってもらいたいんだけどね」

「クラスに居なかったの? そういう人」

「そういう話をしようとしたら、女子に強引に押し切られちゃって……」

「それはご愁傷様……」


 集団心理という波に乗った女子の決定力には侮れないところがある。

 誰かが誰もが納得できる理屈を言えば、一気にその方針に流れていく。

 クラス一の暇人の称号を背負っている私が言うのだから間違いない。


 一体、誰が嫌がるキミをねじ伏せたのか――そう考えたところで、唐突にしいちゃんの顔が思い浮かんだ。

 そういえば今朝、彼女は布石を打ったと言っていた。

 もしかして、あれはこのことだったのか。

 しいちゃんは、私にクイズ担当を押し付けられて困惑しているキミの力になれと言っているのだ。


 でも、どうやって――。

 私はクイズなんて詳しくないし、知識もないので一緒に考えるなんて提案したところで説得力がない。

 私なんかにそんな大それた役割を背負うことができるのだろうか。


 いいや、と首を振る。

 せっかくしいちゃんが私のためにチャンスを作ってくれたのだ。

 それを精一杯に活用しなければ彼女に申し訳が立たない。

 この恋は、もう私だけのものではないのだ。


「そのクイズづくり、私も手伝っちゃダメかな?」

「そんな、わざわざ申し訳ないよ」

「気にしないでよ、どうせ暇なんだから。それに――私もちょっと興味あるし」


 キミは私を巻き込むことに躊躇っている。当たり前の反応だと思う。

 でも、だからこそ私は立ち止まっていられない。

 私はキミが好きだから。もう気持ちに嘘はつけないから。

 わずかにでも訪れた――作ってもらった――チャンスを逃せないんだ。


「明日、空いてる?」

「うん、空いてるけど」

「なら、明日……ファミレスかなんかで一緒に考えない?」


 言ってしまった。

 言ってしまった。

 言ってしまった。


 血が巡りすぎてひっくり返りそうになる。

 完全に勢い任せだった。

 しいちゃんに背中を押してもらうがまま、私は飛び出した。

 飛び出してから何度も何度も後悔する。

 まだ早かったんじゃないか。強引過ぎないか。変な子って思われていないか。

 緊張と愛情と不安で、キミのことが直視できない――。


「じゃあ……お願いしようかな」


 私の不安は杞憂に終わった。

 張り詰めていた心が一気にほどける。

 どんな口実があろうとも、誰になんと言われようとも、これはデートだ。

 最後には私自身の足で踏みだして掴み取った結果だけれども、きっかけを生み出してくれたしいちゃんには感謝しかない。


 ここからは、私の闘いだ。

 キミがどう思っているかは知らないけれど。

 私は、キミと最高の一日を送ってみせるから。

 もっと――一緒に居たいって思わせて見せるから。

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