10日目

 今日のお昼はざるうどん。

 休日の昼はざるうどんと相場が決まっているわけではないが、消費しなければならない食材が他にない時はたいていざるうどんが選出される。

 そんなざるうどんのことを、私は消去法の女王と呼んでいる。


 今日は休みの日。

 日曜日の昼間はなぜか部屋が暗く感じる。

 教室と比べて部屋の窓が小さいからだろうか。

 休日だというのにせわしなく外出している人と、休日だからとだらしなく部屋で寝転がっている私が同じ時を過ごしているというのは、なんだか不思議な気分がする。


 改めて自室を見渡すと、自分は思ったよりもこの部屋を知らない。

 ほとんどの時間はベッドに寝転んでいるか、たまに宿題をするときに机に座っているぐらい。あるいは着替えをするときだけタンスの周辺にいくが、それ以外の床は一ヶ月に一度、足を踏み入れればいいほうだと思う。専門的なことはわからないけれど、たぶん床のすり減り方が違う。

 そのタンスも、半分ぐらいの引き出しが何が入っているかわからない。普段使っているお気に入りの普段着と肌着が入っている箇所を除くと、ほとんど開けたことがない。

 ならガラクタが入っているのかと言われると、いざ開けてみると様々な記憶がよみがえって、それが必要なものだということ思い出す。なんかの式で着る服とか。旅行用のグッズとか。

 テレビなどではよく収納スペースを効率的に使いましょうなんてお題目が流れるが、自分でやってみようとすると思ったより自分の配置が効率的な気がしてきて、何も変えることなく終了するというのが世の常だ。


 本棚も似たようなものだと思う。

 本棚は本棚で、よく使う雑誌や漫画の段と、ほとんど触れられることのない段の格差が激しい。触れられることのない段も、昔買っていた児童文学のシリーズが大切に巻数順に並んでおいてあったりして、本棚としての機能はさておき、インテリアとしては気に入っている。

 特に顕著なのは、辞書や全集が並んでいる段だろうか。今となってはすっかり埃をかぶってしまっている。

 これらは、中学の入学時、いずれ学校で必要になるからと父が買ってくれたものだ。

 とはいえ、買った初日はパラパラとめくっていた全集も今や見る影がなくただ床を圧迫する存在になっている。紙の辞書にしても、スマホで調べればどんなことでもなんとかなる時代に、わざわざ使ったことはない。

 ――でも、たぶん、あるということが重要なのだ。

 これがあるから、ここはギリギリ学生の部屋という体裁を保っている、気がする。


 本棚の最上段に、小学生の時によく読んでいた少女漫画のシリーズがあった。

 ごく普通の女子高生が、ある日突然同級生の大財閥の御曹司に見初められて婚約者になるという、王道の少女漫画。

 ドラマにもなっていたので、タイトル名を出せば同じ世代の子ならばみんなわかるだろう。

 かくいう私も当時ドラマを欠かさず見ていたし、お年玉をはたいて漫画原作を買い集めたのを覚えている。

 といっても、全巻揃っているわけではなく、当時の最新刊である八巻までが我が家にあるという状態だ。

 その後の展開は知らないが、たしか二年程前に完結したというネットニュースを見た気がする。


 ふと一巻を手に取ってみる。

 表紙には黒髪の大人しそうな女の子と生意気そうな男の子が睨み合っている姿が描かれている。

 何度も読んだのか、カバーがところどころ擦り切れており、帯は一部破れてしまっている。

 一方で我が家の中では最新巻であるところの八巻を見ると、ほとんど読んだ形跡がなく新品同然にピカピカだった。

 この辺になるとブームも過ぎ去って惰性で買っていたという事実が透けて見えて、ちょっと寂しくなる。


 暇があれば漫画を読みまくって宿題を放置し母に叱られた記憶がよみがえるが、そういった想い出も今となっては懐かしい。

 まだ十六年しか生きていないはずなのに、もうノスタルジーの世界に染まっている自分の将来が少し不安になった。

 私は老害になる才能があるのかもしれない。


 大掃除の悪魔……という割に大掃除をしているわけでもないが、いざ手に取ってみると無性に誘惑が沸き出して、ページをめくり始める。

 だって、ほら、この機会を逃してしまったら、また次いつ作品を手に取ることになるかわからないし。

 それに、昨日ラインの会話があっさりと終わってしまった今の私には、次の攻め手がない。

 もしかしたら、ここにキミとの距離を縮めるためのヒントが眠っているかもしれない。

 なんといっても、恋する乙女のバイブルと呼ばれたような少女漫画なのだから。


 あらゆる言い訳をしながら懐かしの漫画を読み進める――背徳感と懐かしさは漫画を読むうえで絶好のスパイスだ。


 主人公の女の子は恋愛なんて興味ない真面目キャラ。

 そんな主人公に興味を持った大財閥の御曹司だったが、彼女が一切誘惑に引っかからないことから、興味を持ち始める――というのが大雑把な筋書き。

 いわば王道の少女漫画だ。


 恋してる身分になってみると、この世界は主人公に優しすぎると思う。

 どうしてこの女は何もしてないのに、向こうから勝手に言い寄ってきてるのだろうか。いい男がそんな磁石のように勝手にやってくるのであれば、苦労なんてしないではないか。

 しかも、大変贅沢なことにこの主人公は迷惑ですみたいなツラをしながら、キッパリ振るでもなく、この御曹司にピンチを助けられては少しずつ心を動かされていく。実に愛が潤沢なことだ。

 こちとら、御曹司でもなんでもない男ですら、私のことを見ていないというのが現実だというのに。

 私だって、向こうからグイグイ来てほしいよ。夢、見たいよ。

 

 更に読み進めると、ライバルの女の子が出てきた。

 ドリル状のツインテールを豪奢にたなびかせた、生粋のお嬢様だ。ツインテドリルとかいう、現実では許されない髪型に憧れを持ってた時期もあったっけ。

 彼女は御曹司くんの愛を手にするために手段を選ばない。

 毎日お弁当を作ってプレゼントしたり、学校の上層部に手を回して修学旅行で同じ班を獲得したり、主人公を排除するために崖から突き落としたり――。

 いかにも悪役な外見と高飛車な言動から、当時は嫌いで仕方なかったキャラだが、こうしてみると一途で可愛いところもあるなと思い知らされる。

 ……まあ、主人公崖から落としてる時点で擁護は難しいけど。


 とはいえ、片想いに悩んでいる身としては彼女に共感することのほうが多い。

 だって、何もしなかったら何も起きないんだもん。修学旅行な班を同じにしたのだって、私が装飾係になったのと同じ。何も起きない現状に少しでも希望を繋ぐためだ。

 勝手に男が言い寄ってくれる主人公にはわからない、彼女なりの苦悩があると、この年になって読むと思い知る。

 ――お弁当を作るの、いつかやってみたいな。


 そんな彼女だったが、七巻で数々の悪事がバレ、遂に学園を追い出されることとなる。

 最後に御曹司くんの情に訴えかけようと涙ながらに縋るも「ずっと色目を使ってきてウザかった。二度と近寄るな」という罵倒をくらって、失意のうちに破滅するのであった。

 何か。自分から行く女は破滅しろと言うことか。


 そんな身勝手な感想を本にぶつけながら、どんどんと既読を積み重ねていく。

 やはり名作というだけあって、グイグイと先に読ませる力がある。

 気が付けば八巻全部をわずか二時間で読み終えてしまった。


 やはり追う恋は難しいなと改めて思う。

 どれだけ尽くしても、どれだけ求めても、相手が応えてくれなければパァなのだ。

 思えば、御曹司くんも追う側だ。彼は諦めずにアプローチを続けることで主人公の想いを勝ち取った。

 でも、同じく辛抱強くアプローチしたライバル女は欲しいものが手に入らないばかりか、その行き過ぎた行いで皆からも嫌われる羽目になった。

 じゃあ、さっさと諦めれば幸せだったというのは簡単だが、今の私にそれを受け入れるのは難しい。

 結局、全ては相手次第のつなわたり。

 いっそ、向こうから勝手に来てくれたらいいのに――全国の乙女のそういう願望が、少女漫画として具現化されているのかもしれないなと、思った。


 そういえば、このシリーズも完結したと風の噂に聞いた。

 せっかくだからと、私は着替えを済ませると、ひとっ走り駅前の本屋に行って最終巻までを一気に買ってくることにした。


 数年越しに見届けた物語の結末については、何も言うまい。

 世の中、言わない方が幸せなことだってあるよ。

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